第3話 3日目 あなたとの繋がりはないはずだった。
次の日、私はいつも通り家を出た。
服は、昨日のままにした。
入院着とスマホ、お気に入りの漫画たちを全部バッグに押し込んで、出発時間を待った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ピーンポーン
いつかのように、またインターホンが鳴る。
「はーいっ! 今行くー!」
インターホンの画面に恋輝の顔が映し出された時、私はまた笑顔になる。
今日も、家には私一人だ。
「おはよ!」
「おはよう!」
二人ともに元気に挨拶を交わす。
「じゃ、行くか」
今から行くのは、病院。
だから、トロンボーンともお別れをしてきた。
でも、あれは。
絶対に、誰かのものになる。
「結構散ってるなー」
「ねー」
一昨日見た、紅葉で染まった公園を歩く。
くっついていた葉は、風に揺られて綿毛のように、枝から離れていった。
パシャッ
もしかしたら、今日が最後かもしれないから、
「なんだよー、一昨日は俺入れたんだから、今日も写りたかったよー」
「あはは、写りたい?」
「
伸びをしながら言う恋輝を見て、私は笑う。
でもさ、本当に不思議だよね。
私が病気じゃなかったら恋輝と話してないし、音楽室で一昨日、トロンボーンを吹いていなければ、こうなることもなかった。
結局、どっちの方が良かったのかな。
死ぬ確率は高いけど恋輝と話せる未来と、生きられるけど恋輝とは話せない未来。
でも、人間はいつか死ぬんだよね。
そんな中で、いつ死ぬかが分かっているんだったら、最期は恋輝と話したい。
そんなことをぐるぐる考えながら恋輝と話していたら、病院に着いてしまった。
私はここにお世話になるんだ。
「……入るか」
「うんっ」
このドアが、私にとって最後に開くドアだということは、重々承知している。
分かっていても、恋輝が隣にいるから、怯えることなく入ることができた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
受付が済み、個室に入った。
これからお昼ご飯までは、自由にしてていい。
お昼ご飯は結構豪華なんだって!
脳の手術だから、断食とかもいらないらしい。
もしこれが最後の食事だとしても、美味しいなら大満足だ。
手術は18時から行う。
その前には寝ないといけないらしい。
「どうする? 映画でも見る?」
恋輝がそう言ったから、私は迷わずに、スマホのアプリから、たった一つの映画を選んだ。
「これ……『恋色の青い夏』だ……。『君と僕がいるということ』が主題歌の」
と、恋輝が驚いて言う。
そう、これはあの曲が主題歌の映画だ。
ずっとずっと観たかったけど、機会が無くて観られなかったんだ。
お父さんが主題歌のトロンボーンを吹いているし、これが今観られるなんて最高!
「俺も観たかったんだ! ちょうど良かった」
そう言って、二人でベッドに座って、机にスマホを置いて、スタンバイOK!
看護師さんにも言ってから、映画を観た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ストーリーは、とても切なかった。
美術部所属の元気な女の子と、吹奏楽部所属の物静かな男の子のお話。
主人公の男の子は、高校の入学式に、女の子に一目惚れをした。
でも、女の子はモテモテだから、今まで話したことが無かった。
高校1年生、夏のある日、吹奏楽部の定期演奏会に飾る絵を、美術部にお願いすることになった。
定期演奏会で演奏する目玉の曲は、恋の
でも、女の子は、今まで告白してきた男の子を全員フッていたため、恋という色が分からず、絵も下書きで止まってしまっていた。
そんな中、あるきっかけで、恋の色について女の子が悩んでいることを、男の子は知った。
女の子を助けたいと思った男の子は、勇気を出して、『一ヶ月お試しお付き合い』を提案した。
現実で恋愛をすれば、自分のことを好きになってくれなくても、自分は女の子と恋愛ができた気になれるし、女の子も恋の色が分かると思ったから。
そうして、夏休みが始まった。
男の子は、たった一ヶ月の間で、自分の気持ちに蓋をするために、全力で楽しんだ。
女の子は、男の子に内緒で、絵を描き続けていた。
恋の色が分かるようになったのだ。
女の子は、自分と男の子なりの色で、恋を描いた。
二人にとって、恋は夏色、青かった。
お試しお付き合いを始めて一ヶ月が経った日、事件は起きた。
最後のデートの日、歩道を歩いていると、車が突っ込んできた。
とっさに体を動かして、男の子は女の子を守ろうとしたけど、身代わりになったのは女の子だった。
女の子が亡くなって1週間が経ったある日。
男の子が引きこもってしまっている家に、大きな荷物を持った女の子のお母さんがやって来た。
男の子のお母さんは、その大きな荷物を受け取り、男の子に見せた。
女の子の、恋のキャンバスだった。
まだ完成していなかった絵のキャンバスの右下には、『好きです。』そう書かれていた。
それを見た男の子は、泣いて、泣いて、泣いた。
この夏休みは、女の子のために、カレカノらしい、夏らしいことをたくさんしたから。
深くも淡い青で描かれた恋の色は、男の子の中に、深く、深く、染みこんでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんな、お話だった。
最後の男の子の泣いている場面で、お父さんのトロンボーンが流れた。
優しくて、でも意志があって、綺麗な音だった。
観終わってからも、私と恋輝は動けなかった。
その壮絶なお話と、お父さんのトロンボーンに、感動したから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お昼ご飯を食べて、医者の説明を受けることになった。
今回は、
ごめんね、と恋輝に言ってから、個室をあとにし、相談室へ向かった。
ガララ……
スライド式のドアを開けると、そこには見慣れた顔が。
「美奈子おばさんっ⁉」
「久しぶり、すみちゃん!」
そこにいたのは、白衣を着た、お父さん方の叔母さんだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
叔母さんは、ここで医者として働いていたらしい。
私の病気のことも、余命のことも知っているんだって。
手術をしてくれるのも、叔母さんなんだそうだ。
一通り手術の説明を受けて、最後にモノを渡された。
「すみちゃん、はいこれ」
「これ……手紙?」
5通ほどの手紙だった。
「そう。まだ、すみちゃんのお父さんが生きていた頃の……叔母さんに届いた手紙」
お父さんの……⁉
「いいタイミングで渡そうと思ったんだけど……ちょうどよかったわ」
「ちょうどよかったって?」
「読んでみれば分かるわよ」
叔母さんがそう言ったから、一番上の手紙を開けようとする。
「ちょっと待って! 病室に戻ってから、恋輝くんと2人で読んでくれないかな」
「え? 恋輝と? なんで名前知ってるの?」
恋輝と出会ってから叔母さんに会ったのは今が初めてなのに、なんで恋輝の名前を知っているんだろう。
「それも、読んでみれば分かるわよ! いってらっしゃい」
そう言って叔母さんは、私を相談室から追い出すように背中を押した。
叔母さんは、何故かにこにこの笑顔だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま~」
「お帰り。ってそれ何?」
真っ先に私の持っている手紙に気付いてくれた。
「診てくれたお医者さんが私の叔母さんで……渡されたんだよね」
「そっか! 俺一回席外したほうがいい?」
もしかしたら読めるのは今日しかないかもしれないから、私が、今1人で読みたいと思っているかもしれないと、気を利かせてくれたかもしれない。
「なんか……恋輝と2人で読めだって」
「へー! ふーん? じゃあ早速読もうか」
恋輝にも心当たりはないそうで、2人で1通目の手紙に目を落とした。
優しそうな、でも達筆な字だった。
『拝啓、我が妹へ
久しぶりです。手紙を書くのは数年ぶりですね。お元気でしょうか?
今回は、新しく戦友ができたので、ご報告させて頂きます。
名前は、石井勝。トロンボーンで有名な、同い年の人です。』
そこまで読んで、私は目を見開いた。
隣で読んでいた恋輝も、一緒だった。
わざわざ、叔母さんはこの便箋を渡した。
そして、二人で読んだと言っていた。
それに、『石井』という苗字。
これって……!
ある一つの可能性を思い当たって、もう一度目を落とす。
『とてもお元気な方で、僕のことを戦友として認めてくれています。
トロンボーンで、勝と切磋琢磨しながら成長していきたいと思います。
「やっぱり。俺の父さんだ……」
「そうなの?」
「うん。俺の父さんも死んじゃってるんだけどね」
「そうなんだ……」
私のお父さんも、恋輝のお父さんも、亡くなってしまっているけれど、トロンボーンを吹いていた。
そして、友達だった。
そんな繋がりがあるなんて思っていなかった。
無言で、次の手紙を開いた。
『拝啓、我が妹へ
こんにちは。今回は、コンクールについて話したいと思います。
勝と意気投合した私は、同じコンクールに応募しました。
1次選考は、2人とも難なく突破。
次の結果はどうなるんでしょう。
2次選考は映像審査。
できるだけ音質が良くなる機種を勝と選びましたが、どうなることやら。
またトロンボーンを人前で吹くのが楽しみです。
恋輝のお父さんと、同じコンクールに出たんだ!
それだけ仲が良かったってことだよね……。
『拝啓、我が妹へ
こんにちは。前回のコンクールの結果が出ました。
2次選考も、2人で無事突破でした。
あとは、3次選考、最終選考を突破すれば、金賞と銀賞が選ばれます。
次も、勝と共に合格したいです。
次は、大阪で実際に吹きます。
緊張してもきちんと吹けるように、今から練習しておきます。
お父さんも、恋輝のお父さんも、やっぱりすごい人なんだ!
コンクールって、今も続いてるあの全国トロンボーンコンクール?
4回選考があるコンクールだから、きっとそうだ。
『拝啓、我が妹へ
こんにちは。無事、3次選考も突破です。
勝も突破しました。
僕は少し間違えてしまったけど、勝は完璧な演奏でした。
最終選考は東京で行われます。
よかったら見に来てください。
金賞が取れるように、頑張ります。
やっぱりすごい。
何の変哲もない報告だけど、私が夢にまで見たようなコンクールで最終選考まで勝ち進んでるだなんて、字が輝いて見える。
次が、最後の手紙だった。
『拝啓、我が妹へ
こんにちは。最終選考に来てくださり、ありがとうございました。
私は金賞をとることができました。勝は銀賞でした。
今から、表彰式に行って来ます。
あなたの応援あってこそです。
ありがとうございました。
これからも頑張ります。
最終選考の結果報告の後に、下の方に、丸っこい他の人の字が。
『心苦しいかもしれませんが、この表彰式の帰りに、二人は事故に遭い、同日に亡くなりました。手術を受ける前に、二人に伝えたいと思いました。
あとたったの数時間だけど、大切にしてください。 純恋の叔母さんより』
えっ……⁉
私のお父さんと、恋輝のお父さんが……事故で、同じ日に――⁉
恋輝も目を見開いて、震えている。
まさか、そんなことがあったなんて。
「でも……良かったな。手術の前に、全部わかって」
「うん……」
しばらく経ち、頭の整理ができた後、恋輝が言った。
本当に、私のお父さんと恋輝のお父さんに、こんな繋がりがあると思っていなかったけど。
運命って、本当にあるのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして……運命の、手術の時間がやって来た。
叔母さんに、看護師さんもやってきて、「そろそろお別れだよ」と言われた。
二人は、気を利かせて個室を出て行った。
「――純恋っ……」
「恋輝……」
恋輝と喋ることができるのも、これが最後かもしれない。
恋輝は私の手を握って、嗚咽を漏らした。
私もそれを見て、瞳に涙が浮かぶ。
私たちは、長い間そのまま動くことができなかった。
「純恋っ……! いかないでくれ‼」
「大丈夫だよ、恋輝。絶対戻ってくるから」
「でもっ……‼」
これが成功する確率は、たったの0.3%。
それでもあなたに、人生に、賭けたいと思った。
この人生は、最後、あなたに捧げる。
この命が、たとえ儚く消えたとしても、最後にあなたに会えたなら、私に後悔はない。
「――ごめん。引き留めて」
「ううん」
未だに涙を流している恋輝が、私を見上げる。
ドアの隙間から、少し困った顔で叔母さんたちが覗いている。
時計をちらりと見ると、もう17時を過ぎていた。
「純恋。俺は、純恋のことを、絶対に忘れない。忘れられない」
彼は、私の目を見て、まっすぐ、そう言った。
「――私もだよ、恋輝。あっちの世界でも、絶対に忘れない」
私の言葉に、くしゃりと恋輝が顔を歪めたけど。
次の瞬間には、笑顔になっていた。
「さようなら、純恋。俺は、お前を信じてる。だから、眠れ、眠れ――」
寝っ転がっている私を上から強く抱き締め、頭を撫でてくれる。
――――ありがとう、恋輝。
夢の世界に引き込まれていく意識の中で、最期にそれだけを思った。
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