第6話 脇役、祈祷を習う
「来たわね……準備はいいかしら?」
「ご指導、よろしくお願いします」
「何よ堅っ苦しい……」
翌日の昼の事、校内の魔法演習場にて、俺はリカに祈祷を習う為に、改めて頭を下げた。クラスメイトにしては堅苦しいと、彼女は右手に俺の持つ火精霊のタリスマンとはまた違う、自前のタリスマンを手にして説明する。
「魔法は唱える呪文と杖の振りが重要なのは分かるわね、祈祷は正しい所作によって初めて使えるの」
見てなさい、とばかりに彼女は背を向けた。そして、両手を胸の前で祈るように合わせた瞬間、確かな魔力の流れの奔流を感じ、左手を照準を付けるように伸ばせば、既に右手には、鋭利な氷の槍が出来上がっていた。
「うおらぁああああ!!」
「おうっ!?」
その華奢な肉体の何処から出たのか、それ程の気合を込めてリカは氷の槍をブン投げた。勢いと言い威力といい凄まじい……こいつ本当に上級クラスで俺やアラクの下なのかと冷や汗が垂れた。
「い、今のが……ぜぇ、水の……ぜぇ……精霊祈祷で……」
「おおぉ!?おい落ち着け、息整えて、水飲むか?」
その一撃に全てを込めたのだとばかりに前に身体を曲げ、息を切らすリカに俺は大丈夫なのかと心配になった。水はいらないとしばらく呼吸で息を整えたリカは身体を上げて、言い直す。
「今のが水の精霊祈祷"貫け氷槍!"よ」
「え?」
「貫け氷槍!よ、祈祷の中にはこんな見たままの名前があったりするわ、貴方の覚えたい
魔法の名称に対して何とも力強くて飾り気の無い事か、全てのユニットを持っていたり使っていたわけでもないから、違いを比べたりはしなかったので感心した。しかも書籍で表記が違うのはこれまたマニアックな設定である。
「さて……じゃあ例は見せたから、次は貴方が覚えたい
「え?できないのか?」
「私は水属性よ、所作は読んでるうちに覚えたけど、出来るかは貴方次第……ほら、まずタリスマンを手のひらに乗せ、空に掲げて、魔力を込めなさい?」
水属性の魔法使いの私が使えるわけなかろう、所作だけは勉強していて覚えただけだと、リカはそのままタリスマンの持つ右手を天に掲げた。
「こうか?」
俺もそれに続いて右手を掲げてタリスマンに魔力を流した……しかしどうも違うのか、何も変化は起きない。
「祈祷は所作が全てよ、ほらそんな突っ立つんじゃなくて、足を広げて火の精霊の勇猛さを象るの、自分自身で」
「こ、こうか?」
「そのまま魔力を込めてみなさいな」
勇猛に、火の精霊を模してみろとのアドバイスに、分からんとはなりながら、ポーズが重要なのかと足を広げカッコつける様にタリスマンを掲げて改めて魔力を込めた瞬間。
右手が燃えた。いや、タリスマンがまるで篝火の火種となって、火を顕現させたのである。
「あっつぅ!?ああ……あ、熱、くない!?」
思った以上の巨大な火は、見ただけで熱を感じてしまいそうだが不思議な事に感じない。タリスマンを持ち掲げた右手も、寧ろ暖かく感じる。
「そのまま!胸に火を叩きつけなさい!火の力を取り入れるの!」
「これをか!燃えたらどうする!?」
「燃えるわけないわ!貴方の火があなた自身を燃やすわけないじゃない!さっさとやれ!!」
その火を胸に叩きつけろと吐かすリカ、本当に大丈夫なのかと疑心を抱くも、ままよと俺はタリスマンに灯る猛火を、自らの胸に叩きつけた。ごうう、と火のたなびく音を鳴らして胸に叩きつけた火が吸い込まれ、その熱が俺の肉体を奔り、まるで温泉に浸かったかのような心地よい熱に俺は包まれた。
「あ……あぁああ〜〜……ヤバっ、これ……気持ちいいな……」
故にそんな台詞を自ずと口にして、禁止薬物でも使ったのではと疑われても仕方無い程に、表情が酷く恍惚に緩んでいたのだろう……リカからは眉間に皺を寄せたドン引きの表情をされた。
「うっわムカつく……アンタやっぱり才能あるわ、一発で成功させるなんて……しかもそんな顔してさ」
「はっ!?わ、悪い……ガチに飛んでたわ……しかしすげぇな、こんなに調子が良くなるなんて」
本当に、彼方へ意識が飛んでいく程にこの祈祷は肉体への強化が実感できた。その場を飛んでみたり、ステップを左右に踏んでみれば全くもって違う。現役時代ですらこんなにも、思い通りには動けなかったかもしれない。
炎蛇のブレスレットが『限界を突破』する力ならば、
「ありがとう、リカさん……改めてご指導ありがとうございました」
「ふん……私としては二、三回は失敗して欲しかったわよ……はぁ……やっぱり才能ってあるのね?」
一度で成功した事に悪態を吐く彼女、その言葉は流石に苛立ちを感じたが……。
「分かるよ……才能ってのは残酷だよな?」
現世でも、そしてこの世界で憑依したギニスとしても『才能』という二文字の無慈悲で残酷な冷たさを俺は知っているし、実感していたので同情の方が強くなり、それを口にしたら……。
「あんた……嫌味で言ってる?」
「いやいやいや!?俺だって両親から出来損ないって言われるし、兄貴と比べられてたし?特待達と差を感じたりとかしてるぜ!?」
嫌味か貴様と眉間に皺寄せて詰められ、それは違う本当だと流石に待ったをかけた。そうしてリカは眉間の皺が無くなり、納得して、ああそうと溢した。
「噂で聞いたけど苦労してるのね、親と兄と喧嘩して爵位簒奪したんでしょ?」
「酷いとか、思わないのか?」
「実力も才能も無いくせに相続するよりはマシだわ、貴方自身その爵位が自分の物だなんて思ってなくて、勝ち取って得たのでしょう?」
俺の簒奪劇は余程ベラム王国では有名な話らしい、彼女の耳にも届いていたらしく、貴族のお家騒動で醜い争いだろと聞いたら、なんとも血気ある答えが帰ってきて、俺はたじろいだ。水の祈祷を扱った際の叫びだったり、端々で見える反骨精神と、このリカ・カルーシャの人となりが少し分かって来た。
原作でもいずれ英雄部隊に入るメンバーながら、活躍はあまり描かれなかったが、ここまでキャラが立っているなら活躍させてやれば良かったのにと原作ラノベに勿体なさを感じてならなかった。
「じゃあ私は戻るわ、精々学校に泥を塗らないように選抜頑張りなさいよ……私ら上級クラスが決して、特待の補欠だなんて思わせないくらいにね」
用は済んだと、リカはそのまま校舎へと向かっていった。これでおれは、ソシャゲのギニスと同じ性能くらいにはなれたかなと、ほのかに暖かいタリスマンを眺めながら自分に問いかけた。
一年選抜が近づく、やれる事はやっておかねばなるまいと、俺も校舎に帰った。
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