第5話 脇役、タリスマンを手に入れる

 同じ上級クラスの才女、リカ・カルーシャより猛火の祝福チャージを教えてもらう事になった俺は、その日の放課後にキアバスの街中へ寄り、タリスマンを買いに行った。


 このキアバスの街……最北端にベラム城が位置しており、城を含む北側に俺の通う学校やら、図書館などの公共施設が建てられ、武器や防具だとか飲食店などと言った繁華街は東側に分布している。


 西側には居住区があり、城に近い……つまり北西側には貴族だとか金持ちが別邸を所有している。ちなみに俺の別邸は西側に近い北西と、住居ヒエラルキー的には下位の物件らしい。


 何だその京都カーストやらタワマンカーストは、そんな設定まであるのかよと昔突っ込んだ事がある。しかしまぁ不便だ、東側の繁華街まで行くのは……わざわざ遠い位置から馬車で優雅に買い物へ行くのが、キアバス在住の貴族らしい。


 無論、俺は歩きである、学校のある北から東まで歩き、西の自宅に歩いて帰る予定だ。


 店売りのタリスマンはそれこそソシャゲ版では防具屋に並んでいたが、この世界は如何にと、俺はキアバスの街の防具店に入った。


 カランコロンと鈴が鳴る、城下の店だけあって内装も品揃えも整っていた、清掃も行き渡っている。


「やや?魔法学校の生徒がウチに何用で?」


 それはそうだ、魔法学校の生徒が鎧だなんだと買いに来る事は無かろう。軍学校の生徒ならまだ分からんが、兎も角用があって来たので俺は尋ねた。


「タリスマンを買いに来たのだが、あるか?」

「はぁ、まぁあるにはありますが……ウチにあるのは守護のタリスマンで、魔法やらを使う為のタリスマンは他所になりますよ」


 確かにタリスマンは置いていた、守護のタリスマンは装備者の防御力を上げる、序盤の意外と装備して損は無いタリスマンだが、目当てのタリスマンは置いてないらしい。


 やはりソシャゲとは違ってくるか、冷やかしになってしまったなと申し訳なくなりながら、ふと店内を見ればある物に目が向いた。


「これって……」

「あぁ、最近になって置き始めたんですよ、なんでも、魔法が付与された籠手でして……」


 見た目こそ簡素な鉄の籠手だが、見てわかる、魔法を纏っていたそれが、誰が作った物かを俺は知っている。


 これは、ナルの発明した『簡易魔法装備』だ。確かに、原作でもこれが出てくる時系列であり、ソシャゲなら『開発』システムが解放されているくらいになるなと思い出した。


 魔法を帯びた装備『魔法装備』は、原作においては伝説級の代物であり、武器や防具に魔法を帯びさせる事は大変難しく、長い期間を必要とする。


 しかして主人公、ナル・ワーナビはこれを独自の魔法で『簡略化』してしまい、効果こそ伝説級とまではいかないが、より早く、安価に作り上げる事を可能としてしまったのである。それが『簡易魔法装備』であり、これによりベラム王国の兵士の生存率と軍の戦力がグンと向上する事になる。


 聞こえてくる、あいつが『また何かやらかしたか、僕は?』と、知らずに常識を覆した様を表す台詞が。懐もさぞ温もるだろうなと、主人公の発明品を間近で実物を目にした俺は、何も買わないくせにこれ以上居座るのは失礼だなと、退店する事にした。


「すいませんね、迷惑かけました……」

「いえいえ、用ができましたら是非ご贔屓に」


ーーーー


 今更ながら、原作ラノベやソシャゲとこの世界の乖離はやはりあるみたいだ。より整えて当たり前になったとも言えるのか、現世だったらこう言うのをディレクターズカット版だの、完全版だのとして売ったりしそうだ。ソシャゲならアップデートだなと、表現の仕方を考えながら、魔法道具店に辿り着く。


 結構歩いたな……新宿から代々木くらい、1km弱は歩いたかもしれない。別邸まで遠いなら3km行くかもしれん、歩いた感覚と大体の別邸の位置を頭に浮かべて距離を想像しつつ、魔法学校も御用達としている魔法道具店に入った。店名は『タリア魔法用品店』なかなかに歴史がある魔法用具店で、外観こそ古めかしいが……。


「いらっしゃい、あらあら学生さんね?薬品の授業の材料?それとも杖が壊れたかしら」


 これまた美人が出迎えてくれた、彼女はタリア・グランツ、ユニットではないがこの魔法店を切り盛りする美女店主であり『年齢不詳』何でも、ナルの祖父からずっと容姿が変わってないらしい……。


「すいません……火の祈祷を扱えるタリスマンが欲しいのですが」


 早速タリスマンはあるか尋ねれば、彼女な眼差しは少しばかりキツくなり、すぐに尋ね返して来た。


「タリスマン?学生さんが……悪さでもする気なら売れないわよ?」


 校則でタリスマンは、授業での使用を禁じられている、その辺り学校から通達があるのだろう、悪さをしないように売るなと。つまりは置いているという事は分かったので、正直に話して理解を得る事にしてみた。


「いや、そんな事しませんよ……少し覚えたい祈祷がありまして、必要なんです」

「魔法学校の生徒が祈祷を?どんな?」

猛火の祝福チャージです」

「喧嘩する気?貴方?」


 バフだもんなぁ、そう思われて仕方ないよなぁ、それでもちゃんと正直に必要な理由を話してみる。


「一年選抜に出るので……その際に使おうと思って覚えようと……」

「えっ、貴方選抜の選手なの?今年の?」

「はい、まぁ……」

「それを先に言いなさいな、火の祈祷を使うタリスマンね?すぐ用意するから」


 すげぇな一年選抜の肩書き。


 協力を惜しまないとばかりに態度が一気に変わった様は、呆れを通り越し笑いそうになった。店の奥に向かったタリアは、これまた丁寧に清掃された平たい箱を棚より引き出して、そのまま俺の方に戻って来た。


「うちは祈祷に使えるタリスマンも揃えてるわ、火の祈祷ならこれね……火精霊のタリスマン、魔法使いの人から祈祷師まで扱いやすいわよ、丈夫で余程無理に使わなければ壊れたりしないわ」


 これまた見たことある、ソシャゲでも同じ火の精霊が刻まれて魔石が嵌め込まれ、チェーンでネックレスの様に繋がれたそれは、店売りで買えて、敵もそれなりに落とすドロップアイテム。実物は精巧な出来で、こんな高そうな物をバカスカ落とすエネミーは何なのだと考えさせられた。


「じゃあこれで」

「ありがとうございます」


 特に他に気になる物も無かったので、俺はそのままタリスマンを購入し、店を後にした。


ーーーー


 気付けば夕方になっていた。そこまでゆっくり歩いたりしてもない、新しく手に入れた火精霊のタリスマンのチェーンを摘んで目の前に垂らして見る。杖とは違うこんな装飾品が、新しい自分の魔法……じゃあなくて祈祷を使えるようにしてくれるのかと不思議でならなかった。


「とりあえず買えたなぁ……今日はもう適当な店で食べて帰ろうかな」


 そう言えば繁華街には自炊の為に食材を買いに行くくらいしか来た事が無い、偶には店屋物でも食べようかと、賑やかな方に進んだ。


 主人公のナルもまた、この景色を歩いて探索したのだろう。そこを今俺は歩いている事を、今更になって気付いた。という事はだ……原作ラノベやソシャゲでもあった店もあるという事だ。その足は自ずと、目的の場所に向かっていた。


 仕事終わりの人々が騒がしく彼方此方に行き交い、店やら屋台やらを眺めては、今夜はこれだと中に入り、店主に金を渡し品物を受け取っている。


 その人混みを歩くとやがて開けた場所に出た、中心に聳え立つは塔のモニュメント……それは『戦勝塔』と呼ばれ、ナルの祖父大魔導士エブリスを含めた英雄達が、先の魔人たちとの戦争に勝った際に建てられた塔で、この辺りは夜になると出店が立ち並ぶ。


「あ、やっぱりあった……すいません、戦勝ベーグルください」

「あいよ!待ってな!」


 その出店の一つを見て、やはりと俺は早速注文したそれは『戦勝ベーグル』というキアバスの名物だ。ソシャゲでは食事アイテムであり回復アイテムで、HPを40%回復する。キアバスの夕方の出店でしか買えないグルメだ。


 甘く煮込まれた牛肉と牛モツを、固めのベーグルに挟んだそれは、ガッツリどっしり食いでがある。ベーグルは煮込みの中に一度潜らせる為、手は汚れて当たり前だ。


「あいおまち!」

「あざっす」


 紙袋が既に、煮込みのタレで滲んでいる。それと交換でお金を渡して、俺はそのまま帰路へついた。たまにはこんな物を食べないとな、早速紙袋から取り出して指に汚れがつくのも構わず齧り付く。


 濃い、それでいて柔らかい、何日煮込んだのかと思うほどに。ベーグルにも染み込んだタレが口元も汚す、買い食いなんて学生以来だなと郷愁に駆られながら歩き、夕闇の街を歩く。


 ふとーー左を横切った男と視線がぶつかった、ほんの数瞬であった、気にする事も無い他愛もない事のはずだったが……。


「!?」


 その容姿に見覚えがあって、緊張と戦慄が走り思わず振り返った。目立つはずの容姿で、群衆からもすぐ見つけれるくらいな男の筈が、もう消え去って見当たらない。


「見間違い……だよな」


 見間違いだろう、そうあって欲しい、この時系列で出てくるキャラでは無い筈と言い聞かせ、俺は少し早足気味に帰宅するのだった。

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