第4話 脇役、祈祷を知る 

 俺は『対魔研』には入部しなかったが、助っ人役として呼ばれたら来る事で話はついた。いずれ俺も、メインキャラクター同様『廃棄の血族』と真正面から戦う日が来る可能性が出てきてしまった訳だ。やられ役から脇役に昇格した……のかもしれない。


 まぁ、ストーリー第二章は一年末選抜で、魔人との戦いは無い……だからこそ、一年選抜にも備え自身のレベリングもするべきだなと俺は、魔法使いとして研鑽を積む事にした。


 そこで俺は、魂の寝床で話をした本物ギニスとの会話を思い出していた。


『だったらせめて、猛火の祝福チャージくらい覚えとけ、杖が嫌なら代替品にタリスマンがあるから、それを使うのも手だな』


 猛火の祝福……これはギニスが使用できる『自己強化』の魔法だった事を覚えている。ソシャゲ版では、自身の火魔法の威力、攻撃力、防御力、回避力を上げるというつまりはバフ魔法で、ソシャゲ版オリジナル魔法だったりする。


 俺はそれを覚えていない。三年間の間に覚えなかったのか?だって?確かにそうだ、それもできた……しかしだ……。


「どこにも載ってないぞ……」


 無いのだ、呪文が。火魔法の魔術書を幾つも調べた、もしかしたら上級魔法かとも考えたが掲載されていないのだ。教室で見落としてないかと何度も魔術書を読みなおしたが見当たらないのだ。


「っかしいなぁ……もしかして添削されたとか?初版しか無くて、それを探す必要があるのか?」


 ソシャゲ版では、レベルを上げさえすれば簡単に覚えれた筈の猛火の祝福。それこそ他の火属性レアユニットでもそうだった。だから特別なイベントを起こす必要だったり、キーアイテムが必要な筈は無いのだがと……図書室から借りた火の魔術書の山と格闘が続く。


「あら珍しい……貴方が教室に残ってまで本を広げるの、初めて見たかもしれないわ」


 聞き慣れぬ声であった、その声を聞いて俺は辺りを見回したが見当たらず、誰が声を掛けたと姿なき相手に怖気を感じた瞬間。


「ここよ、でくのぼう、小さくて悪かったわね」

「おうう!?あだ!痛ぁああ!」


 そうして右斜め下から声をかけられたので、左側に俺は驚いて転げ落ちたのだった。そして声の正体を目の当たりにして、俺はさらに驚愕した。


 人形が居た。それくらいに美人だった、赤みの含んだ茶髪はオレンジブラウン、その茶髪は伸ばして腰よりも長くまで伸ばし毛先はストンと落ちている。


 ビスクドールが歩いていた、そう言っても信じてもらえようそんな美女を前にして俺はーー。


「……本当に小さいな」


 ので……。


「ふんぬっ!」

「ぎゃあああはぁああ!?」


 制裁として、固ーいつま先で向こう脛を力一杯蹴られたので、凄まじい絶叫を上げてしまったのだった。


ーーーー


「ぁあぁあああ……お、お前、マジで蹴りやがったな、おぉおお!」

「人が気にしている事を言ってはいけませんって、ママに教わらなかったかしら?」

「畜生ごもっともだ、すいません」


 この暴力磁器人形バイオレンスビスクドールは俺が座っていた隣に腰掛け、俺が呻く様を見下ろして叱りつけた。本当にその通りなので俺は蹴られた右脛を押さえながら謝るしかできなかった。まぁ俺がそれを教わったのは現世のまだ俺に情があった時の父親だが。


 そして……この暴力磁器人形も立派な原作キャラクターだ。


 彼女の名前は、リカ・カルーシャ。


 俺と同じ上級クラスの生徒で、俺とアラクに続いて上級3番目の序列で合格した。魔法の知識ならば特待クラスに匹敵するが、実技が着いて来れないが故に上級に甘んじていて、その努力が実を結ぶのはまだ先の事である……。二年の際にはアラクと共に特待枠拡張により特待生に上がり、英雄部隊にも入る事となる。


「これ、火魔法の魔術書ばかりね……新しい魔法を覚えるために勉強してたのかしら?」


 俺の机から借りた魔導書を開いては捲り、また違う物を捲り確認して、新しい魔法でも覚えるつもりかとリカが尋ねる。


「そんなところだよ、リカさん……いや、探してるって感じか」

「最近はサボったり授業中寝てたりしてる貴方がねぇ……ただでさえ貴方、上級主席の癖にやる気が見えないのに、どんな風の吹き回しよ?」


 痛いとこを突いて来る刺々しい物言いだ、しかし事実故言い返せない。何しろ自分が死ぬ筈の一章を抜けたから、力も気も多少は抜ける。何せ三年間準備してイレギュラーにやらかしを何とか軌道修正したのだから!正味1週間はオフにしたい程には疲れが来ていた。


「あぁ……猛火の祝福って魔法を探していてな?いくら探しても見つからなくて……リカさん何か知らなーー」


 それでも今後のメインストーリーで叩き込まれる濁流の様な展開、そしてトラブルに巻き込まれて死なない為に目当ての魔法を探しているのだと、リカに尋ねて、その顔を見た。


 リカは……ドン引きの表情を浮かべていた。まるで常識を知らぬ山猿を見るような、コイツマジで言ってんのかと顔に書いてある様な表情を俺に向けていた。


「貴方……それ本気で言ってるわけ?」

「な、何が?」

「見つかるわけないじゃない、猛火の祝福が魔導書でなんか!」

「え!?魔法じゃなければ何なんだ!?」

「猛火の祝福は祈祷よ!魔法と祈祷の違いも知らない奴が上級の首席になってたわけ!?」


『祈祷』リカの口から出てきた単語を聞いて……俺は思い出した。確かにあったなと、ソシャゲの説明にも!魔法と祈祷……似て非なる物と。


「しかも……あんたサーペンタイン家よね!?あんたの家は特に火の精霊を信仰してるから、まず親から教えられるでしょう!?」


 親から教えられる程に、当たり前の事を俺は知らなかったらしい。だが、ギニスとしての過去も記憶にある俺は、思い返してもそんな事は父や母から教わってない事をこの場で知るのだった。


「すまん……その両親から俺は教わらなかったんだ……何せ兄と比べて出来損ないで、無駄と思われていたからな」

「え、あ……」


 少しばかり複雑な家庭事情で、教えて貰えなかったのだとリカに語る。彼女は俺の家庭事情を察したのか、無知への怒りを沈め、触れてはならない話に対して罪悪感を感じて口が止まった。


「ご、ごめんなさい……言いすぎたわ」

「いや、こちらこそ無知を晒して見苦しかったな……せっかくだから教えてくれないか、魔法と祈祷、その違いを……」


 無知であった俺が悪いのだ、気にするなと諭して俺はリカから魔法と祈祷の違いを学ぶ事にしたのだった。


ーーーー


『魔法』と『祈祷』の違いをリカから聞いた俺は、余程『賢者無双』の原作ラノベを読み込んでなければスルーしてしまうし、ソシャゲでも確かにテキストの違いがあろうと、ゲーム内では同じ魔力(MP)を使って行使するが為に、違いなんて分からないなと実感させられた。


 しかして二つは、似ていれど全く違う。


「魔法は人間達が編み出した知識の技ならば……祈祷は神や精霊の力を降ろして使う信仰の奇跡なのよ」

「人間が作ったか、神様が作ったかという違いか」

「そう、あと魔人なら闇の力、呪術や呪法なんてのもあるわ」


 魔法と祈祷の違いは即ち大元の違い、どちらも確かに魔力を使うものの、魔法は人間が編み出した知識、祈祷は神の奇跡や精霊の力その物だと言う。


「祈祷を使う魔法使いはそれなりに居るけど、家がそういった宗教を信じていたり、家族に信徒や聖女、修道士が居たら教わるなんて事もある……サーペンタイン家が火の精霊を崇めているなんて有名な話よ」

「先祖の魔物退治の話しか知らんかったぞ、精霊信教なんて教わらなかった」


 自分の家の信仰を、クラスメイトから教わると言う異様な光景が出来上がってしまった。そんな設定があったのは知らなかったなと、改めて自分が所詮はライトユーザー、にわかに類する程度であったと突きつけられる。


「それで、猛火の祝福を知りたいのよね……」

「誰から教わったらいい?」

「所作なら私が知ってる、ただ……貴方タリスマンは持ってる?」

「持ってないな……待て、所作って?」


 杖では祈祷は使えないらしい、まさかソシャゲでは装備品で、耐性やら能力値を上げる装飾品だったタリスマンが、祈祷を使うための道具になっていようとは……それはそれとして、リカの含みある言い方に俺は尋ねる。


「魔法は呪文を唱えるように、祈祷は祈り、身体を動かす所作が重要なのよ?こう見えて誰よりも知識には貪欲だし自信があるの、だから知ってる……使えないだけなの、私は……」


 苦虫を噛み潰したように表情を歪めたリカは、そう言って俺に背を向けて言った。


「タリスマンは街に売ってるわ、ちゃんと火の精霊を模した奴を買ってきなさい?それを用意できたら私が教えてあげる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る