第14話 魂の寝床にて……。
『おい、起きろおっさん、コラ』
誰がおっさんか、こちとら25歳のまだ青年だ。苛立つ言葉が耳に入り、俺は目を開けた。
『あ?なんだここ……』
目を開けて、俺はその景色に理解ができなかった。俺は、リングの上に寝転んでいたからだ。立ち上がり、周囲を見渡して……ここがどこなのか理解するまで、そう時間は掛からなかった。
無観客の席、金網が貼られたケージリング……天井に吊るされたモニター……俺はこの場所を知っていた。
『マディソン・スクエア・ガーデン……』
ニューヨークのアリーナ、マディソン・スクエア・ガーデン。忘れる筈もなかろう、ここは……俺がアメリカの団体で二試合目に戦った舞台であり……俺が死んだ場所だ。
『へぇ、そんな名前なんだなここ……あんたここで死んだの?』
背後からの声に振り返る、さっき周囲を見渡したはずが、いつの間にか背後に現れた少年を見て、あっ……と声を上げた。
病的なまでな痩せ身に白肌、長く伸ばした金髪……そして俺も袖を通した『魔法学校の制服』を着た少年が、慣れないながらにホットドッグを齧ってこちらを見ていた。
『おい、ケージの中でホットドッグ食うなよ』
『美味いよねこれ、あんたも食べたら?』
俺はこいつを知っている、いや……今は俺がこいつになっているというわけだ。
『ギニス・サーペンタインだな?』
『ああそうだ、水瀬光太郎……会うのは初めてだよな?』
目の前でホットドッグを齧るこいつが、原作における俺が乗り移ったキャラクター……ギニス・サーペンタインその子であった。
ーーーー
『それで?ここは何処なんだよ、俺は確か色々やらかして自暴自棄気味に意識を失ったが……』
『ああ、ここは言わば……魂の寝床だよ、あんたは今深い眠りについてる、つっても、何ヶ月寝たきりになるとかじゃあないから心配すんな……そんなあんたの記憶が作った世界さ』
観客席に移動した俺とギニスは、2人でホットドッグとコーラ、付け合わせのポテトを食べながら話していた。今俺は、深い眠りについており、ここは魂の寝床なる場所……そして俺の記憶が作った風景の世界なんだと、ギニスは説明した。
『しかしまぁ驚いたよ、ある日突然この世界に閉じ込められたと思ったら、あんたが色々やり始めてさ……てか、俺ってマジにあんな死に方するって知った時には唖然としたよ』
天井モニターに電源が入ると、アニメ版『賢者無双』が流れ出し、ナルに敗北する場面、父親に勘当される場面、暴走の果てに灰となり自壊する場面が延々とリピートし始めた。
『俺もまさか、アニメや漫画の世界に死んで流れ着くなんざびっくりだわ……しかも、憑依先がお前とはな?』
『俺だってあんたみてーな筋肉だるまに乗っ取られるなんざ驚きだわ、まぁ?俺の死に行くだけの人生を変えてくれた礼は少しくらいしてやらんでもないけど?』
偉そうなガキだ本当に、イキリ散らした育ちの悪いヤンキーってこんな感じだった気がすると、夢の中の癖に懐かしさすら覚える、身体に悪い甘ったるいコーラをストローで吸い上げ飲み干す。
というか、そもそもこのギニスくんは何者なのやらと俺は尋ねた。
『それで……そもそもお前は何なんだよ?俺がぶっ倒れて、今見てるこの夢の中で作られた、イマジナリーギニスくんだったりする?』
『ちげーよおっさん、俺こそがギニスの意識だ、ギニスそのものさ、あんたの魂の強大な自我に追いやられて、弱弱な俺はこうして同化……してるんだよ、偶に酷くイラつかない?あれ、俺も影響してんのよ?』
夢の存在で済んだら、それほど疲れていたのだと決めつけてしまえるものの、もっと複雑な事態であったらしい。死んだ俺の魂が本当にギニスへ憑依して、強大な自我によって乗っ取ってしまったのだと言う。
『交代するか?今から、お前の身体だし人生だ、返すのが筋だろ?』
だったら元の持ち主、ギニスくんに返却するのが正しかろうと俺は提案した。しかしギニスは、ケチャップに沈めたポテトを鷲掴みにして詰め込み、口を赤くして飲み込み言ったのだ。
『できたら苦労しねーよ、あんたと俺の魂の強さが違うんだ、俺は絶対表に出れねーし……今更出る気にもなれねーよ、仮に交代しても、俺は今の
それに……と、親指で口のケチャップを拭い、それを舐めとってギニスは言った。
『言質取ってんぞ、俺をエンディングまで連れて行ってくれるんだろ?だったら責任取れよ、おっさん』
頭の中での決意表明は、こいつにも聞こえていたらしい。俺はポテトを一本食べて、飲み込んで舌打ちした。
『聡いやつめ……お前、それなりに身の振り方を考えたら死ななかったんじゃあないのか?』
『はっ、無理だよ……どっかで躓いてウジついて死ぬのが俺なんだ……まぁ兎も角、この世界は俺しか居ないけど、飯も食えるし見た事無い物もあって退屈しないから、俺の事は気にすんなおっさん』
ホットドッグもドリンクも無くなった、ポテトはあるがもういいか、俺は席を立って観客席の出口に向かった。多分それで、この魂の寝床から出れると何となくだが感じたから。
『あ、それとさ?あんた魔法の使い方下手だな、練習してあれなら才能無いぜ』
出ていく寸前、ギニスから魔法について目も当てられないと呆れられた。
『悪かったな、そもそも殴ったり蹴ったり、投げたり極めたりが好きなんだよ』
お前の才能はあるが、俺がそれに追いついてない。正直に言えばよかろうが、少しだけ強がって得意をやればよかろうと言い返す。
『…………だったらせめて、
『なにっ?』
『もう行きなよ、次また昏倒したら会えるだろうさ、エンディングまで死なないように頼むぜ?』
アドバイスを受けて、それが合図だとばかりに勝手に扉が開く。眩い光に目が焼かれながら、俺の意識はゆっくり目覚めて行った。
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