第10話 決闘後のそれぞれ
俺は、主人公ナル・ワーナビを倒す事ができた。
本当に、もう、こんな番狂せは絶対無いだろう。チート魔法使いのあいつが、さっさと俺を強大な魔法でチリ一つ残さず消し去る事ができるあいつが、俺に負けた理由は幾つもあるが……全て纏めて二文字にしたら簡単にできる。
『油断』
それだけだ、その二文字でナルは俺に負けたのである、それ以外の理由は無い……。かと言って、俺がその油断を願って戦いに行ったかと言われたら首を横に振るだろう。猶予は数時間でも俺は、ナルがどう戦いに来るか、状況によってはどうやって勝ちまで持って行くかも考えていた。
まぁ、それでも戦い方は全て『魔法を撃たせない超接近戦に持ち込む』しか無かったわけだが、見事にそれをできたわけだ。
はぁっ、すーっとした、この世界に流れ着いて久々に暴れたかもしれない。父や兄との喧嘩はモヤついていたが、此度は擬似的に現世の試合前の準備をなぞってから闘ったのか……やりすぎた癖に、やっちまったと虚無感を抱いていながら、もう勝利の爽快感と涼やかさに洗い流されているのが何とも度し難い事か……。
俺はアラクとセラスを残して、1人古戦場後から別邸まで歩いて帰っていく、すると……。
「お見事ですね、ギニス・サーペンタイン」
薄暗い路地に差し掛かったあたりだった、誰かが俺を称賛して呼び止めた。声がしたのは後ろから、俺はゆっくり振り返り、辺りを見回した。
すると、裏路地から……もう如何にもな黒のローブをがっつり頭に被った、私は黒幕ですと言っている装いの人物が現れた。
嗚呼まさかと、このタイミングで来たかと俺は荷物を地面に落とし、いつでも戦える様に身構えた。
「そう身構えないでくださいよ……怪しい者ではありますが、今は敵対する気はありませんから……」
「おいおい、そこは私は怪しい者じゃあねぇって言うところじゃあないの?」
「こんな装いで怪しくないなんて馬鹿みたいじゃないですか?」
メタな言葉を互いに織り交ぜて話し、ローブの人物は微かに見える口元を吊り上げて俺に言う。
「単刀直入に言いますギニス・サーペンタイン、我々の仲間になりませんか?いずれ現れる英雄達を討ち倒し、真なる世界を作り上げる為に」
俺はこの勧誘を聞いてここまで来たかと、今『賢者無双』のストーリーが一章終盤に差し掛かっている事を理解した。
これは、ギニスの『闇堕ちイベント』だ、学園でナルへの復讐を行う前に、魔人がこうして接触して力を与えに来るイベントである。しかし原作とは台詞が違う、むしろこれは使い捨てるために利用しようとする台詞から、勧誘に切り替わっている。
「真なる世界?英雄を倒す?いきなり現れて訳がわからない……アンタら何者だ?」
無論この現れた魔人が誰なのか、というか組織の名前から何まで俺は原作知識がある為知っているが、それらしい台詞を吐いて尋ねてみる事にする。
「我々は……廃棄の血族、この世界から忌み嫌われ棄てられた、英雄達により討たれし者達の集まりです」
「英雄達に討たれた……」
うん、間違いじゃない。こいつはちゃんと、この世界の『敵役』だ。
ーーーー
『廃棄の血族』
数十年前に、世界を支配する為に『棄てられた大地』という場所から現れた『魔人族』にて構成された、この世界における敵勢力側の総称である。彼等は『かつて、我々の物であった大地を取り戻す』と言う大義を抱えて人類へ戦いを挑み、本当に窮地まで追い詰めた。
しかし、人類側から現れた英雄達……『勇者』『魔導士』『聖女』の3人の力で全ての戦局を覆されて敗れ去った、というのがかつての彼ら『廃棄の血族』の顛末である。
その内の魔導士が、今は『大魔導士』と呼ばれている主人公ナルの祖父、エブリス・ナーロン・ワーナビという設定だ。
「かつての英雄の血族を破った、その闘いを拝見させていただきました、如何ですか?我々の下でその力を振るっては?」
さて、兎も角敵勢力が接触してきたこのイベントは、ギニスにとって重要なイベントてもある。原作なら力を与えられ制御も出来ず自滅して終わりなわけだが、此度はナルを倒してしまった為勧誘と言う形に変わっているのだろう。
「残念ながら、丁重に断らせていただこうか」
無論、断る以外無かろう。やっとここまで来て、闇堕ちして学園襲撃やらかす破滅願望は持ち合わせちゃいない。その返答にローブの人物は……。
「そうですか、残念ですね……」
本当に惜しいとばかりに溜息を吐き、背を向けて言ったのだった。
「いつでも待ってますよ、何せ貴方は我々と同じなんですから……」
「はぁ?」
そうして、霞の様にローブの人物は姿を眩ませて消え去ったのである。これで……ギニスは襲撃イベントから外れ、生き残る事ができたのだろう。
しかし……あのローブの奴、気になる事を言っていたな……我々と同じ?ギニスが?何かそんな設定がギニスにはあっただろうかと思い出そうとしたが、残念な事に頭に残っていなかった。
弟ならこの辺り即座に分かるのだろうが、いかんせん俺はライトプレイヤーでにわかなため思い出せん……いや、そこまで深堀りしてまで、ギニスというキャラを知ろうともしてなかったわけだが。
「頭に留めておくか……」
今後の為に、覚えておく事にしようと決めて、俺は別邸に無事帰還した。
ーーーー
「かはっ!?」
どれだけの間気を失っていたのか、僕はようやく目を覚ました。目の前には見知った顔が並んでいた。エリシスにジプシー、僕のハーレム要員、そしてセリスと……あのギニスの金魚の糞である優男のアラク……草の生い茂る地面に寝ていた俺を皆が見下ろしていた。
「僕は……一体……」
「ナル、あなたの負けよ……ギニスとの決闘は」
エリシスに突きつけられた現実……そして僕はそれを否定しようと、嘘だ、馬鹿なと言おうとしたが……。
「あうっーー!?」
「ナル様!?ま、まだ痛むの……?」
思い出す、つい数分前の光景。容赦なく振り下ろされる拳と、見下ろす冷たい目……死んだと思った、殺されると思った、主人公である筈の僕がこんな序盤の脇役に、無様に……それを思い出して僕は顔を両手で覆った。
「大丈夫……痛みは無い、筈なのに」
「傷は全て治っています……私とセリスで治しましたから」
顔に傷も打撲も痛みも無い、当たり前だ、僕のスキル『自動治癒』はゆっくりだがいかなる大怪我も完治まで治せるのだから……それでも……痛くないはずなのに痛むのだ。
「おい首席、ギニスから伝言……二度とセリスに近寄るなってさ」
ギニスの取り巻きの優男アラクが、この場には居ない彼の伝言を言って、そして心配そうにこちらを見ていたセリスを連れて立ち去る。僕は上半身を起こして、改めて反芻して思い出す。
「負けたのか……僕は……」
「ナル……気にしないで、ただ運が悪かったのよ貴方は」
「そうです、今回は偶々……偶々負けちゃったんです」
エリシスとジプシーが左右から僕を抱きしめて慰める、運が悪かったのだと、偶々負けてしまったのだ気にするなと。僕はただ黙って、2人の温もりと肌の柔らかさに甘えて……それでも『敗北』という事実に呆然とした。
僕は主人公だぞ?
『異世界転生賢者のチート無双〜大魔導師の孫に転生した俺のハーレムライフ〜』の主人公で、その戦績は『無敗』で終わる筈だったのに……それが何で序盤で退場する脇役に殺されかけるくらいに殴られて敗北する事になったんだ?
そしてメインヒロイン、僕の隣に居る筈のセリス・ファラウドがなんであいつと婚約を受け入れているんだよ……。
ああでも……思い返したら……負けて当たり前で、こんな事になったのも当たり前だったのかもしれない……頭に上っていた血をあいつが殴って抜いてくれたのやもしれないと、僕はエリシスの方に顔を埋めた。
「あっ、どうしたのナル?」
「まだ痛むからこのままで……」
「なら、治癒魔法を……」
「ううん、傷じゃない痛みだから……」
とりあえず今日はこのまま2人に甘えよう、そして再出発だ……僕は主人公なんだから、僕がこの程度で折れたら、この世界は終わるのだからーー。
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