第9話 叩きのめせ!やられ役!!
ベラム王国首都『キアバス』は、その昔魔人族との戦いにおいて追い詰められ、残りわずかまで攻め入られた事がある。その最終防衛地点となった外壁周囲は、未だに古戦場跡として、当時の凄惨たる戦いの様がまだ残っており、掘り返せば人骨や錆びた武具が出てくる事も珍しくは無い。
原作ラノベやアニメでは、歴史の授業にて主人公ナル含め、入学した一年生達は歴史の最初の授業でまずここに連れて来られて、魔人と人間の戦いの歴史と、大魔導師エブリス達の英雄譚をおさらいする。ソシャゲにおいては……過去の怨念が集まり現れる強力なエネミーを討伐してポイントを競い合う月一のイベントが開催される場所でもある。
そんな場所で俺は……今シャドーボクシングをしながら、ナルを待っていた。この世界の登場人物であるアラクやセリスからしたら、こいつは何をしているのだろうかと思うだろうが、こうして身体を温めてしっかり動ける様にするのが試合前のルーティーンなのだ。
踏み込んで打つ、徹底的に追って追って打つ、引き寄せて膝を打つ……兎も角魔法なんて放たせない、徹底的に近付いて、近付いて近付いて攻める。
「凄い……風を押してる?切ってる?そんな音が離れても聞こえて来ます……」
「ギニスくんさぁ、どこで誰に教わったの?平民街のバーの殴りあいじゃないでしょ?」
2人の感想が聞こえて、一度動きを止めた。息を整える為呼吸に意識を置きながら、アラクの質問に俺は答えた。
「……自己流」
「嘘つけ、それ全部自己流でできる動きじゃ無いだろ、教えた人が居るから止まらず動けてるんだ」
アラクは本当に目がいいな、とは言っても『現世の格闘技』なんて説明できないので、俺は黙っておく事にした。日も沈み始めた、そろそろ来るかと俺は荷物の方に行き、水筒を取り出してゆっくりと飲み、残りを頭にかけて汗を流した。
「ねえ、ナルに勝ったら僕にも教えてよ、キミの格闘技」
「教えられる程、俺は強くはないんだよ」
「いいじゃん、見せられたら興味も湧くって」
誰かに教える……か……ジムのバイトで何回か受け持った事があったけど、上手く教えれた気がしないんだよなぁ……。悪いができないと、俺はアラクに謝ろうとしたがーー。
「!!来た……」
タイミングの悪い事に、来てしまった。主人公が……振り返ってみればナル1人だけではなかった。あのハーレム要員のエリシスとジプシーまで侍らせここまで来た様だ。
「お前さぁ……婚約者奪うんだったらせめて1人で来いよ、女侍らせて来るとか俺に勝ったところでセリスは振り向かんぞ」
そこはお前、1人でくるべきじゃあないのかと俺は指摘した。
「ふん、セリスなんてもうどうでもいい……僕の顔を殴り血を流した代償、払ってもらうぞ!!」
うわぁ、ついに言った……セリスから俺の命に目的変わってやがる。
「あっそ……じゃあ、やる?」
これでもう、十分だろう。俺はもう頑張った、正しいルートに戻そうと頑張りましたが無理だと分かりましたと、俺は汗濡れの上着を脱ぎ捨てた。
「きゃっ」
「おっほぉ……なによそれ?」
セリスが軽い悲鳴をあげ、アラクはその姿に笑った。外気に晒された汗が心地よく冷える、鍛え上げた肉体から蒸気が上がる。そんな俺の、3年間鍛え上げ、今も鍛え続けた肉体を見たナルは明らかに臆して一歩下がった。
荷物から、グアスの防具屋に作らせた革製の籠手……いや『オープンフィンガーグローブ』に指を通し、ベルトを巻いてしっかり固定し着け心地を確認して、俺はそのまま中腰になりパンと一度手を叩いて鳴らし、言い放った。
「いつでもどうぞ、ナルくん?」
ゴングも合図も無い、だから誘った、さっさと来いよと煽った。ナルは明らかに青筋を浮かべるが、エリシスとジプシーに下がる様に手を動かし命じた。
「身の程を教えてやる、主人公である僕に楯突いた事を!!」
そうしてまた、昼間と同じ様に右手を伸ばし掌を向けた瞬間、俺は足に力を込め地面を蹴り一気に走り出した。
発射されたのは炎の弾丸、俺が練習を積み上げた物より威力も速さもある
「このっ!」
指を立てて横薙ぎに腕を振る所作!これも知っている!
「シィイ!!」
渾身の右ストレートが、ナルの顔面を捉えた。骨が軋む、肉が潰れる、そして振り抜いた腕が空を切り……ナルが後ろに吹き飛んだ。
「ぶぁああ!?」
「ナル!?」
「ナル様!!」
エリシスとジプシーの悲鳴染みた声が上がる。ナルは地面を転がるもすぐに立ち上がり、俺を睨みつけた。
「き、貴様!二度までーー」
「シッッ!」
「アバウッ!?」
台詞なぞ吐く暇があるのか?俺は間合いを詰めもう一度、右のストレートを顔面に叩き込む!これもクリーンヒットして、見ればもうナルの端正な顔が、血に染まり鼻が折れ曲がっていた。
「ま、待て!こんな、魔法ーーご!ぶぇ!」
「シィイヤっ!!シィイイッ!」
右脇腹、鳩尾と軌道を変えて二発の左ボディを叩き込めば、ナルの身体がくの字に折れ曲がった。そして下がった頭を両腕でガッチリ後頭部から拘束しーー。
「シャアっっ!」
「ぐぁっは!!」
顔面へ、右の膝を思い切り叩き込んだ。ナルはそのまま力無く地面へ倒れ込む、膝蹴りが顎に入って脳震盪を起こしたらしい。
「あが、ま、待っーー」
「っらぁああ!!」
「ぎあ!!ーー」
俺は飛び上がり、待ったをかける声も伸ばした手も飛び越して、右足で思い切りナルの顔面を踏みつけた。団体によっては禁止されている踏みつけ……単純ながらその威力は子供ですら大の大人を悶絶させる威力を持つ!
それが見事、ナルの顔面をしっかり捉えて地面とのサンドイッチを作り上げた。倒れたならもう二度と立ち上がらせるか!俺はそのまま、ナルの頭部を思い切り右足で蹴り抜く!
サッカーボールの如く、ナルの頭部が俺の足に捉えられ跳ね上がり仰向けに倒れる。血の飛沫が舞い、身体に付着する、俺は仰向けになったナルの上へ即座に跨った。
意識があったのか無かったのか知らない、レフェリーからストップもゴングも鳴らない、ただひたすらに俺は、ナルの顔面に拳を叩き込んだ。
右、左、右、左、また右、左……そうして拳を叩き込む度に思い出す。ああ、これだ……そうだ……俺はこうして戦って勝ってきたんだと、何発叩き込んだか知らない右手を振り下ろそうとした瞬間ーー。
「やめてぇぇえ!!も、もう止めてよ!!ナルが死んじゃう!!」
「もう、もう負けだから、分かったから!」
「ギニス!ストップ!!マジで洒落にならないって!お前ナルを殺す気か!?」
「ギニスくん!やめて、お願い!」
声を聞いて、ようやく俺は……我に帰ったーー。
馬乗りで押さえ込み、殴り続けたナルの顔は、もう原型を留めていない程に崩壊していた、腫れに切り傷、骨折もしているだろう血も止まらず痙攣して意識も無い。
やりすぎたと、今更になって俺はナルの身体から降りて立ち上がれば、即座にエリシスとジプシーが駆け寄って来た。
「ナル、ナル!ああこんな、酷い……なんて事……」
「ナル様!ジプシーが今、貴方を治しますから!!」
2人して涙を流し、その崩壊した顔面を見て嗚咽と悲鳴を上げながら、ジプシーが杖を取り出し癒しの魔法を唱える。俺は、三人を見下ろしてから背を向け、アラクとセリスの方に向かった。
アラクも、セリスも、俺を見て何も言えないのが分かった。分かっている、やり過ぎたと、相手も殺しに来るから、自分もそれに応えた……それでも、いざその凄惨な場面を目の当たりにしたら、戸惑うだろうし不快にしかならないだろう。
「セリス……ナルに治癒魔法をかけてやって」
「わかった……」
多分1人じゃ駄目だ、俺はセリスにナルを治してほしいと頼み、脱いだ上着を回収して着込む。何も言わないアラクに、俺は今一度尋ねた。
「まだ、習いたいって思ってるか?アラク?」
この悲惨な現場を見て、まだ俺から習いたいかと聞けば……アラクは首を横に振った。
「ごめん、やっぱりいいや……うん」
それでいい、それが正しい、俺はグローブを外し鞄にしまい、そして持ち上げてアラクに伝えた。
「起きたらナルに言っといて、二度とセリスに近寄るなって」
「いやぁ……もう大丈夫でしょ?」
あれだけ殴ったら流石にもう付き纏うなんてしないだろう……逆にあれだけやられて、またやらかしたらそれはもう余程根性がある事になるなと、俺はアラクやセリスも置いて行って、1人別邸に帰るのだった。
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