閑話 水瀬光太郎という格闘家
兄さんが死んだ。
アメリカの大地で、めちゃくちゃ大きな格闘団体の2戦目で、勝ったけど死んだ。それを聞いた僕は理解するまで凄く時間が掛かって……アメリカから冷たくなって戻って来た兄さんの亡骸と面会してから漸く僕は死を実感した。
一緒にアメリカへ行っていた、ジムのセコンドやドクターに両親がまず尋ねたのが『あいつのファイトマネーや死亡保険、遺産は、私たちに入るのか?』だった。
それを聞いたジムの方々は激怒した、当たり前だ、まず聞くのがそれなのかと高校生になりたての僕ですら、両親に幻滅した。それが死んだ自分たちの子どもの前で言える言葉なのかと。
両親は追い返され、僕だけが兄さんの最後を、試合映像で見届けた。ジムの人が言うには、相手のオランダ人は過去この団体でチャンピオンになり、ベルトも4回防衛した今までで一番強い相手だったらしい。
パンチもキックも上手い打撃系の選手で、いつも以上に兄さんは殴られていたという。
弟の僕は、兄さんの試合を何度も見た事がある。テレビでは映らない兄さんの試合は、わざわざアプリを契約して見てたし、大きな試合は兄さんがわざわざチケットを渡して来たから。
兄さんは目立たない格闘家だった、殴り合いが強いわけではない、芸術的な関節技ができるわけじゃない、派手な盛り上げが出来るほど口達者だったり、悪ぶれる程器用じゃない。
『ただ、強いだけ』
それが僕の兄さん『水瀬光太郎』という格闘家だったとジムの方々は言った。
プロというのは客商売で、強い事も必要ではある要素だが、客を引き寄せるためにそれ以外の要素も必要で兄はそれを持っていなかった。
それでも、ジムの方々は皆兄さんをこう言う。
『強さだけならば、日本人ミドル級最強はキミの兄さんだ』
『外国人だらけの重量級戦線で、この時代でまともに戦えた唯一の、純日本人』
『対戦相手が、勝とうが負けようが再戦を拒むほど執念深い男』
『残念な事に、本当に花が無い』
『何でもそつなくできたが、器用貧乏とも言えた』
兄さんは強かった、しかし花がなかった。金にならない選手で扱いに困ったらしい。だから、ベルトは一度も巻いた事が無いらしい。ワンマッチで使われてばかりだった兄さんを、アメリカの団体がオファーを出してきたのだと言う。
『次勝ったら……初めてベルト戦やらせて貰えるかもしれない』
SNSアプリのメッセージで、その一文が送られと時、やっと兄さんは報われたんだと思った。けど、そんな兄さんはベルト戦を目前に死んでしまった。
無念でならない、こんな幕切れがあっていいのかと思った。
そんな悲劇の格闘家が、僕の兄さんである水瀬光太郎という男であった。
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