第8話 リベンジマッチだ!やられ役!!
ダクダクと、鼻血を流して顔面を押さえて、何が起きたのかをたっぷり10秒以上はかけて、ナルはようやく何をされたのかを理解した。
「お、お前っ、僕を殴ったのか!?」
「別にいいだろうが、どうせそのくらい
この程度で主人公様が泣きを入れるわけがないが、やはりこの時系列のナルは魔法に関しては比類無き存在であれど近接戦は付け入る事ができるなと、先程放った右の奇襲ストレートから分析できた。
俺は、尻餅をついたナルへ血やら唾液やら付着した右手をハンカチで拭き終わると、それをそのままナルに放り投げて言った。
「決闘だ、ナル……今夜街の外の、古戦場跡地に来い」
「何だと!?」
俺は、ナルに決闘を申し込んだ。原作通り、俺からナルに対してシナリオ通りにそのまま話し続ける。
「本当は俺からふっかけるつもりだったし、丁度いいわ……中庭の決闘のやり直しだ、負けた相手からの再戦……まさか逃げないよな?お前が勝ったら、セリスとの婚約解消してやるよ」
煽りも込めて、逃げるなと釘を刺す。まぁ逃げないだろう、逃げたらそれこそびっくりだ。何しろこいつは主人公で、その気になれば十分俺を倒せるのだから。
「お前が負けたら、二度とセリスに近寄るな……分かったな」
「ぼ、僕がキミに負けるとでも思うのか!?」
「お?だったら今ここでやってええぞ、やるんか?」
現世の日本の大会、その記者会見で煽り合う選手の真似をして、ここでやるかと宣った俺にやっとナルは立ち上がり、言い放った。
「いいだろう、決闘を受けてやる……遺書を書いておけよ?加減を知らず消し飛ばした時の為に!!」
そのまま俺たちの横を抜け、校外へ走り去っていたナルを見ずに、俺ははぁと溜め息を吐いて呟いた。
「主人公が……ありきたりな負け役の台詞言って立ち去るなよ……」
台詞まで悪役の三下に成り下がっているじゃあないか……俺の知る主人公、ナル・ワーナビからこうもかけ離れているとなっては、俺も失望と落胆に沈んでしまう。
「リベンジ戦だねぇ、あんなに煽っちゃってさぁ……勝てるの?多分魔法使って殺しにくるよ、あいつ」
アラクは笑みを溢しながらも、心配そうにして俺に尋ねた。そんなもの……相手は格が急降下しているが主人公様だ、こっちは第一章で死ぬキャラクターで勝ち目なんてあるわけ無かろうよ。
「今なら勝てる」
「今なら……?」
「あいつはこれから馬鹿みてぇに強くなるけど、今なら俺でも勝つ事はできる」
だが今なら違う、鍛え上げて原作を逸脱した俺ならば、今の『魔法に関してはチート』なナルにはまだ付け入る隙がある、今ならまだ勝てると、俺はアラクに言い切った。
「ギニス、ごめんなさい……こんな事になって……」
セリスからは面倒を持ち込んでしまったと謝られたが、俺は自分なりに、にっこりとはできなかったろうが笑って見せて言った。
「気にすんなセリス、お前は明後日の登校日までゆっくり休んどけ……さて……準備するかね」
本当、話はめちゃくちゃになってしまったし、これからどうなるかなんて分からない。しかし、このままあの主人公を好き勝手させて、セリスが二度と治らない心の傷を負ったりするのも寝覚が悪くなる。
自分のやらかしもあろうに、まさか主人公を叩きのめす事態になるとは考えもしなかったが、俺は決闘の準備をする為に別邸へ帰るのだった。
ーーーー
夜が来るまで時間はある……俺は別邸に戻り、早速準備にかかった。とは言っても、装備を確認する程度だが……俺は寝室に鞄を放り投げ、そのまま別の部屋に入る。
まだまだ片付けが済んでない、屋敷から運び出した俺が作らせたトレーニング器具や、一応戸棚に整理した授業に使う魔法薬の素材……奥の机には革製の籠手やレガースが置かれていた。
そこから木製の椅子を引っ張り出して座り、足を組んで俺は考え始めた。決闘、命の奪い合い……まぁつまり『試合』とも言えよう、久々に喧嘩じゃない……いや喧嘩でもあるか、まともな闘いができるかもしれないなと、正直に言えば俺は昂りを覚えていた。
とは言え、この世界は剣や魔法のファンタジーでもある……まさか主人公のナルが、殴り合いに付き合うなんて事はまずあり得ないので俺はイメージした、ナル・ワーナビはまずどんな戦い方をするのかと。
イメージを作り出す為引用するのは、原作ラノベにアニメ、ソシャゲだ……誰と戦ってるんだ俺は、それら作品の主人公である。
その結果……まずナル・ワーナビは『敵の先制攻撃を避ける、防御する』傾向が高い事に気付いた。これは序盤から中盤まで大半がこの傾向だったなと俺は思い出した。
異世界無双系主人公の定石だ、そう言った数値の能力差を回避と防御で見せつけて、無双の反撃で持って敵を絶望させる……スカッとするだろうよ、お前の遥か上に俺は居るのだと分からせるのだから。
だが……そんな事させるかと、俺は革のバッグに作らせた籠手とレガースを詰め込み、ナルとの戦闘をイメージし続ける。イメージしながら、必要な装備を考え、詰め込んでみて、いらないなと取り出したりして……準備は出来てしまった。
食事はどうする?死ぬかもしれないし、好きなもの食べとくか?バカめ、何を弱気になっている……勝つのだろうギニス・サーペンタイン、勝つのだろう水瀬光太郎……だからこそ万全の状態にしろ、エネルギーを取れて消化にいい物だなと選択する。麦粥とかフルーツも摂ろうと、荷物を持ってキッチンに行く。
誰も居ないキッチン、使用人すらも誰も同行させず、一人暮らしには大きすぎる別邸のキッチンで、今朝鍋に作り置きした麦粥に、乾燥させたフルーツを入れてふやかして食べる。味なんて次だ、むしろ慣れてる。
さて……準備はできたなと、俺は立ち上がり、荷物を持って古戦場跡へ向かう事にした。ゲームのボス戦前ならばセーブの選択肢が出てきそうな場面だが、そんな物無い。ここから出て、その場所に向かってまた帰って来れるかも分からない、やり直しは効かない。
ドアノブを捻り、外に出た俺は、そこに居た人物に驚いた。
「よっ、ギニス」
「何だ……アラクお前来てたのか?セリスまで……」
「こんにちは」
アラクとセリスが私服姿で、俺の別邸前で待っていたのである。
「その様子だともう行くのかい、早くないか?」
「戦える様に身体温めとくんだよ、2人はどうして?」
「当事者ですから、見守らないとと思いました」
「それに、あのいけすかない主席様をぶっ倒すんだろ、間近で見ないと損じゃない?」
律儀だな、本当に……追い返すなんて無粋はできなくなってしまった。俺は何も言わずに別邸の扉を閉めて、2人に言った。
「ナルと戦うので手一杯だから、いざとなったらセリスを頼む、アラク」
「あい任された、存分にやっちゃれギニス」
「その!勝ってください、ギニスくん!」
「ああ、勝つさ……」
いいなぁ、やっぱり……ジムの人とかスポンサーしてくれた人とか、少なからず居たファンからこうして応援されたのを思い出した。やる気が満ちてくる、高揚感が身体に熱を与えてくる。
2人を背に従えて、俺は決戦の地となる古戦場跡地へ向かった。
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