第7話 シナリオブレイクだ!やられ役!!

 あの後、別邸に帰って普通に飯を食べて、寝て……何事も無く登校した。アラクは心配していたが、子爵の木端が大魔導師の孫と身の程知らずにも決闘を行い負けた……という話が学院中に広まるかと思ったがそうでもなかった。


『妥当』なんだろう、大魔導士の孫で学園主席と、子爵の息子だが3年前までどうしようもなかった悪ガキの結果なんて分かりきっていたのだ。それから俺は普通に授業を受け、普通に学園生活を続けてメインストーリーからフェードアウトしていけばいい。


 後は……襲撃イベントだけかと、俺は教室から窓を見て中庭を見つめながらそう思った。


「やっぱり、わざと負けた事気にしてんじゃあないの、ギニスくん?」


 合いも変わらず、アラクは俺に話しかけてくる。お前も俺と居るのは危ないのではないか、それこそ貴族派に何かされたりしたらどうするのかと心配してしまうが、話し相手が居るだけで今はありがたかった。


「違う、もっと別の事……」

「婚約者のセリスちゃん?」

「は……まぁ、心配っちゃあ心配だが……」

「ちゃんと心配してるんだねぇ」


 セリスも心配だ、主人公のナルがあんな事を吐かして言い寄るのだから……あれはつまり『原作のナル』ではないと分かってしまった……また嫌がるセリスに詰め寄らないか心配である。


……じゃあ、あの『ナル・ワーナビ』は一体誰だ?中に入っているのは、誰なんだ?俺はセリスが話したナルの発言を思い出す。


『キミと僕の出会いは正しく運命なんだ、僕の女になれ』


『運命』


 口説きにこの二文字が入っていた事だ、つまりナルは……彼女がハーレムの中のメインヒロインだと知ってこの言葉を使ったのか?それとも単純に、マジで言ったのか……前者ならば、ナルの中身は俺と同じ『現世で賢者無双を知っている憑依者』と、説明がつく。


 だがしかし、もし俺と同じならば『異物』となった俺を消しに来ないか?明らかな原作より離れた存在となった俺に接触し、話を聞くなり襲いかかるなりしないか?自分が今更言うのもアレだが、協力もできたやもしれないし、今持ちうる全てのチートスキルや魔法で持って俺を消す事なんていつでも出来るはず……それをナルはやらない。


 それが、ナルを俺と同じ憑依者とは断定できないノイズで、あのナルは『俺がやらかした結果、変わってしまった主人公ナル』とも思えてくるのだ。


 考えても駄目だな……兎も角襲撃イベントに対して身構える流れにしよう。俺は椅子から立ち上がる、アラクの方に向いた。


「次の授業、この教室だっけ?移動だっけ?」

「いやギニスくん?今日は午前で終わり」

「あ、そうだっけ?」

「午後の授業取ってないでしょ、休む時は休むって」

「アラクは取ってんの?」

「僕も同じ主義でね、今日の昼から明後日の朝まで休みさ」


 そんな事も忘れ去る程に呆けていたらしい、嗚呼だめだ、負のスパイラルに陥ってしまっている。俺は指定の革鞄を持って上級クラスの教室を退室した。


ーーーー


 原作において……セリスとのいざこざによってナルとの決闘に発展して敗北したギニスは、事の全てを父親に学校より報されて自宅への謹慎を命ぜられ、自主休学という形で学園から立ち去る事になる。


 苛立ちを募らせる中、荷物を纏めるギニスの前に1人の男が現れる。彼は魔人族の魔法使いで、ギニスに力が欲しいかと尋ね、ギニスは男に欲しいと言い魔人の力を与えられる。


 そして翌朝、ギニスは魔人の力によって手に入れた『闇の炎』を使い学園を襲撃する。しかしそこに、ナルを筆頭にした一年特待組と遭遇、ナルは皆を守りながらギニスと戦い、その果てにギニスは魔人の力に侵食されていき暴走、そして自壊して襲撃は終わり、ギニスの逆恨みから来た襲撃を止めたナルは、その功績を国王から評され子爵の位を賜る


 それが『賢者無双』の序章、襲撃イベントの流れだ。


 で、だ……俺は3年前にギニスのif学生イベントを発生させている。本来ならこの休学中に心を入れ替えるのが本来の覚醒イベントだが、早いタイミングになってしまった。そして気になる事があろう……。


『じゃあ誰がギニスの代わりに襲撃に来るのだ?』と、実は居る……代わりに出てくる奴が。


 それがこの『賢者無双』作中にて敵精力側となる『魔人』の1人であり、ギニスに闇の力を授けた張本人……そいつが夜中、俺に接触して来る筈だ。


 この『魔人』もガチャで最高レアのキャラでプレイアブル化しており、そのif覚醒イベントはギニスのif覚醒と繋がっているのである。つまり……俺ことギニスが更生した場合の代役は心配無い、と思われる。


「ところで休みが一緒なんだ、遊びに行かないかねギニスくん?」

「明日の昼から?」

「今夜からだよ、雰囲気のいいラウンジを知ってる」

「おいこら未成年?」

「ベラム王国は14歳から飲酒が許されてる、酒じゃなくてもいいんだ、付き合いなよ」


 悩もうとも、後は流れに身を任せるしか無い。アラクと共に校内を歩いて帰路につきながら、俺は他愛も無い会話を楽しんだ。そんな飲酒に関する設定まであったのかと、相変わらず知らない事も多々あると俺は、久々に飲むのもいいかもしれないと思った、何せ金はあるし、精神年齢なら大人だしな。


 夜遊びか、現世でもあまりしなかったな、付き合いくらいだったかと思い出しているとーー。


「ギニス、助けて!」

「おうっ!?」


 声が聞こえて背中に中々の衝撃が来た、そして後ろを見れば、走ってきたらし息を切らして呼吸の浅いセリスが、俺を見上げていた。


「セリス!?どうした、一体何がーー」

「ギニスくん、原因あれだよ……こっち来てるこっち来てる」


 アラクは、あぁマズイと顔を歪めた。そして誰かを探す様に廊下を見回していたのは……ナル・ワーナビであり、セリスと俺たちが居るのを見つけると、早足に駆け寄って来た。


 自然と、俺は反射運動に近い形でセリスを隠す様に彼女の前に立ち、アラクも俺の横に立ってセリスを守る体勢に入った。そうして、俺たちの前まで来たナルは開口一番に言い放つ。


「退いてくれないか?彼女に用がある」

「いやいや主席さん、どう見ても嫌がってるじゃん」


 ナルの命じる様な語気の強い台詞に、アラクは物怖じせず、見たらわかるだろと退かない。


「ナル、何があったか知らんがな……セリスはお前を避けてるし、嫌がってるだろ?だからやめてあげてくれ」


 流石に、俺はこの異様な光景を見てまで、セリスとナルを関わらせる気は起きなかった。いかに彼女がメインヒロインであったとしても、いよいよ主人公らしからぬラインをこいつは超えようとしている、俺も止めろと間に入る。


「キミ達には関係ないだろう、ギニスは僕に負けた癖に邪魔をするなよ、手を引く約束だっただろう」


 それでもこの男は引き下がらない、こいつ……こちらがわざと負けた事すら理解してないのか?お前本当に主人公じゃあないのか?苛立ちがいよいよ遮れなくなる程にはつもり始めて来て、俺は言い返す。


「あのなぁ……セリスはお前に対して恐怖心持ってんだよ、分かるか?いきなり会ったばかりの男から運命だなんだ、俺の女になれなんて言われたら何こいつってなるし、さらに付き纏ったらもうそりゃストーカーなんだよ」

「よせよギニス、主席様は山で大魔導師エブリス様と2人暮らしだったんだ……恋愛のいろはや女の子との仲良くするステップは、さしものエブリス様も教えなかったんだ」


 こいつ、ここぞとばかりにドギツイ事を言いやがったな……。俺とアラクの言葉を前にして、ナルは何も言わずに俺達を睨みつける……そこに俺はもう一押し、苛立ちと再確認諸々含めて、ナルに言ってやった。


「それから……セリスは俺の婚約者だ、人の婚約者に手を出すならば……相応の覚悟はして貰うぞ、ナル・ワーナビ?」


 そう言って俺は、背に居るセリスをこいつには絶対触れさせないとばかりにしっかりとナルを見下ろし睨みつけた。これでさっさと引いてくれたら助かるのだが……どうやらもう色々と手遅れらしい。


「黙れ!僕にやられて退場するだけの脇役が邪魔をするんじゃあない!!セリスは僕の女だ!!そこを退けてもらおうか!!」


 ナルはそう言い放ち、右の掌を俺とアラクに向けた。掌に魔力が集まるーーその前に。


「ぶぁあ!?」

「えっ!?」


 乾いた破裂音が鳴り、ナルの頭部が揺れて、そのまま尻餅をついた。驚きの声をあげたのはアラクで、俺は右手に付着したナルの血を、懐のハンカチを取り出して拭い、言った。


「お前……一線超えたな?おい?」


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