第6話 話がぐちゃぐちゃだ!やられ役!!

「あーあ、いいとこだったのに……キミ本当に勝ちそうだったじゃん」

「…………」


 俺はあの後、アラクに肩を貸してもらい医務室に運ばれた。肋骨を折ったのだ、仕方あるまい……久々に折れたな、骨……それこそ最後の試合でボコボコにされて以来の骨折かもしれないと俺は天井を見上げながら思い出していた。


「それで、どーしてあの時わざと剣の軌道を変えて受けたわけ?」

「何の事だ?」


 そして友達のアラクは気付いていた、つまり見えていたらしい。俺はとぼけて煙に巻こうとしたが、アラクはそれを許さんと追求してきた。


「舐めてもらっちゃ困る、僕とて剣を習ってるし、目はいいんだ……ナルのやけくその横凪ぎをキミは避けれたはずなのにわざと軽く弾いて脇腹に当てさせた……そうだろ?」

「黙秘する」

「隠すのが下手だねぇ……もしかして、大魔導師の孫に花を持たせたのか?幻想を崩したくなかったのかい?」


 聞いても答える気は無い、さらに言えば話しても信じやしないだろうさ。俺が日本という国に生まれ、格闘家になり25歳でアメリカという海外の国で死んで、意識と記憶がギニスに流れ込み憑依したなどと。


 そしてこの世界はラノベでありアニメの舞台の話であり、そんな架空の世界である程度の展開を俺は知っていて、ギャグバッドエンドを回避する為にナルと決闘で負ける必要があったと。


「好きに考察しろ、それでいい」

「じゃあ、貴族のしがらみで花を持たせた、にしとくよ、大変だねぇ……」


 それが都合のいい解答だろうなと、アラクは鼻息を吐いてこれ以上の追求はやめた。もう寝てしまおう、それがいい……俺は目を閉じ休もうとしたのだが……。


「あの、ギニスくんは?」

「おっと、婚約者来たよギニス?」


 それはできないらしい、なんとセリスが訪ねて来たのだ。無碍にはできないし、こんな場所で声を荒げるなんて出来やしないし、何より脇腹が痛むし……俺はベッドから上半身を起き上がらせる。


「すまん、無様に負けてしまった」


 最初に口から出てきたのは謝罪だった、割入っておいて無様に負けてすまないと、俺は頭を下げる。


「そんな事より、左脇腹見せて?」


 負けた事を責めたりはしない、傷を見せろと促された俺は上着を捲った。左脇腹に、青黒い内出血が出来上がっている、肋骨の骨折は余程酷ければそれこそ手術が必要ではあるが、軽いならば薬飲んで湿布貼って寝るしか無い。


「キミ本当に魔法使い?その肉体は戦士とか騎士の身体じゃないかな?」


 アラクの言葉に、俺は確かにそうだなと言い返さなかった。実際、こんな肉体の魔法使いなんて居るわけが無い、無論俺は周りから浮いていたりする。


 そんな話は聞いちゃいないのだと、セリスは杖では無く俺の身体に、内出血の場所に優しく、痛みを感じさせない様にゆっくり手で触れた。


 彼女の手が青色の光に包まれて、やがて内出血の青痣がジワジワと洗濯物のシミの様に消えていく……そして感じていた疼きも、熱も、すっかり消えてしまった。


「凄いな……これが水魔法の才持つ人間のみが行える治癒の魔法……流石癒し手のファラウド家の令嬢様だ」


 アラクはその治癒の場面に唸りを上げた、治してもらった俺ですらも驚かされる。今から午後の授業に出てもいいくらいだと、俺は立ち上がろうとした。


「待ってギニス、もう今日は……休んだ方がいい」

「何故だ、お前のおかげで心配無いくらいに回復したが?」

「野次馬が興奮してるわ、それに……負けた事をよく思わない人も居るみたい」


 何だ?まさか賭けでもやってたのか?オッズはナル有利で1倍返しの賭けにならないのではと、俺は壊滅的な学園の治安にドン引きしたが、アラクがああと何かに気付いた。


「貴族派の連中?」

「ええ、ナルを……大魔導士様をよく思わない人達の子よ」


 それを聞いて俺は、頭の中に埋もれていた『賢者無双』のストーリーと設定を思い出したのである。


 主人公ナルの敵は、魔族達だけではない。このベラム王国でナルの祖父『エブリス・ナーロン・ワーナビ』は魔族の侵攻をその絶大なる魔法の力で阻止した。


 無論、国王はエブリスを賞賛し、褒美を取らせ爵位すら与えようとしたが、エブリスはそれを受け取らず山奥に身を潜めた。しかし功績の大きさもあり、国王はエブリスを食客ないし門客として招き、時折国政の相談すらも頼んだ事により、身分を超えた友好関係ができた。


 それが面白く無いのが『貴族派』だ、貴族達からすれば、手柄を立ててようやく身を立てて政治に参加する権利を手にしたのに、大魔導師エブリスの存在は疎ましくて仕方がない。


 そのエブリスの孫、ナルもまた目の上のたんこぶとなるわけだ、貴族子弟にも同じ輩が居る……というか、原作ギニスも、と言うかサーペンタイン家も貴族派だ。


「貴方が負けた事、相当苛立ってるみたい……だからもう今日は早退した方がいいわ」


 何されるか分かったものでは無いぞと、俺の身を案じたセリスのアドバイスに、俺は少し考えて、彼女に従う事にした。


「分かった、ありがとう……あー、それとだな……ちょっと聞きたいんだが」

「何?どうしたの?」

「俺が割って入った時……ナルとなにかあったのか?咄嗟だから状況分かってなかったんだが……」


 それはそれとして、割って入った状況がどうだったか、知っておかねばなるまいと俺はセリスにあの時何があったのかと尋ねる。すると、セリスは明らかに嫌悪の表情で俯いて……言ったのだ。


「キミと僕の出会いは正しく運命なんだ、僕の女になれと、迫られたの」

「はい!?」

「え、あ、え?マジ??」


 俺は耳を疑った、あのナルが……主人公である筈のナルが、セリスにそんな馬鹿げた口説き文句を言って迫ったのかと。これにはアラクも冗談だろうと顔に浮かぶ位には驚いた。


「それは……本当にナルが言ったのかセリス?」

「うん、だから私……私はギニスと婚約してるから、貴方の告白は受けれないって」

「そ、そうか……1年半前の保留した話をキミは……合わせてくれたのか」

「そうだけど、私はまだ……ギニスとの婚約は……あると思ってるし」


 忘れてくれた方が、ストーリー進行的に楽だったのだが……そうはならなかった。やはりしっかり断るべきだった、ちゃんと傲慢な原作ギニスくんを演じるべきだったのだと、俺は変わり果ててしまったメインストーリー、そして主人公から逸脱した言動を吐いたナルに責任を感じてしまい、目を伏せた。


「兎も角、セリスさんもギニス治療したのバレたら貴族派からもナルからも何されるか分かったもんじゃないな……セリスさんはさっさと授業に戻りな、ギニスは僕が別邸までついてくから」


 今後の動き一つで、互いに学園で色々とあるかもしれない。セリスに至っては俺を治療しに行った事実が明るみになればナルからまた詰め寄られるかもしれない、アラクはセリスに医務室から去る様にと言った。


 セリスはそれを聞くや返事代わりに一礼し、医務室から出て行った。アラクは……俺を見下ろして溜め息を吐いて呟くのだった。


「負けるべきではなかったよギニス、何があろうとキミは……あの場はセリスさんの為に勝つべきだったんだ」

「そうだったのかな……分からねぇよ、俺には」

「兎も角、今は学校を出よう」


 メインストーリーで、俺は負けなければいけない定めにあった。しかしこの世界の登場人物であり、友人となった彼は勝つべきだったと俺を叱る。


 世界のルート分岐やストーリーを知らないお前に何が分かるのだという感情と、今更自分自身に鍛錬や簒奪というキャラ設定改変を施して何を吐かすかという自嘲が入り混じり、混沌として気持ちをかき乱す。


 とりあえず、今の自分にできる事はこの決闘イベントによってこれから起こるメインストーリーの流れを見守るしか無いのだと、俺はアラクと共に早退するのだった。

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