第4話 逆になっちまったぞ!やられ役!!

 ベラム王国立魔法学校に入学した俺は、遠方からの入学もある為、寮生活を考えていたが……なんとキアバスに別邸を父親が所有していたので、そこから通う事になった。本当に貴族という立場、財産には助けられているなと俺は、今更誰かと共同生活なんて嫌だった為この別邸を所有している父に感謝した。


 魔法学校に入学も決まり、剣の師であるゴンゾラさんにも離れる事と、父から簒奪して当主になった事も伝えた。ゴンゾラさんは『やはり現場を離れて耄碌したか……』と、俺が兄や父を蹴散らして当主になった事よりも、旧友たる父の衰えの方を憂いていた。


 こうして、俺の学生生活が始まるわけだが……まずはさっさとイベントを起こさねばならないと、如何にして俺ことギニスとナルの因縁を、メインヒロインのセリスと絡めて起こすべきか考えていた。


 やはり『ナルがチンピラからセリスを助けるイベント』が起きなかったのが手痛い。あれがあるから彼女とナルの接点が、フラグが立つ筈なのに何故起こらなかったのか……やはり俺が色々やらかしたのが原因だよなと項垂れるしかなかった。


 だからと言っていつまでも後悔はできない、こうなったら形だけでも決闘イベントを起こさねばならない。何かしら因縁をナルに吹っかけてやろうかと考えるが、せいぜい挨拶したくらいでいきなり因縁を吹っかけるのはと、今更になって現世の倫理観が邪魔をした。そもそもセリスが関わらなければいけないのだが……。


「上の空じゃあないか、ギニス?なにかあったかい?」


 そうしてどうした物か思案を巡らせている姿を、呆けていると指摘して声をかけてきたのが入学初日に仲良くなった、俺の次に成績がいいアラクだ。


「何にもねぇよ……」

「そんな時は何かあるんだなぁ、もしかして特待に1人行った恋人のセリスが気になるかい?」


 そんなアラクの台詞を聞いて、こいつの人となりを思い出した。こいつは確か好色家だったなと、主人公ハーレムにも構わず口説きにかかっては撃沈し、時には貴族の娘、人妻にすら手を出す男であった事に。


「恋人じゃない、ただ……お見合いしただけだ」

「へぇ、してるじゃん、じゃあ婚約者なんだな?」

「いや保留を父上に……待て、俺とセリスが恋人?」


 アラクのからかいを聞き流していたが、流石に俺は待ったをかけた。いつから俺とセリスが恋人同士という話が、このアラクから出てきたのだと。


「その根も葉も無い噂、どこから出てきた?」

「いやいや、だってキミ……結構な人数が見てたよ?入学試験の実技で手を取り合ってお互い喜んでいたじゃあないか、さながら子どもの時からずっと一緒だったみたいなふうに……」


 あれか!?確かにテンションあがって喜んじまったけど……俺は度重なるやらかしに気付かされ、背もたれに背を預けながら頭を押さえぐったりとした。


「で……恋人でも婚約者でもないのか?」

「そうだよ、まぁ、仲はいい……」

「へー……なら僕、彼氏に立候補しちゃおっかなー」

「駄目」


 マジでやめろ、俺はアラクに素早く釘を刺した。アラクは本気か嘘か分からない悪戯な笑みで話を続ける。


「なんでさ、別にキミの恋人でも婚約者でも無いならいいだろ?」

「お前みたいな人妻すら手を出すやつは一番駄目だ」

「な、ど、どうして知ってるのさ?」

「マジで絞首刑になりたくなきゃやめろ、貴族の情報網甘く見るな」


 嘘である、にわか原作知識である。だが本当にセリスと付き合ったり、毒牙にかけない様に釘は刺しておく。


「この話は終わりだ、飯食いに行こう……午後からはまた退屈な座学だからな」

「退屈とか言う割には真面目に授業受けてるよね、キミ」

「マジで上奏したろうか、お前の事?」

「勘弁してください……」


 本当に度々癪に障る奴だが、結構話すと楽しいのでからかい甲斐があるなと俺は本気でやめてくれと頼むアラクを連れ、学生食堂に向かった。


ーーーー


 異世界モノってやつは、都合がいいなぁと学食の食器に盛られた食事を見て俺はそう思った。この世界の食事は現世と変わらない、肉は牛豚鳥揃ってる、見慣れた野菜もあるし、調味料まで貴重だがある。そして異世界だから、竜だのモンスター肉だのとファンタジー的な食事もあるが、俺からすれば現世と変わらないメニューが食える事はありがたい事であった。


「キミってさ……変な宗教に入ってたりする?」


 そんな俺の食事を見て、アラクはテーブルの対面からそんな言葉を投げかけて来る。


「なんでそう思う?」

「いや、昨日もほぼ同じメニューだったし?変わってるのは魚が鶏肉に変わってるくらいだ」


 俺の昼食のメニューが毎回同じだから、カルト宗教に入信していてそれで食事の教義があるのかとアラクは吐かす。


「よく見てんな?」

「見飽きてるのさ、毎日毎日野菜のスープ、雑穀の粥に……ブロッコリーとトマトのサラダ、卵は茹でたやつを3つか4つ、そこに皮無しの鶏肉か白身の魚、飲み物は必ず牛乳……飽きないの?」


 高タンパク低カロリー低脂質の、プロ時代に食べていた物をある程度再現したメニューだ。食事は娯楽であるが、現世の俺は習慣と化していた。


「美味しいから食べてるんじゃあない、生きる為に食べてるんだ……それに朝はフルーツ食べてるぞ?」

「生きるならもっと豪華で華やかなもの食べるべきじゃない?てか……朝にフルーツっておしゃれだな、いいの?」

「目が覚めるぞ、腹にもいい」


 朝食にフルーツを食べるのは興味を持ったらしい、そんなアラクはがっつりステーキを切り分けて口に運んでいた……明日それにしようかな、あればだがと牛乳を注いだグラスを傾けながら欲にはやはり勝てない事を悟った。


「うん?あれ、お前の彼女じゃあないか?」


 そうして歓談しながら食べている最中、アラクはまた余計な事を行言って俺の背後を見る様に身体を傾けた。


「だから、彼女じゃないって……」

「揉めてないか?あれは首席のナルみたいだが、何してるんだ?」

「なにっーー」


 冗談も大概にしろと思ったが、冗談では無いみたいだ。俺は即座に首を向けて、背後の中から何やら言い寄っているナルと、逃げようとしているセリスを見つけた。


「あ、おい!ギニス!?」


 話の内容は雑踏と他の生徒の歓談で聞こえなかったが、俺はここしか無かろうと判断して立ち上がり、2人の元へ向かう。


「ーーーしは貴方を、あ、ギニスくーー」


 セリスの近くまで早歩きで来た。どんな会話までは聞き取れなかったが、無理矢理にでも因縁を作り決闘イベントにしてやると、俺はセリスのか細い手首を掴んで引き寄せる。


「お前、なんでそんな奴と一緒にいるんだよ……お前は俺の……婚約者だろ?」


 無理矢理に、強引に、嫌な男を演じる様に俺はセリスにそう言った。さぁセリス、助けを求めろナルに……あれは取りやめたでしょうと。


「あの……まだあの時の事、生きてたんですか?」

「え?」


 しかし……セリスは赤面して、俺を潤んだ瞳で見上げてきた。これはどういう事だ、俺は対面に居る主人公ナルに目線を向ける、ナルは驚愕した様な顔をしたが、すぐに取り繕う様な真剣な表情で俺に言い放つ。


「やめなよギニス、何も知らない癖にいきなり……彼女が痛そうじゃないか」

「あ、す、すまんセリス」


 確かに無理矢理過ぎたな、俺はそのままセリスの手首を掴んでいた手を離すが、セリスはそのまま俺の背中に隠れた。さて、物語を進めようか主人公。


「知らないだと?人の婚約者を追いかけておいておだやかじゃねぇよな?何してんだよ」

「それはキミが勝手にそう言ってるだけだろ?一年半前にお見合いして破綻して無かった話を出すのはどうなんだい?」


 そう、破綻はしてないが保留だ、正式な婚約はしてないし、親からもその話で1年半経過しているから、俺は勘違い野郎だ。さぁセリス……違うと否定しーー。


「か、勝手に言ってません!私は、私はギニスくんとの婚約を受けました!親同士は保留と言ってますが私は彼と婚約しています!」

「何だと!?お前勝手なーーうん?」


 俺は、セリスの否定に対してふざけるなと、原作の台詞の準備をして言い放とうとしたが彼方に飛んで行った。一年半前からこのシーンを完璧にこなす為練習したが、凄まじいアドリブをセリスはぶっ込んできて、俺は硬直した。


 野次馬と化した食堂の生徒達は驚き、静寂が包み込む……何より友達になったアラクはセリスの宣言と、俺の割り込みを聞いてこう言った。


「何だよ、やっぱり婚約してたんじゃん」


 その一言で沈黙が破られ……女生徒達は黄色い歓声を上げ、男達からはからかいと驚愕の声が広がった。


「あー……えっとだなナル!つまり、俺とセリスはその、婚約者で……いや、正式にでは無いが……」


 やばい、これはまずい、どうすりゃあいい?俺はもう何もまともな言葉が話せなくなる中、ナルはこちらを睨みつけて手袋を投げつけ叫んだ。


「け、決闘だギニス・サーペンタイン!!無理矢理に彼女を引っ張り傷付けるお前を、僕は許さない!!」


「えええ!?マジかよ!!お前から言うんか!?」


 決闘を申し込むのは俺ことギニスからだ、原作では。しかしこんなしっちゃかめっちゃか、ぐだぐだな状況下でありながら、主人公ナルは俺に決闘を申し込んだのであった。


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