第11話 当主簒奪だ!やられ役!!
翌朝の事、俺は父親に呼び出された。屋敷の執務室にて、頬杖を突いてこちらを何とも言えない顔で見ながら、中々長い時間無言を続けてから父ハロルドは言った。
「アインを倒したそうだな?」
「喧嘩でたまたまだ、あっちが油断してた」
「それでも奴は腑抜けて部屋から出ない、あれでは去勢された雄牛だ」
余程負けたのが悔しいらしい、まぁ奇襲かけて情けかけられたらそうなるか、生き恥だろうわなと俺は髪の毛を掻きながら、やらかしに溜息を吐いた。しかしアインはメインストーリーには関わらないキャラクターだ、支障は無いと思いたい。しかし、ハロルドの口ぶりからして、この世界にも雄牛を去勢する畜産の話があるのだなと、少し思考が飛んだ。
「兄弟喧嘩というのはそんな物だ、遅く生まれた弟に超えられたくない、兄としての威厳を保ちたい……それが、例え些細な事であろうとだ……」
現世じゃあ弟と仲良かったから、その辺りの理解は俺には難しかった。むしろ俺にはよく出来た弟で自慢したいくらいだったが……このファンタジーな世界で、貴族はその辺りの面子も重要な事なのかもしれない。
「こっちは殺されかけたんだけど?それは父上、ご存知で?」
それはそれだ、俺は殺されかけたのだ。剣で斬りかかられて怪我もした、正当防衛である事はその辺り理解しているのかと俺は父を詰める。
「分かっておる、右耳の傷がそうだろうさ、使った剣もあった……」
「で、呼んだ理由は?まさかどうして兄に討たれて死ななかってと叱責か?」
俺は所謂『出来損ないの弟』キャラだからな、まさか仮初とはいえ、親父には呆れられたのはまぁギニスくんの過去があるとして、頑張ったら頑張ったで兄が殺しにかかるとか、サーペンタイン家は本当にどうなってるのかと、『賢者無双』の設定集がもしここにあるならば読んで確認したいくらいだった。
そして此度、何故呼ばれたのかと、それこそ今言った、何故兄に殺されなかった貴様はとドン引きな叱責でも父から吐かれるかと、苛立ちもあるので嫌味万歳で尋ねてやった。
すると……ハロルド・サーペンタインは自身の机に何やら飾りのある箱を置いた。
俺はそれに見覚えがあった、たしか……ソシャゲ版の敵を討伐後に出てくるアイテムや、素材の宝箱の中でも、レアアイテムが出てきた際に現れる物と同じデザインの宝箱だ。
あれって、こんな小さいやつだったのかと思いながら、その宝箱をこちらに向けてゆっくり開く。そこに鎮座していたのは……サーペンタイン家の家紋を模した飾りを吊り下げたペンダントだった。
「これは……」
これまた見覚えがある物だった、いや……正確には他の形で、同じ物がある事を俺は知っていた。
「ベラム王国の貴族は……次期当主となる者にこの家紋のアミュレットを渡す事で当主と認め、受け継がせているのは知っているか?」
「…………」
家紋のアミュレット……これはアイテムではあるが、ソシャゲ内では少し用途が違う。
主にメインストーリーに絡んで来る重要キャラクターや、最高レア……さらには主人公ナル、そんな『特別なキャラクター』にのみ搭載された育成システムとして、家紋のアミュレットが存在する。
家紋のアミュレットには、宝石を嵌め込む場所がキャラクターのアミュレットにより違いがあるが幾つか空いていて、そこに魔法の宝石……魔石をはめ込んで、キャラクターの強さや戦闘における戦い方の傾向を切り替えれるというシステムであった。
一例をあげると、基本はバランス良いパラメーターの主人公ナルが、このアミュレットの魔石に攻撃に関した物ばかりはめ込んで超火力特化にする事も、体力や防御に関する魔石をはめて防御タンクにする事もできるのだ。
原作ラノベ、アニメでもこのアミュレットによる力の底上げは描写があり、主人公勢やその他のキャラクターの一種の力の差を示している。なお、実際はこのアミュレットが力を与えているのではなく、とある場所に設置された『神託の石碑』と、これらのアミュレットが繋がっており、その石碑を通じて力を得ている……という設定だ。
つまりだ……これを渡す事、即ち当主を譲る事と同義である。俺は立ち上がり、そのアミュレットが吊り下げられたペンダントを眺めて、ゆっくり丁重にそれを宝箱から取り上げた。
「何故ですか、父上?何故俺にこれを?それこそ、任務から帰った兄に渡す予定があったのでは?」
目線も顔も向けずに、俺は尋ねた。そもそも兄に渡すやつだろう、このアミュレットはと。何故今、俺にこれを渡したのかその真意はいかにと問いかける。
「それは……お前が当主に相応しいーー」
「正直に言えよー?じゃないと兄貴より酷く鼻をひん曲げちゃうよ、ハロルド・サーペンタイン?」
俺はペンダントのチェーンに頭を通して、掛けてみた。何か変わった様子が無いかと、苛立ちを募らせたままハロルドに顔を向ける。魔石もハマってないし、今はただの首飾りでしか無い様だ。
俺の尋問にびくりと震える父、余程あの日のマウントパンチが恐怖に刻み込まれたらしい。そして……今俺は呆れ返るほどに、キレているのだ、それがもうハロルドの瞳に映る自分の形相からでも分かる。俺は執務室の机に腰掛けて父を見下ろし、ゆっくりと右手を伸ばし、親指と人差し指で鼻を摘んでやった。
「だ、だから本当にーー」
「おいおい、弟は出来損ないって吐かしたのはーーあんた自身じゃなかったかなー?期待もしていないとさぁ!」
そのままきゅっと、左に捻ってやれば面白いほど簡単に鼻骨が砕け、鼻は真ん中あたりからくの字に曲がり、ダクダクと血が流れ出した。
「ぁああがぁあああああ!?」
「正直に言えって言ったよなぁ?あぁ?できた兄貴倒しちゃった弟が怖くてぇ、出来損ないと言って放って置いた弟が強くなったからぁ!反撃や復讐を恐れて媚び売るために渡しましたってよぉ!!」
鼻が曲げられ床に倒れ伏した無様な父、机から降りて回り込みその父の襟首を掴み上げ、俺は無理矢理に立たせた。
俺は腹が立った、あれだけ昨日は兄をちやほやしてよく帰ってきたと労っておきながら、ただの喧嘩とは言い難いが、それでも兄が弟に喧嘩で負けたと見るやすぐに手のひらを返して媚を売る父を。
今の今まで出来損ないだの、期待していないだの言ってきたギニスくんこと俺に、当主の座を明け渡そうとしたのだから。
「選択を間違ったな糞親父……あんたはそれでも、兄上に当主の座を渡すべきだった、信じてやるべきだったそれを!この俺に媚びて手のひら返して渡したんだからなぁ!!」
「がぁあふ、うぁあ!?」
床にハロルドを力づくで投げ倒し、俺は息を荒げながら執務机を持ち、怒りのまま思い切りひっくり返した。喧しい音を立てて机がひっくり返り、書類の羊皮紙が部屋に舞う。そのまま残った椅子を見て、俺はそこにふんぞり帰るように座って、鼻を押さえ蹲る父を見下ろした。
「あんたが今そう言った以上、やり直しは許さない……これよりサーペンタイン当主は、このギニス・サーペンタインが引き継がせてもらう!!」
「ひ、ひさま……おのれぇ愚息がぁあ!」
「喧しいわぁ!!」
「あげっ!!」
自分で当主の座を渡しておいて、まずいと見るや飛びかかろうとした父の顔を俺は思い切り踏みつけてやった。踏みつけはめちゃくちゃ痛い、子どもですら大人を悶絶させる危険な攻撃に、ハロルドは顔を押さえて転がるしかなかった。
俺は、ギニス・サーペンタインの事を余り知らなかった。それこそ彼は、ただの序盤のやられ役で、主人公の踏み台にしかならない雑魚であると。しかし、こうして憑依してしまい、いざその人生をまだ一年半しか歩んで無いとは言え……全てを擁護できないし、同情もできないが、哀れみは感じた。
出来損ないと父に言われ、兄からは努力により命を狙われ、そして母からの愛は知らず育った……助けは無かった、拠り所も無かった、歪んでしまうしかこの子には道は無かったのだ。
だが、もうそれは無い。俺が全うしてやる、ギニス・サーペンタインを、この『賢者無双』のエンディングまで連れて行ってやると、俺こと水瀬光太郎はこの日決意をするのだった。
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