第9話 兄との再会だ!やられ役!!
一日、また一日と過ぎていく……ようやく俺もこの世界に、何よりギニス・サーペンタインという登場人物の身体と、俺自身の精神が馴染みだしたかもしれない。
鍛えはしたが、まだできない動きも、無理しなければできない事もある。ギニスくんの身体が自分の精神、思考に追いついて動かせる様にはまだまだ先となるだろう……もしくは魔法で体を強化したら何とかなるだろうが。
そうして日々を過ごす中、一つの報せが俺の耳に入ってきた。
ーーー
「兄が、帰って来る?」
「ええ、国境防衛の任務を終えて……2年ぶりでしょうか……」
モブ使用人の報せに、俺は目を細めた。
ギニス・サーペンタインには、兄が居る。名前は『アイン・サーペンタイン』サーペンタイン家長男であるこの男は、はっきり言えば『エリート』そのものと言うべきか、ギニスが陥った『諦観』『怠惰』の要因の一つであろう。
学園を好成績で卒業後は、サーペンタイン家の男らしく軍人として、ベラム王国軍に入り、若き頃のハロルドを思わせる実力を様々な任務で示した次期当主である。
そんな兄、アインは辺境……国境防衛の任務に赴いていた。ファンタジー世界における『辺境』とは、聞こえこそ悪くまるで窓際の様に追いやられる厄介者の流刑地のイメージがあるが、全く違う。
むしろ、敵国や未開の場所が目と鼻の先の国境線にて母国を守り戦い、時には開拓すら行う、最も信頼された者達のみが任を与えられる名誉ある職場なのだ。
つまりは、ベラム王国の王族、貴族が、それだけサーペンタイン家に信頼を置いている意味も深い。そして原作の俺ことギニスくんは……それら全てを台無しにし、サーペンタイン家取り壊しまでやらかしてしまうのだから、本当に頭が痛くなる。
なお、弟の俺がやらかしたその後、アイン兄さんは爵位を失ったが、それを気の毒と思ったとある伯爵家に迎え入れられた。父ハロルドは、責任を取る形で自害を選ぶのである。
そんなできたお兄様が、帰ってくるのである。ちなみに兄弟仲は最悪だ、兄からすれば不要で、出世の邪魔な出来損ないの弟。ギニスくんからすれば、嫉妬の対象でしかない。
現代みたいにスマホで連絡が取れるでも無し、近況は手紙でしかやりとりもできそうに無いファンタジーにおいて、アインは2年前……つまりは俺が憑依する前のどうしようもない愚弟しか知らないわけである。
絶対……何かしらアクシデントはありそうだと思った。しかし、会わずに次の任務まで閉じこもる気にはなれないので……。
「じゃあ、父上同様お出迎えしなきゃな?」
家族として出迎えねばなるまいと、俺は椅子から立ち上がってそう言った。その際、モブ使用人がギョッとなってこちらを見上げていたが何がどうしたのやらと気にせず、兄を迎える日はいつかと父へ尋ねに行くのだった。
ーーー
翌日の正午、俺と父ハロルド、そして……母ベルガは、邸宅正面玄関にて使用人らと立ち、兄を迎える事になった。
今の今まで、ギニスくんの母、ベルガとは一切会話していない。今でも屋敷ですれ違うが、ぎりりと睨んでくるので、睨み返してやれば、ひぃっと声をあげて立ち去る、そんなな関係だ。
何よりこの女、売国奴だしな、まだそれを追求するのはメインストーリーに関わるので口には出さない事にしている。
つまり……サーペンタイン家は家庭崩壊ギリギリだったりするのだ。
そんな家庭崩壊寸前の顔ぶれで待ち、やがて使用人が重々しい扉を開ける、そこから歩いて現れた人物を見て、俺は……。
「うん?」
違和感に襲われた。いや間違い無い、同じ兄弟らしからぬ美男子顔、イラストレーターの悪意と、最高レアユニットとノーマルユニットの差を感じそうな程の美青年、それがギニスこと俺の兄、アイン・サーペンタインで間違いない。
「ただいま戻りました、父上、母上」
「辺境警備の任務、ご苦労だったなアイン」
「お帰りなさい、よく無事で」
今更ながら初めて聞いた母ベルガの声にも少し驚き、弟を忘れまるで最初から家族は3人でしたとばかりに仲睦まじい様子を見せる兄と父と母……が、やはりこの違和感がどうも付き纏いもどかしいと、俺は兄を見つめながら考える。
「ああ、お前居たんだ、ギニ……ス……?」
そうしてしばらく後、気づいてなかったわと、態々嫌味を感じさせる言い方をしようとしたアインの視線が俺を見上げるので、俺は普通に頭を下げて挨拶した。
「お久しぶりです、兄上」
「あ、ああ……久しぶり……何というか……デカくなったな、随分」
デカくなった……その兄から吐かれた言葉でもってようやく気付いた。身長が伸びた事に。
いつも鏡でボディチェックは欠かさなかったが、何しろ筋肉しか見ていなかったのもある。俺が死んだ25歳の時の肉体へ近づこうと鍛え続け、それに近付いてきたのは見てわかったが……身長は気にしてなかったのであった。
これも毎日牛乳と高タンパク系の食事にしたおかげなのだろうか、おおよそ現世の水瀬光太郎188cmには及ばずとも、俺ことギニス・サーペンタインの身長は180cmを突破していたのである。
なお……原作のギニスくんの身長は、主人公ナルと同じくらいで、確か第一章時点で172cmだったと思われる。明らかに肉体は、原作破壊してしまった事に俺は気づいたのだった。
ーーーー
久々に家族そろった食事は楽しいものである、なんて事にはならない。まぁ主役は帰ってきた兄のアインだ、父も母も辺境任務から帰って来たアインと楽しげに会話している。
俺ことギニスは蚊帳の外、まぁ仕方ない、何しろ二年間も過酷な任務に就いていたのだから、それは兄と会話を続けたくなるだろう。粛々と、俺は今日の為に用意されたディナーを口に運んだ。
食事内容も何やら料理人の気合いが入った、テーブルマナーが必要な食事だ。現世でもこの手の付き合いがあって、慣れなくて四苦八苦したものながら、乗り切れる程度にはなんとか所作やらは修めたので、注意は無かった。
しかしだ、いかに俺の中身がギニスくんでは無いとは言え、居心地の悪さは感じてしまう。
「ご馳走様、先に部屋へ帰ってるよ父上、母上、兄上」
だから、食べ終わってさっさと部屋に帰る事にした。ハンカチで口を拭き、そのまま席を立ち俺は食堂を後にしようとした。
「待てギニス」
それに待ったをかけたのがアインだった。
「兄上、なにか?」
「せっかく家族が揃ったのだから、少しくらい歓談してもいいじゃないか?」
ああー……思い出した、こいつもいい性格してたなぁと。最高レアとしてのユニット性能は破格だったが、キャラストは自分以上の才ある者が居らず天狗になり、俺がやらかして窓際に送られた際は恨み骨髄になっていた。所謂実力は確か、偉そうになるのも分かるがあまりに手に余る……タイプだったか。
俺、こいつの覚醒if解放してないんだよなぁ……あまり使ってないユニットだったし、確か結構やばい事やってたようなのを攻略サイトで見た気はするんだが。
「いえ、父上と母上は兄上と語らいたいようですし、邪魔になるので」
「まぁそう言うなよギニス、兄さんと……」
「ああっ?」
あまりにもしつこいので、俺は少しばかり凄んでやった。それに対して父と母はギョッとして、兄もまた身体が強張ったのが見て取れた。
「どうぞ、3人ごゆるりと」
そうだけ言い残して、俺は食堂を後にした。
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