第8話 魔法練習だ!やられ役!!

 月日は流れていく……ギニスくんの父親たるハロルドの旧友、ゴンゾラさんの元にて剣を習い始めてからしばらく……運命の日、主人公ナルとの決闘イベントまで残り一年半までとなった。


 俺こと、ギニス・サーペンタイン(水瀬光太郎、享年25歳)は充実した日々を送っていた。朝は剣を学び、自主トレもして……昼から夕方には魔法を学び、一日を終える。


 贅沢も贅沢だ、好きな事に、興味のある事に時間を存分に使えるのは。プロ格闘家時代も、そんな生活はできなかった。ファイトマネーでは賄えない分は、ジムで指導のアルバイトをしたり、慣れないイベントトークに駆り出されたり色々しなければならなかった。


 まだ子どもだからというのもあろう、ギニスくんは貴族の子息で金銭に余裕があるのも理由となる。そんな自由に好きな事が出来るのも、あと1年半だけだ……一人立ちの準備は進めねばならない。


ーーーー


「ファイアブラスト」


 杖を振るい、魔法名を言って、そして放たれるは拳の大きさくらいの炎の玉。それがしばらく直線に飛んで行き、やがて消えた。


 ギニス・サーペンタインは、魔法使いである。原作においては、代々遺伝した火属性魔法の素養を持ち、非凡な才能を持ってはいた。しかし……非凡とは言うがその才能は父には近づけず、兄にも及ばない才能だった。『井の中の蛙』『上には上がいる』そんな言葉が似合うのかもしれない。


 やがてギニスは同年代の天才にして主人公のナルとの決闘に敗北し、打ちひしがれ、家からは勘当された果てにその嫉妬と苛立ちを突かれ、闇の力を得た果てに学園を襲撃し、ナルに討たれ破滅する……それがギニスくんの原作における終着点だ。


 ギニスくんの魔法の才能が花開かなかった理由は『怠惰』である事は、俺もソシャゲのエピソードから知っていた。努力を詰めば、父や兄こそ超える事は出来ずとも、相応の実力までにはなる事ができたと、if覚醒イベントにて設定が明かされている。


 だから、俺は魔法も練習する事にした。いずれ来る日に備えて。魔法が屋敷に引火するのを防ぐ為、サーペンタイン邸宅外周近くにて俺は火魔法を何度も放っている。


 ソシャゲ版『異世界無双』において魔法の威力、強さが反映されるのは二つの要素がある。


 まずキャラクター自身のレベル、言わずもがなキャラクターの強さは所有する魔法と同じく成長し、やがては強力な魔法を覚えていく。


 そしてもう一つが『熟練度』と呼ばれるシステム。その魔法の使用回数を重ねる事により、やがて洗練されていき、同じ魔法だろうと威力が上がったり消費MPが減ったりする。キャラクターによっては特殊な効果が発現したりするので、たとえ最初の魔法だろうと熟練度最大まで上げるのが当たり前だった。


 ただし、それはゲームの話である。俺がこうしてひたすら、只々数だけ魔法を積み重ねた所で魔法が熟練するわけがない……。


 格闘技も同じだ、漠然と、理解もせずサンドバッグを殴って強くなれるなら誰だってベルトが巻ける。


『何故、今の攻撃が駄目なのか?』

『この動きの意味は何か?』

『いかに身体を動かせば蹴りの威力があがるのか?』


 そんな事を度々考え、時にノートに記して、練習を積み重ねていく。魔法もまた、そうして積み重ねなければならない、意味のある積み重ねが必要となって来る。


「威力が上がらないな、こんな物か?」


 というわけで、行き詰まりに俺は居た。左手に握ったステッキタイプの杖を見て、消え去った火球の位置を見て、上手くならない魔法に焦りを覚える。


 火属性魔法の初歩『ファイアブラスト』は、拳大の大きさの火の玉を放つ攻撃魔法である。原作のギニスくんが得意とする魔法で、初歩の魔法ながらその威力は人に当たれば無事では済まず、何より弾速も他の魔法使いが放つより早い……と説明が原作ラノベではされていた。


 実際どれくらいの速さか知らないが、今俺が放った火の玉の速さは、余程反射神経がよくない人間でなければまず避けれる速度だった。つまりは遅い、使い物にならない程に。


 それが一年半前から変わっていないのだ……書物を読み漁り学びはしたが、こうも上手くいかないと焦る。


「何がいけないのかなぁ……」

「剣を振りすぎて杖の振り方を忘れたか、ギニス?」


 そう悩んでいた矢先、知る声が俺の耳に入った。父、ハロルドが杖をついてわざわざ屋敷から離れたこの場所まで来たらしい。


「父上……」

「そもそも……何故杖を持ったままにしている、杖は振るためにあると忘れたか?」


 ハロルドの言葉に俺は、これは魔法を使う上で余程重要な事かもしれないと傾聴した。そして、懐から蛇の装飾を持ち手にあしらった杖を取り出し、すうと息を吸いながら、スナップを効かせた動きで杖を振るい言い放った。


「ファイアブラスト!」


 豪っ!!と熱風をあまりに吹かせて杖先から放たれた炎弾は俺の放つそれの数倍の大きさでありながら、さながらプロ野球のピッチャーが投げたストレートの様な速さで飛んでいき、彼方先でようやく消え去った。


「杖は、己の内の魔力を放つ為の発射装置であると同時に、この空気中にある魔力をかき混ぜる棒だ」

「かき混ぜる……」

「その為に杖を振る、そんな差し出しただけで放てはしない、魔法を放つ時杖は大きく振り……強く念じ、魔法名をしっかりと言い放つ。熟練してやっと、所作も省いて早く出せる様になるのだ」


 魔法を放つコツ、それはしっかり杖を振り、強く念じて、大きく言い放つ事と父は言う。杖を振る事自体に意味があり、振らねば魔法など放てないと。そうして慣れて行ってやっと杖を振るう所作、挙動が省かれてより無駄なく放てると言った。


「やってみなさい」

「うす……」


 大きく、強く、はっきりと……それこそカッコつけるくらいがいいのかと、俺は左手の杖を右に振るいながら腰を同じ右に捻って勢いをつけた。


 瞬間、確かに感じた。


 杖先が異様に重くなった、まるで桶を水中に入れて水を掬おうとしたかの様な抵抗を感じ、ジリジリとうなじ……脊柱に静電気が走った感覚。そのまま前へ、俺は杖を振るって言い放つ。


「ファイアブラスト!」


 杖先から放たれた火の玉、いや、弾丸は大きさこそ変わりはしなかったが父と同じ弾速で彼方へ飛んでいった。


 ヤバイ……いざこう魔法を使えると分かった時も楽しかったが、こうもしっくりと感覚を掴めると楽しくてならん。まるでスパーリングで、初めて一本を取った時の感覚、脳内麻薬がドバドバに流れ出したのを俺は感じた。


「後は何度も繰り返せ、魔法酔いしない程度に頑張りなさい」

「ありがとうございます……父上」

「ふん……」


 一度喧嘩して、脅しもかけられた実子に感じた事、抱いている感情は複雑だろうに。ハロルドはそのまま背を向け杖をつき屋敷へ帰って行った。


 コツを掴めばあとはより積み重ね、研ぎ澄まし、洗練していくのみ。それから俺は、日が暮れるまで、火魔法の練習を続けたのだった。


 そして魔力切れからの魔法酔いに崩れ落ち、帰ってこない所を捜索に出た使用人達に抱えられて帰宅したのであった。

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