第6話 しっかり断れ!やられ役!!

 まさかギニスくんの台詞から、本当にお見合いをしていたなどと思わず、主人公より先にメインヒロインと出会う事になってしまった俺は、そのお見合いの日まで屋敷に来る仕立て屋により採寸に立ち会い、布やら何やら選び、正装を仕立ててもらう事になった。


 プロ格闘家として、度々スーツを着て記者会見に出た事もある俺だが、スーツのフルオーダーで作って貰うまで、1〜2ヶ月は掛かると聞いた事がある。この世界の貴族らしい正装を1ヶ月で作れ、と父に言われた仕立て屋たちの唖然とした顔に申し訳ない気持ちが込み上げてきてならなかった。


 あとその間トレーニングを父から禁止された、ただでさえ日に日に成長しているのに、仕立て屋が困ったらどうするのだと。というわけで、この一ヶ月は実質オフとして、軽いランニング等の体力維持でトレーニングを抑えた。


 さて……ここもまた重要な分岐点となるだろうなと俺はお見合い当日までの間、いかにしてこのお見合いを軟着陸させつつ断るか考えた。


 そもそもギニスくんと主人公ナルの決闘沙汰の原因がこのメインヒロイン、セリスとの婚約なのだ。実際セリスの台詞だけではあるが『貴方との婚約は受けておりません!勝手に言わないでください!』と否定しているあたり、ギニスくんの人柄から推理すればこちらは乗り気、しかしセリスからすれば嫌で破綻したが、ギニスは無理矢理迫ったのが本編の内情だろう。


 つまり、俺は未練がましいダメ男を演じたらいいわけだ……できるか?俺に?交際経験一切無し、童貞で死んでしまった俺にそんな事が……。やらなければなるまい、そうしなければ決闘イベントが起きないのだから。


ーーーー


「ほう、仕立てた甲斐はあったと見た」

「すっげ……」


 姿見を前にして俺は新たに仕立てて貰った貴族の正装を纏う自らの姿に、我ながらキマってないかと自画自賛したくなった。


 如何にもなコートにブーツ、まるで昔図書館に置かれた世界の歴史や偉人シリーズの中世時代からオマージュされた正装がこうもしっかりに合うとは……いや、そもそもツラはいいんだギニスくんは、いかにもな序盤のヘイト集めやすい3枚目フェイスで、そこに肉体も鍛えたおかげかしっかり服と釣り合っている。


 父であるハロルドも、これなら良しと太鼓判を押してくれた。その代わり呼び寄せた仕立て屋の疲れ切った様を見て、ボーナスは上乗せしてやってくれと俺は思った。


 準備は整い、その日がついに来る……俺と父は馬車に乗ってファラウド家の邸宅に向かった。


ーーー


 信じられない話だが……今俺の前に『異世界転生賢者のチート無双〜大魔導師の孫に転生した俺のハーレムライフ〜』のメインヒロイン、セリス・ファラウドが居る。


 屋敷に通されて、早速歓談室に父と俺で座った対面にセリスの父親と、当の彼女が姿勢を正して座っていた。水色髪という事はアニメ版か……原作ラノベとゲームでは銀髪だったが、水色髪をこう現実で目にするとウィッグによるコスプレ感が半端では無い。


 それはそれとして……やはり可愛いなおい。13歳だからこの二年間で成長し、『賢者無双』に登場するヒロインでベスト5のバストにまでなる訳だから、主人公のナルが羨ましくなってしまう。


 ……婚約受けちまおうかな、と邪な思いが込み上げた瞬間だった。


『ダメだろ水瀬、相手13歳だぞ?お前いくら肉体が13歳のギニスくんでも、精神年齢享年25歳が手を出したら、ロリコンだろそれは』


 そうだ、俺はいかにギニス・サーペンタイン13歳とは言え、精神は水瀬光太郎享年25歳なんだった!ガチで駄目なやつだ!危ない危ない!!俺はそんな邪な気持ちに倫理観アラームを鳴らしてくれた自分自身に感謝しつつ、そしてストーリーが狂わない様にする為お見合いに気合いを入れ直した。


「ではここからは若い2人で」

「ギニス、私はファラウド子爵と話がある、後は2人で話なりしておけ」

「え、あ!ち、父上!?」


 いかにもな展開で二人きりにされてしまった……沈黙が辛い、いや、このまま喋らなければ婚約とか有耶無耶になるのではと考えた矢先、それは許さぬと沈黙が断たれた。


「あの、ギニス様?」

「あ、あ、はい、何でしょうか?」

「随分と……お変わりになられましたのね?」


 セリスの話に俺は、まさかと思って言葉を返した。


「そ、そうでしょうか?俺は俺のままと思うが……」

「いえ、私も父から貴方の人となりを聞きましたし、何より何度か見た事がありましたから、どうしようもないドラ息子と……」

「いや、まぁ……そうですか、はは」


 ギニスくん、何をしたんだお前本当。余程悪さして迷惑かけたのか……俺は困った様に頭をかきながら話を続ける。


「セリスさんも嫌だったろう、そんなドラ息子の俺とお見合いなんて、断って良かったろうに」

「貴族の家の娘に生まれた以上、血を残酢の物また義務ですから……」

「義務ですか、確かに……ままならないというやつですかね……因みにそれらを抜きにして好ましい方は居たり?」

「そんな方もまだ……いえ、居るのかもしれませんが、自覚できるほど何も知っていないのかもしれません」


 13歳と思えないくらいしっかりしているな、セリスちゃんは。こりゃ一度好きになった人には尽くすタイプだと、原作ラノベもコミックスも、アニメでも新たなヒロインが加わってハーレムを築くナルを献身的に支えるメインヒロインの風格が漂っている。


「よろしければ庭に出ませんか?この日の為にと庭師が張り切って整えたんです」

「あ、じゃあお言葉に甘えて……」


 あとは、丁重にお断りするだけ……いや、彼女はまだ色々分からないと言っているし、お互いまだまだ早いですから、また違う人もと当たり障りなく終われるかもしれない。


 セリスちゃんに誘われ、ファラウド邸宅の中庭を共に歩く事になった。あ、いいなこれ……なんつーか今俺、アニメのワンシーン演じてるみてぇ、貴族子息子女が語らうシーンとかまず体験できねぇわ……弟に代わってやりてぇ……ヒロインと散歩とかあいつ絶対喜ぶだろ。


「ギニス様?」

「はっ!はいはい、ギニス様ですよ?どうしたのセリスちゃん」

「はい?」

「あ……ごめんなさい、セリスさん」


 少しばかり意識が彼方に飛んでいたのを呼び戻され、気安く彼女をちゃん付けで呼んでしまって、俺はすぐ謝った。その次の瞬間ーー。


「いいですね、その呼び方、是非ちゃん付けで呼んでくださいな、ギニス様」

「おうーー」


 あー……弟がドラマCDだのギャルゲーだのASMRだの買い漁るのが、今俺には分かったかもしれない……こんな可愛らしい声と笑顔されたら堪らないわな。


「じ、じゃあ……俺もその、様とか要らんから……呼び捨てで……」

「ええ?なら、くん付けではダメでしょうか?」

「くん付けでおなしゃっす!」


 なんだこの可愛らしい女の子……いや、そんな恋愛感情とは違うけど、違うけど!こう、庇護欲というやつだろうか、守ってやりたい感情がドロドロに胸から溢れ出して来た。そんな中で呼び捨てではなく、くん付けを提案された俺は年甲斐もなくそれでと欲に従ってしまった。


「ではギニスくん、貴方も学校はどちらに?」

「俺もあなーーいや、あ、父が軍人である以上、魔法学校で学び、いずれは軍にーー」


 こうして、メインヒロインであるセリスとのお見合いはアクシデントも無く終わったのだった。 


ーーーー


「ずいぶんと仲良くなったみたいだな、ファラウドの娘と……どうした、何故頭を抱えておる?」

「いや……やっちまったと……」

「何か失礼な事をしたようには見えなかったが?」


 自宅に父と帰還した俺は、盛大なやらかしに頭を抱えた。何で仲良くなっちゃったかなぁ……無様さらしてダメ男ムーブするつもりが絆されてズブズブ沼にはまって……どうするよこれ本当に。


「ファラウド卿も貴様の変わりようには驚いていた、婚約に関しても大変好意的であったと見える、このままーー」

「ま、待った!待ってくれ父上!!」

「なんだ?」


 このまま婚約はマジでストーリーに影響が出かねん、俺は父へ待ったをかけて、婚約の話は無かったことにしようとお願いする事にした。


「こ、婚約の話さ、断るというか……無かったことにできないか?」

「何だ貴様、不満か?あれ程仲良くしていただろうに……」

「いや、俺には勿体無いって……あんないい子さ」


 自分には不釣り合いだから、それだけ器量のいい子はまた別の素晴らしい男性が居ると、そうでも言って断らなければなるまいと俺は父に言う。


「俺もセリスさんも、まだ13歳で初めてのお見合いだろ?婚約決めるのは早いし、他にいい男見つかると思うんだ……俺はほら、1年前から心入れ替えましたーって姿見せてもその前の怠惰の積み重ねがあるし……」


 今更一年間鍛えて、心変わりしてもやはり積み重ねた物が大きすぎる。だから俺より他のいい男を探せばいいと。うん、例えば主人公で大賢者のお孫さんとか!


「自ら悔いてこうまで変わったならしっかり反省していると思うがな……分かった、兎も角保留でファラウド卿には伝えておく」


 一応、婚約成立はしない流れで決まった。これから軌道修正は難しいが、まぁその時になったらナルへの好感度が上がって、セリスさんは俺なんか頭から消え去り、唯のクラスメイト程度にはなるだろう。ストーリーを捻じ曲げてはならない、少なくとも自分の死だけ都合良く回避する以上、他はその通りに進め無ければならないのだ。

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