第4話 覚醒イベントだ!やられ役!!

 その夜……俺は父ことハロルドに呼び出された。ハロルドは豪華なベットで、あれだけ殴りつけて腫れた顔は何処へ消えたのかというほど元の顔で俺を迎え入れた。まるで病に臥したかのようだった。


「…………すまなかった」


 開口一番に謝られた。


「私は、お前が悩んでいた事を知らず、足掻いていた事を否定してしまっていた……出来の良い兄のアインにだけかまけて、お前が泣いていたのを見向きもしなかったのだ……この通りだ、許しておくれ」


 ここに来て、辺境の防衛任務に就いているギニスの兄の名前が出てきた。そして父の謝罪に俺は、許すとか、苛立ちとか、そんな物よりも先にある事態に直面した為反応に困った。


 というのもだ……この謝罪に俺は覚えがあったのだ。一字一句その通りとは分からないが、この謝罪は『if覚醒イベント』と呼ばれる場面そのものだったからだ。


『if覚醒イベント』


 ソシャゲ版『賢者無双』に実装されたイベントであり、強化システム。キャラクターユニットを使い続けると『絆ポイント』が上昇し、やがてそれが最大に達した時に発生するイベントである。


 それはif……即ち『もしもこのキャラクターが、違う選択をしたら?』が開示され、そのイベントを鑑賞するとガチャ用の石と、そのキャラクターの能力がアップしたり、専用装備を手に入れたりする事が出来るのだ。


 ギニス・サーペンタインにも、このイベントは実装されている。その内容は『主人公ナルに決闘で負けた後、心を入れ替え一から勉強に励み成績を伸ばし、父や兄との確執に決着を付ける』という、イベントだ。


 つまり、このif覚醒イベントは、ギニスくんが死亡しない、敵対しない流れにもなる話なのではあるが……。そう、これは『主人公との決闘に負けた後の話』となる筈である、即ち俺は、時系列が3年早くも前倒しになった覚醒イベントを踏んでしまったのである。


 だが、これはあくまでifのイベント……しかもまだ、主人公との決闘まで辿り着かずに起こってしまっている。確か……選択肢でギニスくんは許すと確執を乗り越え覚醒し、レベル上限が解放される。


 しかし、この世界は現実である。レベルという概念は存在しないか、あったとして見えるかも分からないのだ。


 そしてもう一つの選択肢『許さない』を選ぶと覚醒イベントは終了、選択肢を間違えた為やり直しとなり、またイベントを見直さなければならない。つまり許してしまえばいい、許し得なイベントなのだ。


 しかしだ……ギニスくんは果たして父を許せるか?今の今まで見捨てられて、親子喧嘩にて勝利した。負けたら負けたで父がいきなり過去を顧みて赦しを乞うて来て、分かったよと許すだろうか?


 許さんだろうな、このハロルドという男、本編では無い過去編なら高潔な魔法騎士ではあったが、今の舞台では実力は錆びつき魂も肥えて保身に走る傾向があった、ギニスが悪に堕ち、取りつぶしとなった際も財産を守ろうと動いた輩だ……。


 そうして許すか、許すまいか考えている最中である、俺はふとサーペンタイン家のというか『賢者無双』のソシャゲで『とあるアイテム』を思い出したのである


 ……ちょっと脅してみるか、第三の選択肢だと、俺は父を睨みつけた。


「あれだけ俺を罵り、放置しておいて負ければ命乞いの様に謝罪とは……かつての英雄も堕ちたな父上?」

「な……」

「私は貴方を決して許しはしない、そうだな……今ここで嬲り殺すか?」


 傍のテーブルまで歩き、果物の皿の近くにあったナイフを握り締め、ゆっくり近づいていく。


「だ、だれーー」

「おっと!」


 誰かを呼ばれる前に、俺は左前腕で父の首を強く押さえ込みナイフを思い切り、左耳スレスレに突き刺してみせた。


「か、こーーけっーーー」

「父上、誠意を見せてください、すまなかったと、命だけはと……そうですね……先代達の墓地の下に眠る、僕にくださいよ?」

「!!」


 ハロルドの目が動揺で揺れた、やはりあるのか、どこまでもゲーム通りだなと俺は左前腕を緩め、答えを聞いた。


「き、貴様何故それを知っている!?あれは我が家に伝わる禁忌の装備だ!!決して使ってはならぬものだ!!」

「そんな事は聞いちゃいないんですよ、父上!」

「ひっ!?」


 ナイフから手を離し、俺はハロルドの顔面に拳を振り下ろした。余程堪えたらしい、悲鳴を上げて強張るハロルド……しかし当てない、寸止めした拳を見て、過呼吸気味になりながら俺を改めて見上げる。


「死にたくなければ鍵を……ああ、当主の座が欲しいなんて言いませんから、俺にはあれが必要なんです……」

「後悔するぞ……馬鹿息子めがぁ……」


 ハロルドが指を指し示す、その先にあるのは机だった。俺はナイフを抜いて、ベッドから立ち上がり机に向かえば、引き出しを開けた。


 そしてすぐにそれは見つかる、いかにもな装飾の鍵……俺はそれを手にして、父を一瞥して頭を下げた。


「ではありがたく頂戴いたします……」


 その鍵を手に、俺は父の部屋を後にした。


ーーー


 屋敷の裏、そこには先代のサーペンタイン家当主の墓と慰霊碑が建てられている、俺はそこに用があったのだ。墓場に入り、一番奥の慰霊碑、その後ろに回り込むと……。


「マジでゲーム通りだな……鍵穴があった」


 これ見よがしに鍵穴が見つかった。俺はその鍵穴に、父から奪った鍵を差し込み、捻った。解錠の音が鳴り響き、如何なる仕掛けかは知らないが慰霊碑が動き出して地下への階段が現れた。


「よし、じゃあ行ってみるか……」


 階段を降りていく、消えていた松明がまるで誘うように灯るそれは、いかにもファンタジーチックな仕掛けだ。やがて階段を降り切って辿り着いたそこには、祭壇に祀られ炎を灯す『ブレスレット』が鎮座していた。


「炎蛇のブレスレット……禁忌のアイテムにして、最高レアの装備品だったか?」


 鎮座するブレスレットを眺めて俺は、このアイテムの名前を呼んだ。


ソーシャルゲーム版『賢者無双』のジャンルは、意外な事にRPGである。ガチャやイベントで仲間を集め、街やダンジョンを探索してモンスターと戦い、強くなりストーリーを進めていく。


 そのゲームの中では、据え置きのRPGよろしく、隠された装備やアイテムが存在する。この『炎蛇のブレスレット』がそれだ。


 炎蛇のブレスレット……その昔、初代サーペンタイン家頭首が、まだ家名も無い野の魔術師であった時代。このグアスの領地に現れた『炎纏う蛇』に困っていた領民達の前でこれを討ち果たし、その炎蛇の力を封じたブレスレット。やがてその蛇と伝説は、サーペンタイン家の家紋となった……というのがこのブレスレットのフレーバーテキストである。


 さて、テキストは兎も角……この炎蛇のブレスレットは『禁忌の装備』シリーズという、全属性に1つずつのみ存在する『禁忌シリーズ』と呼ばれる物だ。


『禁忌シリーズ』は、その強大な効果に対し、デメリットが常時発動されるピーキー装備であるが、イベントや高難度クエストにおいては『この装備を付けて挑む事が前提』とまで言われるほどの力を得る事ができる、強力な装備である。


 そして、この炎蛇のブレスレットの装備効果は……。


『装備した火属性ユニットの魔法が封印される代わりに、魔力を攻撃力に上乗せする』


 即ち、通常攻撃力を格段に上げれるブレスレットというわけだ。


 さて、これだけ聞いた諸君……この禁忌の装備、強いと思うか?ぶっちゃけた話をすれば弱い、というかぶっちぎりの不遇装備である。


 何しろ原作ラノベタイトルからして『賢者無双』だ、敵も味方も巨大な魔法をぶつけ合い、効果を効果で消し合うマウント合戦、戦士系の登場人物は噛ませだったり散々なのだ。


 ソシャゲでもそうだ、この炎蛇のブレスレットを装備できる火属性キャラで戦士系に装備しようにも、そもそも戦士系ユニットは魔法が使えない『魔力0』が当たり前であり意味をなさない。


 ならば魔法剣士ユニットに装備すると、魔法剣士の攻撃力は魔力にも依存する為、素直にバフかけて魔法や通常攻撃した方がダメージが出る。


 結論、炎蛇のブレスレットは、禁忌シリーズ装備で最弱、産廃装備である。


 ただし……それはソシャゲでの話だ。この世界は現実であるが故に、このブレスレットもまた、俺にとっては切り札となるかもしれない装備なのだ。


 俺は祭壇に手を伸ばす、火に触れたが熱を感じない……掴んだ途端に焼印されるかと思ったがしっかりと掴めている。むしろ暖かさすら感じる……祭壇から取り上げて、トラップで穴が空いたりも無く、灯っていた火も消えて、俺はブレスレットを人差し指でクルクル回しながら、階段を上がっていった。

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