第3話 親子喧嘩だ!やられ役!!

 俺がギニス・サーペンタインに憑依してから、数ヶ月が過ぎようとしていたーー。


 肉体には筋肉の隆起、ラインができ始めて、体力もついて来た。子どもの成長期、侮り難し。体の動きも俺の意識に追いついてくる事ができている、とは言え流石に死んだ時と同じ全力の戦いはまず無理だ、数十秒程度なら同じ動きはできようが、絶対身体がガタガタになるのが分かる。


「うぉい……っしょい!!」


 中庭で上半身裸になって、俺は芝生の上で人を模した革作りの人形を抱え、背を反り叩きつける。これは防具屋に作ってもらった『レスリングダミー』と呼ばれる、レスリングの練習で使う器具だ。この人形を使い、投げ技やポジショニングの取り方を練習する。総合格闘技でも、寝技組み技にて使われるそれで、俺はレスリング技術を1人磨いていた。


 何しろ相手が居ないから、これくらいしか現世の技術を忘れないようにする事はできない。側からみれば気が狂ったかと使用人やらメイドに見られようと、俺は作ってもらった

このダミーでの特訓を続ける。


「ふう…………やっとここまで動けるようになったか……」

「騎士の訓練の真似事か、ギニス」

「あぁ?」


 休憩を入れて息を整えている最中、俺に声を掛ける奴が居た。恐らく……この数ヶ月でやっと、初めて会話をする事となった登場人物がそこには居た。


「お……父上」

「何のつもりだ、貴様……」


 ハロルド・サーペンタイン……現在のサーペンタイン家当主であり、即ちギニスくんの父親である。ゴテゴテした礼服に、同じ金色の髪の毛……その双眸は冷ややかに俺を見下ろしていた。


「つもりも何も……鍛えているのですが?」

「あれだけ無気力で、遊ぶしかなかった貴様がか?」


 父であるハロルドと、ギニスくんの仲は……最悪だ。ギニスくんは次男としてあくまで、兄が亡くなった際の次期当主の代わりでしかなく、ギニスは父に対して愛をもらえず見てもらえず苛立ちを募らせた。


 優秀な兄しか見ていない父親が、嫌味ったらしい言葉を吐いて近寄ってきた。俺は……気にする事無く、布切れで汗を拭きながら父親に言った。


「ギニスは心を入れ替えました、別に兄に代わろうだのとは思っておりませぬ……せめて家名に泥を塗るまいと考えを改めたのでございます……」


 別に反抗する必要は無い、立場は弁えていると、今までの無気力を反省したからこうしているのだと、いい子ちゃんを俺は演じた。身の振り方は気をつけねばならない、下手な動きは物語に支障が出るからなと、俺は頭を下げて父たるハロルドにそう言った。


「ふん、はなから貴様には期待はしておらんわ……まぁせめて家名に泥を塗らぬ事だな……」


 それを聞いた俺は……ああ無理だと頭を上げていた。


「おい」

「うん?」


 そしてそのまま、ハロルドの顔面へ右拳を振り抜いていた。


「ぶふぁあ!?」

「期待してないだ?家名に泥を塗るな?テメェのその言葉で、この子がどれだけ傷ついたか分かってんのか、あぁ!?」


 ギニスくんは……序盤の主人公の踏み台だ。その結末は作者の意向もあるし、いかに何かがあろうと擁護はできない……敵の1人で作られたキャラクターなのは分かっている。


「が、ギニス貴様、父親に対して……!」


 才ある兄を妬み、父には見捨てられ、母から愛は貰えなかった。それが後付の設定だろうと知ればやはり悲しくなる物だ。そして言いたくなる、お前らが原因だろうがと。兄への妬みは仕方なかろう、しかして捨て駒の様に弟に寄り添わず放っておいたら、悪行に手を染め家が取り潰され、それすら恨んだ節がこのハロルドにはあるのだ。


「戦いが無いから醜く肥えたかよ、立て!!この子の分までしっかり殴って反省させてやる!!」


 俺はハロルドにそう叫び構えた、この先の物語で齟齬があるかもしれないのに、それも構わず殴り倒して親子喧嘩に引き込んでしまった……許せギニスくん、それでも俺は我慢出来なかったのだ。


「何が反省か……折檻だ!」


 立ち上がり、付いていた杖を振り上げて父たるハロルド・サーペンタインが殴りかかってきた。


 ハロルド・サーペンタイン……ギニスの父親でありサーペンタイン家当主。現在はベラム魔法王国『火竜騎士隊』という陸戦部隊の指揮官に就いているが、現役時代においてはその火魔法と剣術で最前線で戦い抜いた猛者である。


 ソシャゲにおいては上から2番目のレアリティのユニットで、ギニスの上位互換となる性能を持つ。ガチャでこの人が手に入れば、俺はお役御免というわけだ。


 しかしそれはソシャゲの話……原作ライトノベルにおいてこの男はーー。


「シッ!!」

「ぎ!?あぉああ!!」


 激戦の末、右足に怪我を負い前線を退いた為、剣の腕は落ちた過去の人となっている。そして……俺の放った左ローキックが、ずしりとハロルドの右膝上にめり込んだ。


 そのまま前のめりに、芝生へ倒れ込むハロルド。俺は杖を蹴ってハロルドから離し、仰向けに体勢を変えた彼の腹の上に乗り掛かる。


 マウントポジション……馬乗りである。そしてーー。


「シィイッ!」

「あがっ!?」


 短く息を吐いて拳を叩き込んだ。マウントパンチ……総合格闘技で最も暴力的な、技と言うにはあまりに酷い技。倒れた相手に馬乗りになり、ひたすら拳を叩き込むというもの。それを俺はこの世界の父親ことハロルドへ叩き込む。


 右、左、右……腕を伸ばしてくるのを押さえ込み、右拳をハンマーのように振り下ろす。


「ぶぅう!んぶぅ!ぐぅう!!」


 レフリーは居ない、ハロルドはギブアップの意思表示の方法なんて知らない、いつ終わるか分からない暴力に当主たる父親は晒され、その顔を血と、打撲の腫れ、涙に染めていく。


「参った?」


 淡々と尋ねて、逆に冷ややかな眼差しで父上を見下ろしてやる。父上は震えながら両手を伸ばして来るので。


「ま、まいーー」

「あ、まだやる!さすが騎士隊の指揮官!根性あるなぁ!!」

「ぴぃいひぃ!?」


 また殴り始める、左、左、右右、右肘、右肘、左……素手だから自分の手も痛む。その頃になってようやく、ハロルドの両手は力なく地面に落ちた。そうなって俺は、ゆっくり父の腹から立ち上がり、シャツの胸ポケットからハンカチを取り出して、殴ってできた手の傷から流れた血と、付着した父の返り血を拭ってから、そのハンカチを失神した父に投げかけてやった。


「これは……な、何という……」


 そして如何にもなタイミングで現れた、モブ執事が、ありきたりな狼狽えと台詞を吐いて俺と無惨に倒れた父を見た。


「おい、そいつさっさと治してやれ、屋敷にはお付きの医者が居るんだろ、ただの親子喧嘩だ」


 こんな惨状が親子喧嘩で済むかは知らない、しかしそういう事にしておく。まぁもしこれで勘当だ追放だと言い出したら『親子喧嘩で子に負けて無様晒しながら勘当に処した親』と吹聴してやるか、貴族やらお偉いさんは外面、面子を重んじるからどうなるか見ものである。


 執事に俺は後始末を頼み、中庭を立ち去った。


ーーー


 殺菌の為、水差しに入れられた綺麗な水を使い手を洗う。顔面を殴った際に歯が当たってできただろう咬傷へ、魔法の傷薬(店売りの安い回復薬、序盤のお供)を丹念に塗り、包帯を巻く。これで雑菌によるヒト咬傷は予防できたと思いたい。


 自室の椅子に座り、天井を眺めて息を整え……俺は頭を抱えた。


「やっちまった……いや、何で我慢できなかった?え、何であんなキレたん俺……」


 どうした自分、どうした水瀬光太郎(享年25歳)?素人相手に……いや、過去の英雄で素人ではないとしても、喧嘩して半殺しにするとかどうしたのだと自問自答した。


 格闘家が素人に暴力を振るうなど、現代ではまずあってはならない。それこそ傷害罪で捕まるし言い逃れはできない……12歳から習い始めた時にしっかり、それはマジでやめろと教え込まれて守ってきたのに。


 まさか……精神はギニスくんに引っ張られているのか?彼も苛烈な子で、従わぬ者……それこそメインヒロインにちょっかいかけた時も強引だったが……。


 いや違う、舞い上がっていたんだ、悪い事をギニスくんになすりつけるな……俺がやらかした、それだけの話なのだ。


 しかし……この後どうなるやら、少なくとも親であり当主を半殺しにした以上、それ相応の覚悟はしなければなるまい。早速詰んだかと頭を抱えながら、俺はその時を待つ以外無かった。


ーーー


「ここは……私の部屋か」

「お気付きになられましたか、ハロルド様」


 ギニスくんこと水瀬が、来る審判の時を待つ最中、半殺しにされたサーペンタイン家当主、ハロルド・サーペンタインはベッドから目を覚ました。傍の執事が目覚めたハロルドに意識の確認を取り、ハロルドは上半身を起こし、未だに痛む顔面に手を伸ばして状況を理解した。


「そうか、負けたか……よもやギニスに……」

「それは……」

「よい、事実だ……無様だな、戦場では討死だあれでは……」


 ハロルドは改めて理解する、敗北の事実、更には見上げた先の冷ややかな目で殺しにかかる容赦無い我が子の眼差しに、命乞いの手を伸ばしてしまったという無様に。顔は恐らく、館の医者が魔法と薬品で治したのだろうが、まだ疼きが残る程殴られたらしい。


「……ギニスをここへ、話をする」

「かしこまりました……」


 ハロルドは執事へ、ギニスを呼ぶように命じ、その命令を執事は承り部屋から退出した。


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