第2話 装備調達だ!やられ役!!

 それから俺は、ギニス・サーペンタインとして鍛え始めた。


 朝早くはランニングに向かい、帰ったらシャワーを浴びて朝食を頂く。貴族子弟という生まれは、食の不自由がなくていい。もしも平民やら貧民キャラだったら悲惨な事になっていただろう、こればかりはギニスくんの貴族設定に感謝しかない。


 モブのメイドや執事、使用人達は日に日に俺の食事量と、いきなり運動やら勉強を始めた事を訝しむ者が大半ながら、そんなもの気にせず俺は鍛え続ける。


 午前中は兎に角運動に時間を割いた、邸宅外周をダッシュしたり、中庭の木にぶら下がり懸垂をしたり……最初は1回も不可能な細腕も、1ヶ月もすれば連続5回まで出来るようになり、3分間も走れなかった体力は、10分までならランニングで息切れを起こさなくなった。


 枝木のような細腕やら足が、しっかり肉ついていく。ようやく現代の中学生の痩せ型くらいまではなったかと、俺はサーペンタイン領内酪農家から仕入れた牛乳を頂き、姿見で肉体を確認した。そもそもが成長期もあるのかもしれない……とりあえず女性ホルモンが抑制される野菜とか食べないとな、この世界にブロッコリーやらはあるだろうか。


 午後からは座学、魔法の勉強とこの世界を読み解く為歴史書や文化史と様々な本を読む事に時間を割く。弟に勧められ、イベントにも時間があれば一緒に行ったりしたが、深い設定まで俺は知らない……しかしこの世界の歴史書やらを読めば、ある程度の設定知識を思い出せた。


 必要そうな歴史、設定に近しい文章は羊皮紙に記して纏めておく事にした。いずれ何か気になった事があったら、それを見て思い返せる様に。


ーーー


 さて……これだけでは心配だ。まだまだ準備はしっかりしておこう、俺は街に繰り出す事にした。


 この『賢者無双』の舞台である、魔法王国ベラム、その西方の領地グアスが所謂サーペンタイン家が拝領し、管理している領地である。


「いらっしゃ……な!サーペンタイン様のご子息様!?」

「何だ?貴族の俺がかような場所に来るのが珍しいか?」

「い、いえそんな……しかし貴族様が何用で?ここにはあなた様が扱う杖や質のいい防具は置いては……」

「防具を作って欲しい、オーダーメイドだ、あんたは革細工に関して、国で有数だと聞いている」


 グアスの街にある『防具屋』ここは序盤でストーリーを進めた後に解放される『武器屋』『防具屋』のうち、最初の防具屋がある街となっている。


『賢者無双』はキャラクターこそガチャで手に入れなければならないが、装備に関してはクエストにて戦ったモンスターからドロップした素材を使った『制作』もしくは店売りを『購入』し、キャラクター達に装備させなければならない。キャラクターによっては専用装備がドロップするクエストを周回、特殊クエストクリアで手に入ったりと様々だ。


 そしてこのグアスの防具屋は、ストーリー序盤にて最初に解放される防具屋で、序盤の防具『レザーシリーズ』を扱っている店である。はっきり言おう……まずこの店を利用するプレイヤーは居ない。


 それこそ装備リスト埋めでレザーシリーズを手に入れるならクエストを進めれば一式手に入るし、何より周年記念フェスやら初心者ログインで高レア装備が配布されるから、悲しい事にこの店のアイコンをタップするプレイヤーは居ないのだ。


 しかしここはゲームの世界ではあれど、ゲームではない。俺は防具屋の店主にオーダーメイド品の制作を依頼する事にした。ここの店主はゲーム内でこそ決まった台詞を吐くだけのモブ店主だが……原作の文章ではこう説明がされている。


『この店の店主は、口は悪いが作る革製品は質も良く拘りがあり、冒険者にしっかりフィットした装備を丁寧に制作してくれる。また片手間に作る革製品も工芸品としてそれは見事で、それらを求めてわざわざ遠方、他国から足を運んで来る者も少なくない』


 ゲームでは序盤の見向きもされない防具屋も、原作ではしっかりとフレーバー、設定がされているのだ。そんな防具屋の店主に俺は装備品を作ってもらう事にした。


「オーダーメイドの防具とは……」

「できるか?」

「も、物によりますが」

「分かった、説明するから」


ーーー


 無論、頼んで作ります、はいできましたとはならない。オーダーメイド品は全て作り上げるまで時間が必要となる。またしばらくしたら顔を出して取りに来ようと防具屋を後にした俺は……次の目的地に早速向かった。


 それはそうと、俺は嫌な貴族ムーブはできてるだろうか?いきなり来てオーダーメイドの無茶振りはそれっぽくもあると思いたい。その足で次に向かったのは……。


「おやおやギニス様、珍しいお客様が参られましたな……杖をお買いになって以来ですか」

「その節は世話になったな店主」

「はぁ?」

「あ、いや……」


 次に向かったのは『杖屋』であった、ギニスくんが通うのは魔法学園、しかしギニスくんはなんと『自分にあった杖』を持っていないという設定があるのだ。ギニスくんは兄へのコンプレックスから魔法の修練を怠ったのもあるが、その気になればしっかりと強くなれる素養はあったと、弟が貸してくれた設定集に書かれているのだ。


 さらにこの『賢者無双』における魔法使い達は、自身の実力や研鑽に合わせ杖を新調していくのは当たり前という世界観がある。壊れるまで使う、杖が持ち主を選ぶという設定が何かと多い中で、消耗品設定は中々見ないなと俺は思いながら、俺は一つ咳払いをして店主に言った。


「いや、最近また魔法を勉強しなおし始めてな……新たな杖を買いに来たのだ……」

「なんとまぁ、雪でも降りますかな今日は……」

「容赦無い物言いだな、兎に角頼む」

「はいはい、杖を使う手をお見せなさって……」


 俺は店主の言われるがままに、右手を差し出した……しかし店主はこれまた俺を睨みつけた。


「な、何か?」

「ギニス様はいつから右利きになったんで?」

「あ!す、すまん!疲れているな、久々に魔法の練習して、うむ!」


 すっかり忘れていた、ギニスくんは左利きであった。精神たる俺、水瀬光太郎は右利きだからそれで出してしまった……これ確か問題になってたな、アニメで左じゃなく右で杖を持たせちゃってブルーレイでは修正入った事まであったんだ。


 すぐに左手を差し出して店主に見せれば、揉まれたり観察されたりとして、またこちらを睨み、店主は口を開いた。


「いかにもサボっていましたな、そしてまたやり直してマナの回路が傷ついている……今の杖では難儀でしょうや?」


「ま、まぁ……」


 正直分からん、実際このギニスくんの火魔法を中庭で放ってみたが、疲労感やらは感じていない放つ際にジリジリと脳みそが疼くがそれがマナ回路の傷つく時の合図か……兎も角元々彼の持つ杖は合わないのは分かった。


「貴方様は入門用の杖からやり直しですな、あの棚に置かれたのを持っていきなされ」


 もしギニスくん本人が、これを聞いたらショックだろうなと思いながら、店主の指し示したいかにも入門用の乱雑に積まれた杖を見て、俺は左手を伸ばし一つ取った。


「感謝する、お題はいくらだ?」

「お屋敷へ徴収に伺いますからいいですよ、いつもそうですから……」

「そ、そうなのか、すまないな……証書とかは?」

「サーペンタイン家の信用がありますからな」


 先程の防具店とは違い、ここでの支払いは断られた。あれか、確か百貨店とかでも上流家庭の金持ちは店側が出向いて品を持ってくるとかいうやつか?家名が信用になるあたり、サーペンタイン家は余程領民から信用を得ているらしい。


 そんな家が、まさか1人によって取り潰しの末路を歩むなどとは、何とも言えないと俺は杖屋を後にして思ったのだった。

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