第1話 まずは鍛えろ!やられ役!!

 さて、この決闘沙汰から3年前に、俺の意識はこのギニスくんに憑依してしまった訳だが……それを理解した瞬間に俺は、ギニスくんの『主人公に関わらない』という選択ができない事も理解した。


 というのも、この『3年前』は、『異世界転生賢者のチート無双〜大魔導師の孫に転生した俺のハーレムライフ〜』(以降は賢者無双に略す)の、ソーシャルゲームアプリのチュートリアルとなる時系列で、原作ライトノベルではせいぜい10ページくらいの話、主人公の独白やら転生前の自己紹介で終わる。


 この3年間で主人公は師匠たる祖父の大魔導師『エブリス・ナーロン・ワーナビ』から魔法やら何やら指導を受けて才能を目覚めさせていく。ゲームに落とし込めば、チュートリアルを受けて操作説明やら、工房だのガチャだの説明を受けたり実際に動かしているあたりだ。


 現在、俺ことギニス・サーペンタイン12歳(水瀬光太郎享年25歳)は、この3年後魔法学園に入学して、ナル・ワーナビとの決闘に破れるわけだ。


「細い体だ、しかし骨格も身長もある……」


 サーペンタイン家の自室に映る姿見を前にして、死んだ時の鍛え上げた肉体とは全く違うヒョロヒョロした、甘えて育てられたのか、はたまたイラストレーターの力か知らないギニスくんの肉体に俺は溜息を吐いた。これでは自分が覚えた総合格闘技の技も、付け焼き刃にしかならないではないか。


 時間は3年間もある、俺はこの肉体を鍛え上げ、来る日に備える事にした。ただのやられ役なら鍛える必要は無いだろう、それこそナルとの決闘後に関わらなければ……と。


 しかしだ、たとえ肉体が違えど魂は、意識はギニスくんではなく、俺なのだ。何より敗北の後に俺は追放される、だから1人で生きていく為に肉体も、精神も鍛え上げなければならない。


 せっかくだから魔法もしっかり学ぼう、そうしよう。ギニスくんは魔法使いでもあるのだから、うん。という訳で……俺の『賢者無双』本編ストーリー第1章『魔法学園編』へ向けての特訓、準備が始まった。


ーーー

 

 本編に向けてその①

『身体を鍛えよう』


「ぜー!ぜー!ぜー……か、かひゅっ?!」

「ギニスぼっちゃま!?しっかり!!」

「み、水、水を……」

「こちらに!!」


 ギニスくん……キミは幾ら何でも貧弱すぎないかね?


 俺はまるで3分10ラウンドスパーリングしたような息切れを起こし、酸欠になりかけた……たった3分近く、いや2分も経ってないか?屋敷の庭を走っただけでこれだった。名前も無いモブのメイドさんに楽な体勢にしてもらい、水を注いで貰ってそれを飲む。


 12歳で魔法使いの卵、甘やかされて育てられた貴族のおぼっちゃまと、25歳まで人と戦って金を稼いでいた総合格闘家の、意識と経験が意味をなさない体力差のなんと悲しい事か……。兎も角呼吸を整える為に鼻から息を吸って、口からゆっくり吐いていく。


 体が冷たい、運動後低血圧か……本当に身体を鍛えて少しはマシな体にしないといけない。なに、積み重ねる事には慣れている、格闘技でも自分は才能が無くて覚えも悪かったから、それしかできないのだ。地道に少しずつ……兎も角、毎日走って、腹筋に腕立て、背筋、シャドーボクシング……現世の運動メニューに追いつけるよう鍛えていくしかない。せめて、高校時代くらいの動ける体まで仕上げなければと、俺は目標を打ち立てた。


ーーー


 本編に向けてその②

『魔法を学ぼう』


「じいや、書斎の魔導書を持っていきたいのだが?」

「は?ギニスぼっちゃまがですか?」

「何だ、俺が魔法を学ぶのがそんなに変か?」


 ギニス・サーペンタインは3年後、ナル・ワーナビと共に魔法学園に入学する。この『賢者無双』の世界観において、魔法の実力は一つのアドバンテージだ、なにせその主人公様が魔法最強、師匠が賢者様だからな。自分もこの世界に流れ着いたなら、魔法も覚えるのもギニスを演じる上で、追放後の事も考え必要だろうから今からでもしっかりやっておかねばならない。


「珍しい事もありますね、ギニスぼっちゃまが勉強とは……書斎から幾つか見繕ってお持ちします」

「あー……基礎あたりからやり直したいから、そのあたりで」

「かしこまりました」


 これまたモブ執事の目線が少し冷ややかながら、言う事は聞いてくれた。そして思い出す、このギニスくんという人となりを。


 優秀な兄、見向きもしてくれない父親と、愛の冷めた母という家族……たしか母に至っては浮気までしていると、ソシャゲのギニスくんのフレーバーテキストには書かれていた。兄には敵わないとして、魔法の才覚は確かにあったが、学園で出会ってしまった主人公ナルとの決闘で敗北から追放……。


 嫉妬に恨み、憎しみ……凶行に至るには十分過ぎた。仮にもし、このギニスが救いようもない悪であったら諦観も感じようが、こうした背景があるとやはり哀れみは抱いてしまう。


 家族だけではない、今の執事ですら俺が学び直すなんて吐かしたら、変な物でも食べたかと驚くくらいにはギニスくんは不真面目だったのだろう……いや、優秀な兄から来るコンプレックスによる諦めかもしれない。


 兎も角ギニスくんよ、俺が憑依した以上このまま寝て諦めて流れに身を任せる事は絶対しない……兎も角、闇堕ちして殺されて終わりなんて絶対にしないからなと、俺は執事が魔導書を持ってくるのを待った。


 やがて運ばれて来た書物に目を運び、俺はギニスくんの魔法の実力、使える魔法の種類をおさらいしつつ、それが馴染むようにと使ってみたりしながら、魔導書を捲り続けた。


 本編に向けてその③

自分自身ギニスくんを知ろう』


 魔導書を読み漁り、試しに魔法を使いその結果……ギニスくんの魔法について色々と分かった。そしてこの世界の文字がギニスくんの識字力のおかげか読み解けて助かった。もしも日本語しか分からなかったら詰みであったのだから。


 まず、ギニスくんは『火属性』魔法が得意である。

 というよりはサーペンタイン家自体が代々火の魔法が得意であり、それをしっかり受け継いでいるというわけだ。この『賢者無双』世界の魔法は原作及び各種媒体でも変わりなく。火、水、土、風の『基礎属性』そこに光、闇の『元素属性』の計6属性で成り立っている。その中で火属性は主人公も、ソシャゲのチュートリアルでもまず使ってみろと教わる魔法だ。


 なお、主人公ナル・ワーナビはこのチュートリアル時点で一応全属性使えてしまう。原作ライトノベルでも、全属性使えるのはナルと、その祖父だけであり、二属性使えたら『天才』三属性以上使えたら『化け物』という設定がある。確かギニスくんの兄貴は火と土の二属性持ちだったかな……優秀な兄である。


 そして……ギニスくんの魔法の実力は、ソシャゲ版のパラメーターを準拠にしている様子が伺える。弟に勧められスマホで暇つぶしに、それこそ攻略サイトを見ながら進めていたライトユーザーながら、ギニスくんは無料ガチャにてそれはそれはよく見かけるのだ。


 ギニスくんのレアリティは、五段階ある中で一番下と、三番目のレアリティで存在する。『今現在のギニスくん』は、一番下のレアリティが準拠の才能と魔法の種類であった。


 つまり実力も才能も、お粗末である……の話だが。幸い、ストーリーを進める為だったり、編成条件が制限されるクエストもあるソシャゲには、たとえレア度が低かろうと『育てれば強い』とか『上位レアが手に入るまで代役になれる』なんてキャラクターも居る。


 ギニスくんもまた、ノーマル、レア枠キャラ共にその条件を持つキャラクターであった。ソシャゲ内ではガチャ排出、それこそ一章の魔法学園編の決闘チャプタークリア報酬で手に入るキャラである彼は、ノーマルキャラでは中々に強力な単体火魔法と、自己バフにより自らを強化ししぶとく生き残る火属性魔法使いで、序盤パーティなら『とりあえずレアキャラが育つまで繋ぎで入れて使える』キャラだった。


 そしてレア枠となるとギニスくんは性能が変わり、手数の多い全体火魔法で雑魚を殲滅できる『対風属性クエスト周回要員』となる。


 今自分でも、意識が水瀬光太郎たるギニスくんでも、魔法は行使できたのだ。そして行き着く先を俺は知っている、目標の無いがむしゃらな鍛錬では身につかないが、理想系はしっかり頭にある以上、そこを目指すのが手っ取り早い。


 1日1日が惜しい、しかし肉体にも限界はある。とりあえず今日は休み、明日からまた鍛え、理解する日々を始めようと、俺は寝床についた。


 運命の日まで、残り3年……。

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