第12話 祝宴会
おめかしの後に会場に向かうと、そこは盛大に飾り付けられていた。
横を見渡せば豪勢な料理が。
上を見ればきらびやかな装飾が。
流石は伯爵家というだけあって、その財力と権力を見せつけんばかりに豪華に飾られていた。
会場の中心には巨大なケーキがその存在感を主張しており、見る者を圧倒した。
俺のいた時代は砂糖はとんでもなく高価な物だったはずなのだが、技術の進歩により、海の向こうでの砂糖の生産が盛んになったらしく、これでもかとふんだんに砂糖が使用されている。
ただ、それでもこれだけ巨大なサイズのケーキはそうそう見ることはないらしく、皆が皆驚いた顔をしていた。
「見ろ、これが私のエゲレアへの愛だぞ」
などと、父であるルイス・ハイルカイザーが自慢げに俺に言ってきた。
まあ、確かにルイスの愛は伝わらなくもない。
なにせ俺も知っているのだ、これを用意するのに3週間近くかかったことを。
しかしながら一つ残念な点があるとすれば、
「ええ、確かにこのケーキは素晴らしいものです。ですが、ケーキの頂上に『エゲレア、誕生日おめでとう!』などとでかでかと書くのはやめてほしかったですね。恥ずかしいですし、それに私は子供ではないのですから」
そう、これのせいで周りの人間がこちらをちらちら向いてくるのだ。
うざったくて、恥ずかしくて仕方がない。
それに何か微笑ましそうな目で見られると尊厳が破壊されてゆく音がするのだ。
「ええ?エゲレアが喜ぶと思ったのだが……」
しょんぼりとした顔をするルイス。
流石に用意してもらったのだ、多少は感謝するべきだな。
そして口を開く。
「──まあ、とても嬉しいですよ。ただ、こんなに大きく示す必要はなかったと思います」
「そうか……それは、すまなかったな。じゃあ、来年からはもう少し小さく書くようにするぞ」
「そういう事じゃありません」
とまあ、そんな感じのやり取りののち、本格的にパーティーが始まったのだった。
▽
ハイルカイザー家は名家だ。
通常の伯爵と異なり、代々王国の国境を守る役割を持つ。
そのため誇り高き騎士として名を馳せているのだ。
だから、ハイルカイザー家に取り入ろうとする中級貴族や下級貴族がルイスや、母に群がるのだ。
中にはしつこく付きまとう人間もいるらしく、対応はなかなかに大変らしい。
自分はあんなこと出来ないだろう。
だから、まあ、両親のことは尊敬はしているぞ。
タイヘンソウダナー、カワイソウニ。
なんてもっきゅもっきゅとテーブルに置かれた料理を頬張る。
あ、ちなみに毒は入っていなかった。
俺自身、毒が入っているかどうかを味覚で見分ける術を持ち合わせているから毒が入っていないことが分かったのだ。
ただ、どこかの暗殺者が俺を殺しに来るだろうと思っていたのだが、何も起こることはなかった。
残念なような、残念じゃないような、複雑な気分だ。
まあ、何も起きないことに越したことはないだろう。
そんなこんなで料理を漁る。
そこには、日常では食べられないような異国の料理も並んでいたからだ。
よくわからない黄色い果実を使った酸っぱい料理や、
牛の頭を丸ごと焼いたものや、
香辛料を使用した泥色のスープなど。
まあ、パーティーそっちのけで食い物を漁るのははしたない行為だとは知っているさ。
しかし、暇なのだ。
特に踊る相手も居ないし、俺自身踊りたい相手も居ない。
なにせ俺は1年間家の図書室に引きこもっていたのだ。
友人や恋人が出来る訳がないだろう?
故に話す相手も居ないし、踊る相手も居ないのである。
あれ?なぜか目から塩水が……。
「私と踊っていただけませんか?」
そんなこんなで寂しくボッチで食らっていると、いつの間にか目の前に端正な顔立ちの男の子が立っていた。
背丈は俺と同じくらいか?
もちろんYESである。
どうせ暇を持て余していたからな。
ちなみに、名前は知らない。というか名乗っていたような気もするが忘れた。
そして手を引かれるがままに中庭へ赴き、踊った。
まあ、うん、上手く踊れたと思う。
途中間違えて足を打ち抜いてしまい悶絶させてしまったような気がするが……知らん記憶だな。
ちなみに、礼儀作法を教えてくれた講師の人は、その様子を見てこれでもかと顔を顰めていた。
うん、なんか、その、すまない。
と、一息ついているとまた私と踊っていただけませんか、と別の男に言われた。
今度は20代ほどの大人に、だ。
おいおい、なんだなんだ?
怪訝に思ったが、断りはしない。
最初にYESと言ってしまった手前、NOとは言えんのだ。
それから俺と踊りたいと申してきた男ども全員と踊った。
流石に身長差がある場合は断ったのだが、いったいどういう事だろう?
などと思っていると、「これこれをお父様に伝えてくださいね」などと言われ、気づいた。
どうやら彼らはルイス達に相手をしてもらえなかった貴族たちなのだ。
俺を通してルイスに伝えさせようとしているのだろう。
貴族というものも大変らしいな。
まあ、俺には何の権限もないから政治的な話をされても困るのだが。
そんなこんなで踊り続け、最後の誘いを受けたころにはすっかりパーティーも終わりに近づいていた。
そろそろケーキも切られる頃だろう。
中庭から出て大広間に入ると、端の方でブランがぼっちで突っ立っているのを見つけた。
ん、なんだ、俺はあれだけ忙しかったというのに、ブランは全く誘われなかったのか?
まあ、うん、ブランは影が薄いからな。
きっと女の子たちに誘われなかったのだろう。
可哀そうに……。
と、その時ムクリと悪戯心が芽生える。
にやにやと笑みを浮かべ、ブランの方へ近づく。
「あらあら、ブラン。誰からも誘われなかったの?」
「……はい」
くくく、哀れな奴め。
きっと自分からも踊りに誘えなかったに違いない。
「……実は、一度だけ誘われたのですよ」
あるえ?
誘われたのか?
「じゃあ、どうしてこんな様になっているのですか?」
「その……誤って相手の女性の足を踏んでしまったのですよ。まあ、踏んでしまっただけなら良かったんですけど……いや、良くないですけど……不運なことに力加減を間違って折ってしまったんです、骨を。それ以降誘われなくなってしまったんです」
あ、ゴシュウショウサマデス。
てか、俺も人のこと言えねえじゃねえか。
「それは……うん、残念でしたね」
半分涙を浮かべながらべそをかくブランを見ていると、なんだか本当に可哀そうに思えてきた。
「別に、いいじゃないですか。結婚する相手でもないわけですし、骨の一本ごとき折ってやっても別に問題ないですよ。どうせ相手は下級貴族ですから」
「……そう言う問題じゃないと思うのですが」
ううむ?
そういう問題じゃないのか?
「まあ、いいですよ、誰とも踊れなかった可哀そうな弟には、私と踊る権利を差し上げますよ」
「え?」
そして、手を差し伸べる。
こちらがエスコートする側だ。
ブランはどうせ踊れないし。
ここは姉として弟を導いてやろうと思う。
「さあ、一曲私と踊りましょうか」
けど、まあ、有無は言わせないがな。
返答を聞く前に手を引き中庭へ出る。
外に出ると、変則的なリズムの、踊るには難しい曲が流れていた。
それを聞いたブランは不安げに、
「大丈夫なのですか?こんな難しい曲、僕には踊れませんよ?」
「ええ、問題ないです」
別に問題ない。
「ブランは私に合わせて踊るだけでいいです」
「で、でも!」
「好きなようにステップをしてください。いいですか?たとえブランが私の足を踏んでしまいそうになっても、私は大丈夫ですから」
手を繋ぎ、こちらがブランを引く。
体を揺らし、ブランのステップを促す。
もっとも、ぐちゃぐちゃなステップではあったが、曲にあってればよし。
稀にリズムからは外れたステップが、俺の足を踏まんとしたが、華麗に避ける。
俺ならば当たる方が難しいのだ。
傍から見れば気持ち悪く見えるだろう。
それでも、ブランの方を見れば笑っているじゃないか。
誰からも誘われなかったくせに。
しかし、良かったじゃないか、最後に俺の補助アリとはいえ上手に踊れて。
いつの間にか曲は終わっていた。
周りからは拍手が。
どうやら、思いがけず目立ってしまっていたらしいな。
まあ、うん、悪い気はしないな。
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