第9話 一件落着

 ゴブリンを殲滅した俺は、ブランの前に佇んでいた。

 聞くことは色々ある。 


 どうして弱い癖にゴブリンに立ち向かったのか。

 どうしてわざわざ俺を助けようなんて愚行を犯したのか。

  

 分からないのだ、どうしてブランは俺なんかを助けようとしたのか。


 そんな事を聞こうと思い口を開いたが、よく考えてみたら俺は意識が戻らない重体の人間という扱いであるため屋敷から抜け出しているのがバレると不味い事に気づいた。

 なので聞きたいことは帰り道で聞くことにした。


 ブランを背中におぶう。

 側から見ると姉弟に見えるな、なんて少し恥ずかしく思ったりしたが、全身を打撲、あるいは骨折しているブランは俺の背中で揺れる度に激痛に呻き声を上げるブランにより、すぐにそんな考えは吹っ飛んでしまった。

 「グッ」とか「ガッ」とか非常に聞いていて痛々しい声を上げるブラン。

 勝手に屋敷から一人で抜け出したブランの自業自得とは言え、流石に可哀想であったため出来るだけ揺らさないようにしてやった。


「……ありがとうございます、お姉様」


 俺の配慮に気付いたのか、ブランは感謝した。


「別に、こんな位は感謝される事じゃありません」


「……あの、ところで、先ほどのは……?」


 やはりそれを聞いてくるか。

 うーむ、どう返そうか。

 中身が転生者だなんて言えないしな。

 それに、それはブランの姉は死んだと言う事を伝えるのと同義だ。

 それは言うべきではないだろう。

 そうなると、なんて説明したものか……


「あー、えーっと……図書室にあった小説に書いてありました。ほら、太極暗殺拳みたいなヤツです。それをマネしただけですよ」


 嘘である。


 悩んだ果てのやや苦しい説明。

 流石にバレるだろと思ったが、ブランは驚いた顔をして言った。


「本当ですか!?世の中にはそんな武術があるんですね……また今度教えて下さい!僕もお姉様みたいにカッコよく戦いたいです!」


 ふ、チョロいな。 


「でも、秘密にしておいて下さいね。父さんと母さんにバレると恥ずかしいから内緒ですよ」


「はい!」


「よし、良い子ですね」


 よしよしと頭を撫でてやる。


 全く、素直な子である。

 ブランは7歳だ。

 まだ俺みたいに精神が歪んでいない。

 聞ける事全ての良し悪しの区別が付かない純粋な子供なのだろう。

 俺とは違うのだ。

 だから、きっと、この森にメーメル草を探しに行ったのも俺のこの呪いを治そうとしての事なのだと思う。なにせ俺はブランの姉なのだから。

 ……違ったら知らん。

 でもまあ、きっとそうだろう。

 

 俺も、この可愛らしいガキと同じ目線で世界を見ていたから、いささかブランに俺と同じ精神性を求めていた節があったらしい。

 弱い癖にどうしてゴブリンに真っ向から立ち向かったのか、どうして俺を助けようとするのか疑問に思っていた。

 病人を助けるなど、強者にしか出来ない行為だ。それに弱者は逃げる事しか選べないのに。まあ、そんな感じだ。


 しかし、簡単な事だった。

 ブランはまだ子供。

 愚かな事をなんの気兼ねなく犯せるお年頃なのだ。


 長らく殺しと世界の闇に触れ続けてしまっていたせいでそう言った微笑ましい事を忘れてしまっていたようだ。

 反省しよう。

 

 まあ、ブランは俺の弟だ。

 これからも幼いが故に愚かな事をするだろう。


(だからこそ、もうこの世界にはもう居ないエゲレアに変わって守ってやるのも悪くないかもしれないかもな)


 ふと、そんな事を思った。



「しかし、なんですか?ブランは弱い癖にどうして正面からゴブリンと戦う真似なんかしたんですか。馬鹿なんですか?」


 ブランの頭にチョップする。


「むう、僕は弱くないです!あの時はちょっとヘマをしてしまっただけです!」


「弱くない、ですか。そのザマで?」


「ぐぬぅ……」


「全く、コレだからガキは……」


「お姉様もガキじゃないですか!」


 でも、まあ、感謝はしないとな。

 俺のためにと思ってしたことなのだ。

 ブランの思いを無下にしてはならないと思う。


「……でも、感謝してますよ。私のためにメーメル草を撮りに行ってくれたのですよね?少し嬉しかったですよ」


「当たり前の事です!お姉様のためにならなんでもしますよ!」


 ふん、と鼻を鳴らすブラン。

 ……コイツ、さてはなんも分かってないな?

 少しムカついてきたぞ。


「調子に乗らないでください。あなたが弱い事には変わりありませんから」


「いたっ」


 もう一発チョップを喰らわす。 


 そんな感じで会話をしているといつの間にか屋敷についていたのだった。




 屋敷に着いた俺は、こっそり窓から部屋に入った。


 部屋の中には誰もおらず、静まり返っていた。

 ちなみに、どうやって部屋の中を出てきたのかと言うと、実に簡単な手口を使った。

 「その、実は……ただのあれの日なだけなんです」なんて顔を真っ赤にさせながらペレーに言ったら、実に簡単に伝わった。

 なにが伝わったのかは……ご想像にお任せする。

 

 しかし、まあ、両親側には号泣していた己が馬鹿極まりないと思わせる事になるだろうが、俺の知ったところではなし。

 ……流石に少しは心も痛んだぞ?

 

 その後は傷まみれになって屋敷に帰ってきたブランの事で騒ぎになった。

 どうして一人で森に入ったのか、なんて丸一日近く怒られたようだがこちらも俺の知ったところではなし。

 ブランの自業自得だ。 

 この位は受け入れるべきだろう。


 とまあ、そんなこんなでこの日の事件は俺の手により一件落着した。

 

 ……後日、魔力器官が過負荷を起こして焼き切れた痛みに悶え苦しんだが、家族には言い出せなかったのは内緒である。

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