第7話 お姉様は不思議かと

 お姉様は不思議な人だ。

 

 前まではどこにでもいる様な普通の人間って感じだった。

 まあ、伯爵令嬢という時点で普通ではないけどね。

 僕が言えた事じゃないけど。


 でも、ここ最近、特に病から立ち直った後のお姉様はもっと変だった。


 ずっと部屋に閉じこもっていたお姉様はある日、急に外に出てきた。

 お姉様は前に見た姿から豹変していた。


 真っ黒で漆黒を思わせる髪色はくすんだ銀髪に変わっていて、目の奥は白く渦巻き、なんだか怖い雰囲気を纏っていた。

 肌も真っ白で、どこかこの世の人間ではないようだった。

 お人形さんみたいだ、と言えば伝わるかな?

 今までもお姉様は容姿が整っていて世にいう”美少女“だって事は知っていた。でも、僕からするとお姉様はお姉様だし、別に可愛いとか美しいとか思わなかった。けどどうしてだろうか、久々にお姉様を見た時「美しい」って思ってしまった。なんでだろうね。


 そんな感じだ、久々に見たお姉様の第一印象は。

 

 そしてお姉様は剣を振るう僕を見ると、顰めっ面を浮かべた。

 分かりやすい人だ、どうやら僕の剣が気に召さなかった様らしい。

 車椅子から立ち上がり言い放った。


「剣を貸して下さりませんか?」


 と。


 お姉様は剣なんか振いたがる人間だっけ?

 なんて疑問に思ったが別に抵抗する必要もないし、普通に渡した。

 まあ、手から剣がすっぽ抜けて終わるだろう。

 なんて思っていたからね。


「しっかり見ていてください」


 瞬間、感じた。

 異常なまでの圧を。

 歴戦の猛者は覇気を纏う、とどこかで聞いたことがあったがまさしくそれだった。


 そこに立っていたのは、病に伏せ、死にかけた人間じゃない。

 明らかに異常。

 立つ姿か剣を握る指先まで、その全てから目が離せない。


 どうしてお姉様がそんな覇気を纏っているのか?

 お姉様は病から立ち直ったばかりで、この僕の力ですら軽く捻れそうな細い肉体で、どうしてここまで圧倒的な差を感じるのか?

 そんな疑問が脳内を流れる。


 聞こうかと思ったが、その時は目が離せなかった故に口に出せなかった。


 ブゥン!


 凄まじい圧と共に繰り出された一閃は、空を切り裂いた。

 


「は?」


 しばしの時間の後、この意味不明な状況に口が開いた。


 そして、お姉様は血を吐き自室まで戻っていってしまった。


 とまあそんな感じだ、僕がお姉様を久々に見た時の事は。

 正直言うと、どうして?という言葉が止まらない。

 なにせ病弱で弱りきっていたはずのお姉様があんな一閃を放ったんだ。

 僕には理解ができない。


 でも、ただ一つ言えることはあれだ、お姉様はイカれている。

 あれはどう見ても狂気の人間だ。

 見えている景色からして僕とは違う。


 魔導を習得した時もそうだ。

 初めてお姉様が図書室で魔導書を読み漁っている所に遭遇した時、お姉様にどうやってファイアーボールを発動するか聞かれた時は、どうも悔しくなってしまったのか「簡単ですよ」なんて言ってしまったが、実際のところ魔法はとんでもなく難しい。

 魔力の放出は当たり前の感覚として置いておくけど、その後の魔法の基盤の構築が凄まじく難しいんだ。

 手の所作で構築している、と聞けば簡単に思うかもしれない。

 でもそんな訳がないんだ。

 魔法は世界の理を捻じ曲げる。

 そのためにはどこまでも正確な魔法の発動イメージ、魔力への理解、そしてそれら全てを纏めた”才能“を必要とする。

 自分で言うのもなんだけど、比較的才能がある僕ですら初級魔法を習得するのに2年はかかった。


 しかし、お姉様は僅か数ヶ月で、それも初歩の初歩の段階である魔力の放出を覚えてから僅か数秒で、基盤構築を覚えたんだ。

 異常な成長スピードだ。

 今まで部屋の中で病気と戦っていた少女が、僅か数ヶ月で魔法を習得したんだ。

 おかしい、どう考えてもおかしい。



 ……お姉様は不思議な人なんだ。

 本当に。


 だからこそ、だ。

 あの人は死なせちゃいけない。

 まだ死んじゃいけない人間だ。




「はぁ、はぁ、はぁ」


 荒く途切れ途切れな呼吸をするお姉様。

 ベッドの上で頬紅潮させながら時々血を吐くその姿は、とても痛々しかった。


「どうして、どうしてこうなった!」


 お父様が頭を掻き毟りながら部屋の中を彷徨かれる。


 その顔はなんとも形容し難く歪んだものだった。


「魔力器官が軒並みやられてしまっています、回復は……厳しいかと」


 急遽呼ばれた医者は、お姉様の容体を見て悔しそうにそう言った。

 どうやらお姉様は助からないらしい。


「ごめんなさい……お父様、僕のせいで……」


 僕のせいだ。

 僕がお姉様に魔法を使わせたせいで……。


「ああ!どこの、誰が、病から立ち直ったばかりの人間に魔法を使わせるんだ、この大馬鹿者!!!」


「ごめんなさい……ごめんさい」


「ああ、どうして……どうしてだよエゲレアぁ、どうして私の娘はいつもいつも……」


「……ごめん、なさい」


「戻ってきてくれ、エゲレア……」


 そして時間が過ぎていく。


 もう、この辛い現実を見たくなくなってしまったのか両親は部屋から出て行ってしまった。


「お姉様……」


 どれだけ名前を呼びかけてもお姉様は目を覚さない。

 固く固く目を閉ざしているのだ。

 それはもう、固く固く。

 

 と、その時お姉様が横たわるベッドの横の机の上に乱雑に書き殴られたメモ書きが置いてある事に気づいた。


「……これは?」


 手に取り見てみると、


石像ゴール種による呪いと思われる。

 しかしながら、魔力循環の妨害に加えてその効果は改変されており解術は困難。

 ただ、一応解術の方法はあるにはある。

 メーメル草による呪いの打ち消し効果だ。

 あれの呪いの打ち消し効果は微弱だが、解術妨害の打ち消しを行なってくれれば解術は行えるようになるに思える。

 まあ、実際にそうなるかは怪しいけどw』


 

 ……最後のwはなんだろうか。

 

 どういう意味かさっぱり分からない。

 まあ、うん、お姉様は不思議な人だからね。

 そういう事にしておこう。


 しかし、これを見て分かった事がある。

 もしかしてメーメル草さえあればお姉様は助かるのでは?

 呪いがなんだとかこうだとかよく分からないけど、どうやらメーメル草があればお姉様の状態は良くなるだろう。

 うん、きっとそうだ。

 ……最後の一文がすっごい不安だけど。

 まあ、いい、今できることをしよう。 


「よし」


 お姉様は死なせない。

 まだ死んじゃダメな人だ。


 だから、僕が責任を取る。



 

 なんか視界がグラついて真っ暗になったかと思えば、気づいたら色んな人に囲まれていて……は?

 どういう状況なんすかね?

 なんでみんなそんな暗そうな顔をしてるのさ。


 父親なんてもうそれはそれはポタポタ涙流してるし、ブランもやるせなさそうな顔をしてるし、医者からは助からない宣言されてるし……

 えーっと、生きてますよー、俺。

 てかあの医者、ヤブじゃないか?

 この体が再生を行わんとより空気を求めてハアハア、息を荒くしてるのは分かるけどさ、でもまだ死ぬつもりなんてないしな。

 ……後で訴えてやろうかな。


 しかしながら、みんな涙を流して辛気臭そうな雰囲気なのに、「はい生きてますよー」なんて笑いながら起き上がるのはどうだろうか。

 うん、きっとすんごいシュールな事になるだろうな。

 たぶん地獄だと思う。

 やだよ俺。

 そんな空気吸いたくないよ!


 仕方がない……目を固く固く閉ざしておくか……



 ……え?

 ブラン君?

 何をしているのかい?

 どうして俺のメモ書きなんか見ているのさ。

 魔力の流れから君の動きは分かっているからな?

 

「よし」


 よし、じゃないよ!

 なに覚悟決まったみたいな顔してる?

 ちょ、ま、待て、どうして外に出るの。

 

 えっと、まさか、メーメル草が生えている森に入るつもりなのか?

 え。

 ダメだって、あの森魔物が多いから!

 危険だって!


 ああ、もう!

 どうすんだよこの状況!

 

「エゲレアアアアアァァァァァァァァアアアアアアアア!!!」


 部屋の外から悲痛な叫び声が聞こえてくる。


 五月蝿いな!

 だから生きてるよ、俺!!!

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