第6話 初めて魔法を使ってみた

 あれから数ヶ月、俺は図書室に篭り、魔導書を読み漁り続けた。

 初級から上級のもの、さらには呪いに関するものまで。


 朝、目が覚めたらペレーに作ってもらった朝食を抱え、早速図書室に向かう。

 そして図書室に着いたら適当な魔導書を手に取り朝食を喉に詰めながら読む。

 主に魔法の扱い方に関する本と、この呪いの解術方法についての本を読んでいる。


 12時くらいになったら厨房まで行ってペレーから昼食を受け取る。

 受け取ったらそのまま庭まで出て剣術の鍛錬をするブランにあれこれ教わりながら日が暮れるまで実践練習。

 とまあ、そんな感じの1日を過ごし続けている。


 「そんな毎日やっていると、疲れませんか?」なんてブランから言われたりもしたが、まあ、うん、俺はこう言うのを毎日コツコツやるのが好きだからな。

 ちゃんと毎日日課のようにやれている。

 そんな毎日を過ごしているお陰か、嬉しいことに最近は魔導理論を理解し始めた。


 魔法がどの様に発動するか?

 キチンと説明すると長くなるから省略するが、魔法はこの様なプロセスで形成されているらしい。



 1.魔力を体外に放出させる

 これは文字通りだ。

 魔法のエネルギーとなる魔力を体外に放出するのだ。



 2.魔法の基盤を手の所作で形成する

 これもまた文字通りだ。

 体外へ魔力を放出するだけでは魔法は発動しない。

 じゃあどうやって発動するのか。

 魔法のシステムを構築するのだ。

 所謂、“プログラミング”とやらである。

 プログラミング、なんて難しそうな言葉を使ったが、正直に言うとそんな難しいものじゃない。

 単純に魔法の種類ごとに特定の手の動きをするだけだ。

 例えば、ファイアーボールを発動する場合などは、五指を広げて手首を捻る、などだ。

 思い返してみると、初めて俺がブランの魔法を見た時も、確かにしていたと思う。



 3.構築した基盤に、魔力を注ぎ込む。

 魔力を体外に放出しても魔法は発動しないように、基盤を構築しただけでも魔法は発動しない。

 さらにもう一手間、構築した基盤に魔力を注ぎ込むというプロセスを経るのだ。

 これによって魔法は魔法として世界の理を歪めんと発動する。


 

 とまあ、こんな感じで魔法は発動される。

 

 一見すると難しそうに書いてあるが、まあ、うん、実際に難しい。

 特に1が俺にとって一番難解だ。

 そもそも体外に魔力を排出するとはどう言うことだ、そんな初歩の初歩から俺は躓いていた。

 前世では割と魔力の扱いの練度は最上位の方だったが、この世界では下位も下位らしい。


 かなり屈辱的なのだが、仕方がない。

 なにせ俺は200年後に生まれ変わったのだ。

 分からなくて仕方がない……

 悔しくなんてないからな!

 もう一回言うが、悔しくなんてないからな!

 フン!


 ……えっと、最近俺が過ごしていて分かったことはそんな感じだ。

 正直な感想だが、魔導理論は理解したが、実際には行えないという頭でっかちの状況だと思う。

 このままじゃ悔しいんで、もう少し鍛錬しようか。




 そんな訳で、今日もいつも通りに庭にてブランに魔法を教わる。

 庭の剣術の鍛錬所の一角にて、俺はブランに向き合いながら目を瞑っていた。

 教わっている内容は、魔力の放出方法。

 俺が躓いているヤツだ。

 こう言うのは理論ではなく感覚で覚えろとは言うが、実際その通りだ。

 だから俺はブランに直接感覚を教わっていた。


 

「お姉様、もっと集中してください!」


 五月蝿いな!

 してるよ!

 すんごい集中してるよ!

 顔真っ赤になるくらいにはしてる!!!


「むむむむむ……」


 目を瞑り、外界の情報を遮断する。


 己の内なる魔力に全力で集中。

 

 どくどくと流れる血管。

 その命を打ち鳴らす心臓。

 その奥に淡く輝く魔力の格。


 呪いによって蝕まれてはいるが、それでもなお美しく輝き続けるエゲレアの魔力の格に集中し、魔力を体外へ流すイメージを持つ。

 身体中の血管を通して魔力を毛穴という毛穴から放出するイメージ。


「……!?」


 すると、少しだけ、ほんの少しだけ魔力が体外へ漏れた。

 それもチョロっとだけ。


「で、出た!!!」


「その調子です、そのまま少しずつ、少しずつ魔力孔を広げてください!」


 しかし、ここまで出来たのは初めてだ。

 ここまで出来たのは我ながら凄くないか?

 今までずっと、そもそも魔力が一ミリも排出されなかったから、今回ここまで出来ただけでも相当凄いと思う。


 だからこそ、このチャンスを逃してはならない。

 今ならばもっと深く行けそうだから。

 

 より深く、より魔力の核心へ集中する。


 魔力の出る孔を少しずつ、少しずつ拡張していく。

 今はチョロっとしか魔力が出せないが、こうやって広げていけばもっと多くの魔力を排出できる。


「お姉様!凄い、凄いですよ!周りを見てください!」


 ん?

 周りを見る?


 固く閉ざしていた瞼を緩め、その目で辺りを見る。


「……!?」


 そこには紅く煌る粒が満ちていた。

 俺の周りをふわふわと漂うそれは、総て俺の、エゲレアの魔力だ。


「……綺麗」


 その言葉でしか言い表せない。

 本当にその景色は綺麗だった。

 幻想的な、美しい世界だった。


「今です!手を動かしてください!」


 おっと、つい見惚れてしまっていた。 

 俺としたことが珍しいな。

 きっと初めての事に意識が追いつかなかったのだろう。


 ブランに言われるがまま手を広げ、五指を広げる。


「手首を捻る……」


 すかさず手首を捻る。

 すると、指先から紅色の光の筋が形成された。

 それらの光の筋はやがて円環を成し、俺は魔力を注ぎ込んだ。

 

 魔力を吸収した円環は、一点に集中を始め、炎を灯す。


「おお、おおお、おおおおおお!?」


 脆弱だった炎は、どんどん魔力を吸収して大きくなってゆく。


 膨れ上がる炎は渦を巻き、激しく燃え上がる。


「今です、お姉様!!!」


 するべき事は分かっていた。


 手を前に突き出した。


 ボガアアアン!!!


 破裂音と共に、炎の球は射出された。

 高速で、鍛錬所に備え付けられた人形にぶつかる。

 

 そして、爆ぜた。


 炎は人形を燃やし、灰にしたのだ。




「……やった、のか?」


「凄いです、やりましたよお姉様!!!」


 初めての感覚に、腰が砕ける。

 スタンと地面に腰を付いた。


 ブランが我のように喜び、俺に抱きつく頃、ようやく現実を理解する。


「俺は、やった?やったのか?そうだ、やったんだ」


 ここは素直に喜んでもいいだろう。


「やったああああああああああああああ!!!」


 やった、やったぞ!

 俺はやったんだ!


 魔法を使ったんだ!!!

 

 ガッツポーズを取り、しばしの間喜びを噛み締める。

 精神年齢的に考えれば少しはしたなく思えるが、仕方なし。

 なにせやっと出来たのだ。

 数ヶ月もお預けを食らっていたのだから。


「お姉様、本当に凄いですよ!全く魔力を放出できない段階からわずかこれだけの時間で魔法を扱うようになるなんて、天才じゃないですか!?」


 ふふふ、そうか、天才か。

 

 本当にそうかもしれないな……なんちゃって。

 まあ、知ってるさ。

 俺が今使ったファイアーボールは初級魔法だ。

 すなわちもっと上があるということ。


「いえいえ、私が使ったのはまだ初級魔法ですよ」


「いやいや、魔力の体外への放出はともかく、この短時間で基盤の構築から魔力を注ぎ込むまで習得するなんて異常な事なんですよ!?」


 へえ?お世辞が上手いじゃないか。

 そんなこと言われても何も出てこないぞ?


 でも、まあ、うん、素直に嬉しい。

 


 ──と、その時だった。


「がッ!うっ、がああああああ!!!」


 頭に割れるような痛みが刺した。

 

 ズキズキズキズキ!!!


 今まで感じたこともない様な痛みに頭を抱える。


「お姉様!?」


 なにが起こった!?

 一体どうした、俺の体!?


 ゴボリ


 嫌な音と共に、何かが地面に溢れる。

 溢れた何かを手に取り、見てみると生臭い赤い液体だった。


 これは……血?

 

 それは今もなお溢れ続けている。


 口から。

 目から。

 鼻から。


 全身の穴という穴から鮮血が溢れ続ける。


「医者!医者を呼んでください、誰か!!!」


「……?」


 ……あ、ヤバい。

 視界がどんどん暗くなっていく。


 いし、き、が、とおのいて、いく…… 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る