明日の世界は桜色
桜飴彩葉。
明日の世界は桜色
気がついた時には、きつい斜面を上り終えていた。本来長い道のりのはずだが、疲れなどと言ったものは一切感じられない。いや、実際はかなり疲れが溜まっているのかもしれないが…… どちらにしろ、そんなことは全く重要ではない。
どうでもいい思考を繰り返しながら、また、ゆっくりと歩を進める。遠くに古びたベンチの影が見えてくる。それが、到着の合図だった。
今日もまた、それに腰を下ろして、ほっとため息をつく。ぼんやりと空っぽの空を眺める。サラサラと、水の流れる音だけが、耳に届いていた。
ふと、視線を横にやる。なぜだかそこに君がいるような気がしたんだ。
君と初めて出会ったのはこの場所だった。
家族や友人をみんな失った自分は、ずっと一人で、何を考えることもなく、なんとなく生きていた。唯一考えることといえば、なぜ自分だけが生きているのか。そんなことばかりだった。あることが原因で、親しい友人なんていなかったし、何より、誰とも関わりたくなかった。また失うのが怖かったから。もう誰も、傷つけたくなかったから………
君と出会ったのはそんな時だった。
「何してるの」
君は静かにそう言った。
思えば、その一言で全てが変わったんだ。
何もなかった自分は、全てを打ち明けてしまった。ダメだとわかっていても、溢れ出す言葉は止まることを知らない。それでも君は、ただ黙って話を聞いてくれた。何も言わず、頷いてくれた。
気がついた時には、すでに日は落ちていた。君は、
「またくるから。」
と言って、丘を駆け降りていった。
自分も帰ろうと、ゆっくり立ち上がる。不思議なことに、ずっと感じていた体の重みがなくなっていた。上りは引きずっていたその足も、羽根のように軽くなっていた。
それから君は、毎日この場所に来てくれた。色々な話をするうちに、いつしか親友と呼べるほどの仲になった。気づけば自分も自然に笑えるようになっていたんだ。
こんな日々が、ずっと続けばよかったのに……
ヒューと、冷たい風が意識を現実へと引き戻した。
「アリシア!」
君の名を呼ぶ。が、当然返事は返ってこない。
いつのまにか、涙が流れている。止まることを知らず、ただあふれてくる。
視界の隅に、僅かにピンク色をつけた、木の枝が映り込む。ちゃんと見なくても、それが桜の蕾であることがわかった。
遠い日の、君との会話が蘇ってくる。
「別に強くなんてなれなくていいと思う。特別だとか、そうじゃないとか、そんなのどうだっていい。あなたはあなたらしくいればいいんだよ。大丈夫、ずっと一緒にいよう」
その時君が見せた優しい笑顔は、いっそう輝いて見えた。それは、今でも鮮明に覚えている。
「約束、したのにな。」
心に留めておいたはずなのだが、それは、声になり、自分の耳まで届いた。
ベンチに深く腰掛け、俯いたままそっと瞼を閉じる……
「ごめんね。」
かすかに声が聞こえた。
ゆっくりと目を開ける。目を疑った。そこには君が立っていた。あたりは暗く、どうやら夕暮れ時のようだった。
いつの間に寝てしまったのだろうか……
「もう、なんでこんなとこで寝てるの?ほら、帰ろ。」
そう言って、君は、足早に丘を下っていく。
慌てて立ち上がろうとするが、思うように体が動かない。それどころか声も出ない。どうすることもできずに、ただ、当座かる君の背中を眺めていた……
そこで目が覚めた。またあの夢だ。もう何度目だろうか。すでに数えることも放棄している。
この夢を見るたび、君に会えたと言う喜びと、君が遠くへ消えてしまうと言う悲しみ、痛みを、同時に感じていた。
絶望に落ちた心を救ってくれたのも、自分に生きる意味を与えてくれたのも、全部君だった。そう君は光。どんなに遠く手を伸ばしても、届きはしない。そこにたどり着けはしない。でもそれでよかった。たとえ届かなかったとしても、隣にいて、笑ってくれるだけで十分だった。それなのに……
「ねえ、一人じゃ生きていけないよ。」
静かに呟く。
すーっと、穏やかな風が吹き抜けた。行き場を失った独り言は、この風に乗って、どこ変え消えていくのだろう。
不思議な感覚に陥った。空を流れる温かい光にこの体を、心を、包まれた気がした。
「まだそんなこと言ってるの?」
「根拠はないけど大丈夫!」
いつの日か君がくれた言葉たちが、心の中から溢れ出してくる。
見ると、あたり一面、満開な桜で溢れていた。その向こうにうっすらと君の姿が浮かんでいる。
「いい加減に前を向きなよ。いつまで悩んでるつもりなの?」
かすかに君の声が聞こえた。
また、妙な夢を見ているのだろうか。
「前にも言ったでしょ。強くなんてなれなくていい。ただ、真っ直ぐに生きて。それが、わたしの願いだから。」
君は言った。今度ははっきり聞こえた。これは夢なんかではない。君は、これを伝えるためだけに君は……
自分は、なんて情けないことをしていたのだろうか。優しい君と言う存在を使って、自分を縛って。一番辛いのは君のはずだったのに、それなのにどうして……
次に気がついた時には元の丘へ戻っていた。君の姿もない。やはり、また夢を見ていたのだろうか。が、そんなことはもうどうでもよかった。また、君に救われてしまったんだ。
この世界には当たり前なんてものはないんだ。であいがあれば別れもあって、楽しいことがあれば辛いこともある。たとえ絶望して、一人だけ時間に取り残されても、世界は待ってくれない。時計の針は止まってくれない。だから、自分の力で進まなければいけないんだ。
今ならわかる。君はそれを伝えたかったのだと。
「永遠なんてないよ。どんなことにもいつか絶対終わりが来る。辛い日々にも、それに、楽しい時間にも……」
あの日君がそう言った。君は泣いていた。かすかな光を受け、その涙は輝きを見せる。それから君は笑った。その、わずかに悲しみを感じさせる笑顔は、遠い光へ溶け込んで行く。
ひゅーっと風が吹き抜ける。優しく、爽やかな風だった。
溢れだす涙をそっと拭う。そして、空を見上げる。思うのは、「ありがとう。」
君への感謝の言葉が溢れ出してくる。
ひらひらと、桃色の花が降り注ぐ。まるで雨のようだ。いや、それよりもずっと美しい。その向こうに君が立っている。笑っている。手を振っている。
君とここで笑ったこと、決して忘れることはない。それでいいんだ。「生きること」。それが君の望みなら、きっと頑張れる。
どんなに辛いこと、苦しいことがあっても、それを忘れることはできない。でもそれは、楽しいことや、嬉しいことでも同じだ。
そっと立ち上がる。そして、遠くを見据える…
この先も、悲しいこと、辛いこと、きっとたくさん経験するだろう。でも大丈夫。それら全てを受け入れ、乗り越えた先で、また、思いっきり笑えるって。
だから今は前へ進む。全力で生きて行く。
いつか全てを忘れてしまう、その時まで……
明日の世界は桜色 桜飴彩葉。 @ameiro_color
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