第9話 妹の生首


 ワイドショーのテレビカメラの焦点が大きくズームアップされたその時であった。



 何と、そこには、青白い白目を剥き出した若い女性の生首が、赤黒く滴り落ちた血液の海の中に、無造作にポンと置いてあったのだ。



「ギャ、ギャー、こ、これは、人間の、それも若い女性の、生首!



 お、お、おえっ。私、もうこれ以上、こんな仕事なんかできません。

 今日で、レポーターの仕事は、もう金輪際止めます。お、お、おえっ、おえっ!」



 と、女性レポーターが、錯乱状態のまま嘔吐を何度も繰り返し、日本語にもならないような実況を続けている約1~2分間、ズームアップされたその生首は、やはり、前回の蛇谷村での葬式の時の事件と同じように、全く、モザイクもかからないままに全国に生中継されてしまったのである。



 それは当該テレビカメラマンも腰を抜かしてしまい、そのままの映像を延々と中継してしまい、他のスタッフもほぼ同様の状態で、電源を落とす事など、全く思い付かなかったからだという。



しかし、その生首を見た時一番驚いたのは、実は、相川本人だったのだ。



何故なら、その生首は、紛れもなく自分の妹の亜矢のものだったからだ。



 相川は、急激に気分が悪くなり、ベッドの上で嘔吐した。



同室の患者が気をきかしてくれて、ナースコールで、医師と看護師を読んでくれた。


 

 直ぐに、医者と看護師が飛んで来てくれたが、ベッドの横のテレビのワイドショーの番組で、絶叫を繰り返す女性レポーターの話を目撃し、この二人も直ぐに事態を悟ったのである。



 妹の亜矢は両親とともに数回、この病院に、相川の見舞いに来ていたのから、その生首が誰かは直ぐに分かったからだ。


 相川は、とりあえず、鎮静剤を注射してもらい、落ち着いてから、直ちに大阪で大学に通っている麻美に、スマホで緊急の連絡をした。



「あ、麻美ちゃん、僕の妹の亜矢が、亜矢が…」


「妹さんがどうかしたん?」


「首を切断されて殺されてしまったがや!もう、無茶苦茶や、悪いけど、麻美ちゃん、明日こっちへ帰ってこれるんやろか?」



「もう完全に犯人は暴走状態ね。このままじゃ、更に被害者は増えていくかも。わかった、ともかく明日にはそちらに行くからね。それと、真之介さん、例の本『カニバリズムの起源と終焉』を、今日、図書館で探し出してコピーを取ったところなの。

 明日、持っていくから、話はそれからね」と、麻美は落ち着いた声で言った。



 新しい証拠となる本のコピーも持参してきてくれるらしい。今となっては、麻美だけが頼りである。



 6月3日の夜。



 葬儀会場の片隅で、相川と麻美は、再び真犯人探しの話を始めた。

 お通夜での一般客の焼香が終わった後である。井本医師と研修医の井本一(はじめ)も焼香に来てくれたが、急患がいるとかで急いで病院へ先に帰っていった。

 葬儀会場には、相川の親戚だけが残っていたが、相川の両親はげっそりと気落ちしてしまい、皆、そっとしておこうという事で一致していた。



 ただ、相川はさすがに違った。もうこれ以上、犯人に好き勝手はさせられない。そういう思いでいっぱいであった。



 ただ、一言、特筆すべき事が、このお通夜の時に起きた。



 それは、例の南蛇谷村の区長をしている元高校の教頭先生であった藤本区長が、麻美を見て、



「こ、これは、あの恵子、守護恵子様の再来じゃないか?」と大声を上げたからである。


 相川はとっさに、麻美ちゃんは、自分が東京の大学生の時に家庭教師をしていた時の教え子だった人で、現在、大阪の大学の医学部に通っているが、その家庭教師時代に仲良くなったのだと説明した。



 困ったのは麻美の名字である。ここで守護麻美だと名乗ってしまえば、顔といい、名字といい、誰が考えても麻美と実の母親の恵子の関係は自ずと解ってしまう。

 そこで、麻美の名字は、井本として井本麻美と紹介した。無論、井本医師は先に帰ってしまったし、誰も、麻美と井本医師の関係など知らない筈だ。



 だが、藤本区長は、それでも納得せず、どうしても麻美は、守護家と何らかの関係がある人物だと言い張って聞かなかった。更に、次のような不気味な話を、お通夜の参列者達の前で話し始めたのであった。



「私の家の近くに、昨年亡くなったお婆さんがいたが、このお婆さんは、「蛇谷神社」のかっての巫女さんで「霊感占い」では有名な人やったんや。新聞にも取り上げらた事もある。そのお婆さんが亡くなる直前に、不気味な予言を残していったんや。



 その内容とは、

『守護家の娘が、再び、この地に現れる時に、蛇谷村に再び大蛇(おろち)が現わるる、おお、げに恐ろしは蛇神様なり!』、とな。



 この話は、あまりに非現実的な話やったので、私はテレビのインタビューですら話さなかったのやけど、今、ここに確かに守護恵子、いや年齢からして本人で無いのは解っているが、それにそっくりの女性が現れたのは、まさにあの占い婆さんの予言が的中した事になる。



 それだけじゃ無い。その予言には更に恐ろしい殺人事件が語られていたんじゃ」と、大声を上げて話し続けるので、相川は、両手で藤本区長を遮って、




「何を、キリストの再来のような話をしてんですか?あまり馬鹿な話をしていると、また、警察ににらまれますよ。

 


 ともかく、彼女は、その守護恵子とか言う人に似ているかも知れませんが、偶然の一致と言う事もあるがじゃないがですか。あまり馬鹿な話をして僕の大事な妹のお通夜や葬式を台無しにする気ですか?もう、いい加減に帰ってください」



 と、相川も負けずに大声で藤本区長を怒鳴りつけたので、藤本区長は、渋々、葬儀会場から帰っていった。



 さて、この件で、麻美が相川にお礼の言葉を言った後、相川を葬儀会場の待合室に呼んだ。相川に新しい情報を持って来てくれていたのである。

 それは、例の松木医師のM書房出版『カニバリズムの起源と終焉』のコピーであった。わずか数ページのコピーであったが、それを読んだ時、相川は今まで以上に混乱したのである。



 そのコピー部分の後書きに当たる数ページ中なのだが、その後書きの中で松木医師は、自分が、カニバリズムの研究にのめり込むようになったのは、実は、K大学医学部の勤務医師時代に、誰とはここでは相手の名誉のため敢えて書かないが、人肉に異常とも思えるほどの執念というか、執着を持った人間を現実に見たからだと言うのである。


 

 詳しい事は、相手も現に存在している事なのでぼかして書いてあったのだが、どうも、その人物は、大学の実験で取り扱う献体を焼いて喰っていたらしいという噂を耳にしたため、自分でこっそりと確かめに行ったところ、間違いなくその現場をその目で見たと言うのである。



 それのみならず、大脳の研究用に大学で飼っていたチンパンジーの大脳を切開しチンパンジーの脳みそをスプーンですくって喰っていたと言うのだ。



 しかし、この本の話の中身からすれば、今まで相川が井本医師から聞いていた話とは全く真逆の話ではないのか?井本医師によれば、実は松木医師を連想される人物こそが最も、猟奇的で危険な人物であるとの話であったからだ。



 これはいったいどういう事だ!

 


 それに、麻美は、松木医師の最近の写真も、ある雑誌からコピーして持ってきてくれたのだが、その顔写真の面影は、まさに孤高の医学者の面影そのものであり、井本医師から聞かされていたような、猟奇的で変人的な臭いは全く感じられなかったのである。



  ともかく、松木医師の著書によれば、その人物の話を注意深く見ているうちに、単なる好奇心としての人肉への執着心を超えての病的なまでに高められた「人肉嗜好症」と言う奇病の存在を自分自身で確信し、それがこのカニバリズム研究へ徐々にのめり込んでいった最大の理由だと言うのだ。



「ねえ、真之介さん、これって、とても変な話でしょう?」



「ああ全くそのとおりやね、これやったら、松木医師は単なる傍観者というか、全くの第三者であるという事になってしまうのやが、それにしても麻美さんのお父さんと同じ大学の誰かが、そういう傾向だったろ言うのは、どうも、心に引っかかるところがあるなあ……」



「そうなのよ。実は、私もこの本の後書きを見て、あれっ、て思ったのよ。今まで聞いてきた話とは、極端に根本的に違うやろう。全くの正反対じゃん。



 それにこれもあまり言いたくないのやけど、例の、『パルス波発生装置による脳内神経伝達物質の制御実験』は、何も、松木医師独自の研究じゃないらしいのよ……」



「と言うと?」



「あの実験は、その頃、完全否定されていたノーベル医学賞受賞者のエガス・モニス考案の精神外科療法、いわゆるロボトミー手術と言って、簡単に言えば大脳の一部、特に前頭葉を外科的手法によって取り去る治療法に取って代わる新時代の治療法として、この種の研究に関しては日本最難関と言われるT大学と、K大学ともで、お互いに共同研究されていたもので、別に、松木医師だけが関わっていたんじゃないらしいの。



 つまり各々の大学自体が、多額の補助金を貰って研究したらしいの。



 でも、あの当時の技術では、極微量のパルス波発生装置の開発自体や、その制御方法に問題があって、実験は失敗、何人もの死亡者が発生。結局は極秘のまま中止になったらしいんやけど、その研究には、ホントは私のお父さんも、皆、関わっていたんやと。



 だから、すべて松木医師だけが悪いとは簡単に言えそうにもないんよ」



「うーむ、少しづつやけど何かが見えてきたような気がするな?ただ、この話をそのまま延長していくと、結論はとんでも無い事にないってしまんやが……。麻美ちゃん、僕の言いたい事、少しは分かるやろ」



「ええ、私も信じたくはないんやけど、何か、一番そうあってほしく無い方向に、話が向かっていかざるを得ないようね」



「しかし例えそうであっても、それにアリバイの面からも、色々とクリアしなければならない事がまだ沢山残っている。



 ともかく最大の謎は、一体犯人は、何故、このような残虐な事件を引き犯さなければならなかったのか?一体、その爆発的な残虐行為の心理的動機は何なのだろう?それに、実際にこの事件に関わった実行犯人は他に誰がいるのであろうか?



 それとも、犯人はやはり単なる行きずりの変質者に過ぎないのだろうか?僕としては、そうあって欲しいと言う思いは山々なんやけどね」



「うーん、それは、私にも今のところ、考えがつかへんわ」


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