第7話 相川の推理


「と言う事は、相川君、君は真犯人の目星がついたのかね。 松木医師や蛇之道医師以外の誰かとでも?」



「まあ、何とかね。それより、井本先生、いや、お父さんと呼ばせて下さい。今すぐにとは言いませんが、麻美さんと、その、ケ、ケ……、結構毛だらけ、猫灰だらけって、一体、僕、何を言ってるんだろう。

 ま、まあ、それは置いてといて、さあさあ、小説、小説を書くぞ」



 相川の、訳の解らない言動に、麻美は顔を赤らめながら大声で笑ったが、相川の言いたい事は充分に伝わったのである。

 だが、それはそれ。まずはこの北陸連続幼児猟奇事件の犯人が捕まえられなければ、三人とも、このまま普通の生活に戻れないような感じがしていた。



 しかし、たった二・三日で書き上げるという小説で、果たして、真犯人は特定できるのか?相川の、自身たっぷりの様子に、井本医師も、麻美も、相川の真意が分からなかったのである。



 その日の22日の夜、相川が帰った後、すぐに麻美のスマホに相川から緊急のメールが届いた。ともかく危険が迫ってきている可能性があるので、スーツバッグに荷物を詰めて、トレパンとスニーカーを履いて、こっそりと病院を抜け出せるよう指示がしてあった。今から車をUターンして迎えに行くと言うのである。



 危険が迫っているとは……?詳しい内容は、まだ、確認できないが、ともかく蛇谷村の大蛇伝説と密接な関係がある麻美本人への、何らかの危険性が迫っている危険があるとの内容であった。相川は、病院の裏口に車を止めて今から麻美の部屋まで迎えに行くとの事。



 当の麻美は半信半疑であったが、ともかく信頼する相川からの連絡であるである。すぐに、軽装に着替えて、相川の合図を待った。

 麻美の部屋の窓を叩く音がした。顔を確認すると相川本人である。こっそりと、病院に併設されている井本医師の住宅から抜け出した。まるで、サスペンス劇場のテレビ番組の一シーンのようである。相川は、唇に一指し指を立て、声を出さないように合図していた。



 車に乗ってから、麻美が聞いた。



「真之介さん、いったい何やったん。こんな夜遅く、独身女性を急に呼び出すなんて」


「いや、ごめん、ごめん。だけど、どうしても麻美さんの身が心配で、急に呼び出したんや」



「それじゃ、真犯人の目星がついたとでも?」



「うん、まだ完全にとは断言ができんがいけど、どうも犯人は、僕らの極身近にいるようなんや」

 

「まさか、お父さんなの?血液型がAB型やしね」



「それは無いよ、大事な麻美さんのお父さんなんやしね。ただ、ここは、今、直ぐにお父さんにスマホで電話するか、メールして、ある事を調べてほしいんや」と言って、相川は、ある事を麻美の耳元で呟いた。



「と言う事は、真之介さんは、あの人を疑っているんやね?」



「そう、でも、今のままでは一連の事件の動機が解明されない。

 それに、そもそも、一体、麻美さんのお父さんとの接点が分からないがや?だから、この点を直ぐに確認して欲しいし、それに、麻美さんのお父さんにも危険が迫っているかも知れないやろ。それも、直ちにメールか何かで送っておいてほしいんや。僕と一緒にいる事も含めてね。

 ともかく一刻も時間が無い」



「分かった、ともかく、聞いてみる」と、言って、麻美は、スマホでメールを送った。



 直ぐに、井本医師から返信メールが届いたが、その内容に、相川は愕然とした。



 相川の予想したとおり、真犯人とおぼしめき人物は、かってK大学医学部付属病院に勤務歴があった。ここに、井本医師、それに、多分、麻美との何らかの接点が、急浮上してきたのである。



「そうか!こんな接点があったんか。さいけど、では一体どうして、あんな残虐な事件を引き起こす理由があったのかは、まだ不明やな。でも、麻美さん、僕の推理が当たっている事は、ほぼ、間違いがない。犯人は、あの残虐な一連の幼児虐殺の真犯人は、まさなに、あいつなんや」



「分かったのね?」と、麻美が聞く。



「で、麻美さん、今日は泊まるとこは無いから、僕んち(家)に来る?」

「しゃあないけど、どうも、真之介さんの家しかあらへんもの、そうするわ」



 相川は、麻美を自宅に連れて行って、両親に会わせたのだが、夜遅くに、あまりに美人の若い女性を連れてきたため、女性誘拐事件を自分の息子が引き起こしたのではないか?と、両親は絶句した程である。



 まあ、それはこの一連の話とは関係がないので省略するが、離れの部屋を片づけるは、布団を引っ張り出すわで、両親と相川の妹はてんてこまいであった。



 その混乱をよそに、相川は、電話帳・住宅地図から、犯人の家を調べあげた。

 明日は、日曜日である。一日、そいつの行動を見張るつもりだった。双眼鏡やデジカメは勿論、即、食べれる食料やコーヒー缶をコンビニで買った。



 5月23日の午前6時。相川は自宅で軽い朝食を取ったあと、昨晩のうちに目星をつけておいた例の犯人を朝から見張るつもりでいた。今日は、一体、どんな行動をとるのであろか、自分の目で確かめたかったのだ。



 早朝のテレビニュースでは、合同捜査本部で今までに約200人近くの変質者や犯罪歴のある者を調べ上げたが、誰も彼も、血液型やDNAが一致しなかったり、アリバイがあったりして事件の捜査が極めて難航しているとの報道であった。


 

 家を出るとき、両親と妹に、麻美の身の安全を図るためにと、自宅から一歩も出さないように頼んでおいた。麻美には、タブレットも手渡した。今までの経緯をまとめてもらう必要もあったのである。



 当日の朝6時30分、相川は、犯人とする人物の家の前で車を止めて待っていた。今日一日の行動を見張るつもりだった。



 6時45分に、そいつは大きな荷物を持って、自宅から出てきた。

 いやに重そうな感じである。車に乗り込んで、犯人は移動を開始した。行き先は、この道順から判断すると、井本精神神経科病院の方であった。単に、病院に行くだけのか?



 しかし、病院に着いて車から降りる様子を双眼鏡で見ていた相川は、そのレンズの中で鬼のような形相の犯人を見たのである。今までの穏和な表情とは全く異なった別人のようであった。しかも、それだけでは無かったのだ。



 何と、ズームアップした相川の目の前で、その犯人は、急に全身がワナワナと震え始めたではないか。犯人は、震える手でポケットから小型の機械らしきものを取りだして、その中のボタン電池を入れ替えようとしていた。その機械からは極細いリード線が4本出ていたが、その先は、何と、犯人の後ろ髪の中へと繋がっていたのである。



こ、これは、もしかして、松木医師が発明したと言う、例の機械、あの『パルス波電流発生電極埋め込み装置』ではないのか?


 そうこうしている内に、ボタン電池の交換が済んだのか、ふるえは止まり、犯人は大きな荷物を抱えて非常用の出入り口から病院の中に行っていった。一体何をする気だろう。



 その時である。病院の一角から急に火の手が上がった。その場所は、病院と併設されている井本医師の住宅であり、つい、昨日まで麻美が留まっていた部屋の付近であった。


 

 相川は、スマホで井本医師を起こしながら病院へと走った。直ぐに病院から逃げ出さなければ危険だ。消防署にも緊急通報した。しかし、火の手はあっと言う間に、病院を包み込んでいった。さっきの大きな荷物の中には、多分、ガソリンか灯油を入れたペットボトルか何かが入っていたに違い無かったのだ。



 病院の窓ガラスを叩き割り、病院に飛び込んだ相川の目に信じられない光景が飛び込んできた。何とそこにいたのは、正にあの真犯人と思われる人間だ。



 一人のこの病院勤務の看護師の内臓を取り出して、その内臓を貪り喰っている光景である!



 犯人は、金属製の鋭利な大蛇の入れ歯のような器具を使って、煙と炎でむせかえるような暑さの中にもかかわらず、ゆっくりと、まるで大蛇が人肉を貪るように、両手でその器具を使って器用に血でドロドロに濡れた内臓を掴みだしていた。



 内蔵を掴み出すたびに、看護師の大腿部がピクリピクリと痙攣した。その内臓をさも旨そうに自分の口に運んでいる。



 う、うわっ!人肉を食っている。こ、こいつは、既に人間じゃねえ!化け物だ!



 しかし、これ以上ここにいたら自分の身も危ない。相川は、一人でも入院患者を助けだそうと思ったが、それは不可能だと気付いた。ここはともかく引き下がるしかない。



 同日午前10時。病院の火は鎮火した。相川は、井本医師と、病院の火事を知って駆けつけた麻美と自分の妹の、4人で病院を遠くから眺めていた。



 入院患者15名と、職員2名が焼死、その内の一人は、火災による死亡でなく頭部を鈍器で割られての殺害、つまり先ほどの内臓を食べられていた看護師のもので昨晩から今朝にかけての夜勤の看護師だった。その他重軽傷者が23人いた。



 しかし、真犯人と思われる人物、つまり渡辺婦長の死体は、ついぞ発見されなかったのである。

 現場に駆けつけた警察に、相川は、手短に昨晩から、今朝に至るまでの事件の顛末を話をした。



5月24日の朝のニュースで、昨日の井本精神神経科病院の放火事件と、北陸連続幼児猟奇殺人事件の真犯人として、渡辺婦長が全国指名手配された。そのニュースの中で、渡辺婦長が事件に使ったと思われる金属製の大蛇の歯のような器具、つまり金属製の入れ歯様の器具のイラストが映しだされていた。その付近には、唾液や精液の入ったスポイトが燃えずに残っていたと言う。



 このスポイトに残っていた唾液や精液は、内臓や脳を食ったあと、それを幼児の死体に垂らして、別人に見せ掛けるためのものだろうという警察の見解であった。で、多分、入院患者の内の誰かから採取したものだろう。この唾液や精液に関しては、直ちにDNA鑑定に回されたのでこの推測が合っているかどうかはすぐに判明される筈だ。

 


 これに関連しては、3月末に起きた、歯科技工工場の放火殺人事件との関連性も疑われた。しかし、それは、今後の捜査によるとされた。



 真犯人は分かった。しかし、あの業火の中から脱出したとして、一体、どこえ消えてしまったのか、合同捜査本部の懸命な捜査が続いたが、神隠しにでもあったかのように忽然として消えてしまったのだった。



 幸い、井本医師が今の大きな病院を建てる前に住んでいた診療所兼住宅がまだ残っていた。井本医師はしばらくはそこに住む事となった。学業の関係でこれ以上大学を休めない麻美は、大阪へ帰る事になった。



 ……いやに周囲が白っぽいな。



 相川はボンヤリと目を覚ました。



 しかし、周囲の妙に白っぽく眩しい光に、ビックリした。ここは、一体どこだ!

 そして、自分の周りに、両親を始め、自分の妹の亜矢や、麻美、井本医師までいたのに驚いた。



「真之介さん、大丈夫?」と、まず麻美が心配そうに聞いた。

「ここは、どこです?」と、呂律の回らない言葉で相川は聞いた?



「お兄ちゃん、交通事故に遇ったがよ。居眠り運転で、電柱に衝突したのよ……。でもシートベルトとエアバッグのおかげで何とか軽症で済んだがいと」



「う、うーん、頭が痛くて思い出せないがいけど、そうけ、誰か他人に怪我させなかったがいけ?」



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