第6話 ベッド・デティクティブ
「どうも、今までの状況から推論すると、最終的には、松木医師が一番怪しいと言う事になりすちゃね」
「ええ、極一般論のプロファイリングの理論からすればねえ。でも、私、今日になってどうも少し違うような気がしてきたの」
「どうしてです。麻美さん。あれほどプロファイリングの理論からも、松木医師犯人説を力説してあなたが、そう、急に弱気になるなるなんて?」
「だって、真之介さん、私、最も重要な事を見逃していたんよ」
「最も重要な事って?」
「それは、要するに、これが本当に頭の良い人間が考えて実行した犯罪なら、自分から進んでバレルような話をしないと思うんよ。でしょ。
例えて言えば、この一連の事件を一つの小説として考えてみたら良く分かると思うの。
探偵小説や推理小説の常套手段でもあるけど、最も犯人らしい人が実は真犯人じゃなくて、全く目立たない人が実は真犯人って事しょっちゅうでしょ。
そう考えてみると、昨年の暮れの医学雑誌に、わざわざカニバリズムの論文を発表した松木医師が真犯人である可能性は、逆に、非常に低いと言わざるをえないのよ。
だって、今から泥棒に行くのに、「泥棒に行ってきまーす」と宣言していく人なんかいないもん。
そう考えると、松木医師は、あれほど超過激な医学論文を発表している事からも、絶対に真犯人ではないって思うようになったんよ。
実は、私たちの全く気にもとめないような人物こそが、実は、本当の犯人じゃないのかってね。例えば私のお父さんのような……」
「おいおい、麻美、滅茶苦茶言うなあ……、お父さんにはちゃんとしたアリバイがあるんだから」
「うん、これは冗談で言っただけだから、怒らんといてね」
「そうですか。実は、僕、松木医師が、昨日、行きつけの理髪店に行った時にカットされた頭髪を入手しているんです。例の私立探偵社からね。で、これを、僕の県警のおじさんに経緯を話してDNA鑑定を行ってもらおうと思っていたんですが、じゃ、これ、没と言う事になりますちゃね」
「でも、万一という事もあるから、折角、手に入れた証拠なら、勿体ないし確認してみる価値はあるかもね、でも、多分、DNA鑑定でも被害者の幼児達に残されたものとは、100%一致しないでしょうね。この私は、まだ大学の医学生だけど、そう考えるは。
犯人は、もっと別のところにいる。で、その真犯人は、必ずや、蛇谷村の大蛇伝説に何らかの関係がある人物でしょうね」
「もしかした、麻美さんのお母さんの同級生か先輩かも知れませんね。
実は、一人怪しそうな人物がいるらしんです。僕の、職場には、前にも言ったように麻美さんのお母さんの高校生時代の同級生であった人が勤務しているんですが、その人に聞いたところ、お母さんの恵子さんは、麻美さんと同じようにもの凄い美人だったから、個人的な恋愛感情を抱いていた男性は山ほどいたそうです。
その中の一人に、大変、変わった人物がいて、その人の話では、そいつが最も怪しいのではないか?との個人的な感想も聞いてきておるがです」
「どういう具合に怪しいの?」
「まあ、はっきり言えば完全な変人と言うか変態だそうです。頭は、大変に良かったそうですが、何しろ性格がとても変わっていて、高校生時代のあだ名は『変人28号』だったとか。年齢は恵子さんの二年先輩だったそうです。
ともかく、そいつならやりかねないとの話でした。ただ、これも、松木医師の話と同じで、果たして本当に真犯人かどうか?僕には、何とも断言ができませんが……。
高校卒業後、二浪してK大学の医学部に進学して、現在、富山県T市で形成外科医と美容外科をしているそうです。
まあ、この外科医、名前は蛇之道(じゃのみち)亘と言うんですが、医者を目指した動機が、麻美さんのお母さんの恵子さんに振られたのがその切っ掛けだったとかで、医者になって見返してやるとか何とか言って、その後、一念奮起して医学部に合格、やっとの事で恵子さん似の美人女性と結婚したそうなんです。
が、何しろ『変人28号』のあだ名のとおりの人間で、その結婚式に呼ばれていた新婦の級友でもあった僕の職場の女性の先輩がお酒を注ぎに行ったところ、蛇之道医師は、その勧められた酒を拒むために、自分のお猪口を右手で覆って、
「ワ、ワシ(私)、今晩、新婚旅行先で、この美しい嫁さんとやりまくるので、ワ、ワシの大事な体力を、今は温存しとかんなあかんがや、さいから酒だけは勘弁してや、えっへへへへ…」
「と、恥も外聞もなく、言ったそうです。何と、現役の医者がですよ」
「もう、真之介さん、それって、独身女性の前で言う言葉じゃないやん!」
「ごめん、ごめん。ただ、それ程、変人だったと言う事です。
それに、この蛇之道(じゃのみち)という名字からも分かるように、この外科医は南蛇谷村の出身だそうです。が、何しろそんな変人でしょ。
結婚後、たった一年で離婚されてしまった。
つまり、毎夜毎夜、あまりに変態的な行為ばかりを求めたために、そのお嫁さんが気持ち悪がって逃げ出したそうです。勿論、これは、後に人から聞いた話ですけどね」
「でも、形成外科医、美容外科医ね?それだったら、ありそうな話やね。
外科医なら、色々な手術用具も持っていそうだし、第一、あんな残虐な死体状況でも、何のためらいもなく簡単に作り出せるやろうし。
ねえ、真之介さん、その同級生の蛇之道(じゃのみち)亘の情報を集めてみて。私、これ以上は大学は休めないから、メールかラインで情報を送ってね。はい、これが私のスマホのメルアドとラインよ。お互いに交換登録しましょう」と、麻美。
「そうか、麻美さん、もう直ぐにいなくなるがやね。本当に、本当に残念やなあ」
「ちゃんと電話するし、私からメールやラインは送るから、だからそう言わんといて。で、私は真之介さんからの情報を元に、推理してみるわ。
でも、今の私たちの置かれている状況って、ベッド・デティクティブの小説みたいでしょ。まるで私達全員が、本当に探偵小説の世界にどっぷり入ってしまったようね」
「そうだ。正に、探偵小説や推理小説の世界かもしれんなあ。
こんな北陸の片田舎であんな残虐な事件が連続して起きるなど、通常では考えられないもんなあ……。しかも、これがどうも、あの蛇谷村の大蛇伝説と何らかの関連があるとしか思えないのだから、事はもっと複雑怪奇なのだ。
一体、誰が、蛇谷村の大蛇伝説に関連付けて幼児を殺さなければならなかったのか?
その動機が全く解明されない。私にはこれが単なる変質者の行きずりの行為とはどうしても思えないのだ。
恵子か、麻美か、のどちらかに何らかの接点がある人物の犯行には違いないと思うのだが、そして犯人は今も息を潜めて次なる獲物を狙っている筈だ」と、井本医師。
「ともかく、先ほどからの僕らの考えでは、松木医師か、あるいは恵子さんの同級生の蛇之道医師か、そのどちらかが真犯人と思うんですが、それとも、ここに全く別の第三者が入り込む余地があるんでしょうか?
うーん、でも何かが、うまく噛み合わないんだようなあ……。
麻美さん、そう考えてくると、何か、僕らの全く想定していない人物こそ真犯人じゃないかと言う気がしてました。探偵小説や推理小説では、結局、そんなストーリーで終わる事が多々あるでしょう。
で、そう言う、僕自身も、実は、血液型はABなんです。更に、昔から蛇谷村の大蛇伝説に異常な興味を抱いていました。
今、ここで、白状します。正に、この僕こそ真犯人だったがです!」と、相川が宣言した。
応接室は、一瞬にして、沈黙の空間となった。
麻美など、あの美しい顔から血の気が引いた程である。
「なーんちゃって。そんな事ある訳ないでしょ。ただ、コレぐらいの発想の大転換をしないと、今回の真犯人には到達できないのはどうも真実のようです。
麻美さん、来週、大学に戻られたら、例のプロファイリングの理論をパソコンでデータベース化して下さい。
そして、僕なりに集めた情報を、それにどんどん入力して欲しいんです。そして、ここが肝心なところですが、最も犯人でないと思われる人物こそ真犯人となるようなフローチャートと言うか理論を組建ててみて欲しいがです。……多分、これが、ひょっとしたら最も真犯人に早く到達できる近道になると思うがです。
できれば、最新のチャットGTPに質問する手もありかもね……」
「分かったわ、やってみる」
「ようし、それなら、もうあと一頑張りだな!」と、相川がドンと応接机をたたいた時である。机の上にあった数冊のファイルの一冊が、勢いで応接机の上から滑り落ちた。 急いでそのファイルを取ろうと身をかがめた相川に、
「真之介さん、スカートの中、のぞかないでよね」と麻美が冗談で言った。
「僕、『変人28号』ですか?そんな事しませんよ」と、相川が大声で反論した正にその時である。相川は、応接机の下に、非常に小さな物体をめざとく見つけた。
(こ、これは……)
声には出さなかったがが、それが何かは、相川には直ぐに分かったのである。
相川は、頭の中で、今までの事件の謎の大部分が、急に連結したように感じたのだった。
分かった!分かったぞ!
やはり、自分の推論、一番真犯人でなそうな人物こそ真犯人であるとの理論に、真理があるのはどうも間違いが無さそうだ。
しかしそうは言っても、ではその相手の狙いや動機はどこにあったのか?一体、何のために幼児を惨殺したのか?そもそも守護恵子や麻美や、例の蛇谷村の大蛇伝説にどういう関係があったと言うのだろう……。
「麻美さん、24日から大学へ戻るの、もう少しだけ待ってくれませんけ?」
「どうして?」
「今までの経緯から推論して、僕なりの犯人像をまとめた小説を、この二・三日で書いてみようと思うんです。題名は、蛇谷村の大蛇伝説にちなんで『蛇神、再び』とでも名付けて、そんな小説ですが、これを探偵小説や推理小説風にして、その中で、真犯人を特定してみたいと思うがです」
「真之介さん、たった二・三日で書けるん?それに市史編纂室の仕事のほうは?」
「一応、僕、これでも元雑誌社勤務だったんですよ。結局、倒産しましたけどね。
なあに、市史編纂の仕事のほうは、完成が来年の三月末までですから、大丈夫、充分に時間があります。それよりも、この小説で、真犯人を名指して暴いてみせます。
犯人は、お前だ!とか言う具合にね」
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