第14話

 数日後。

 青空の下で剣戟の音が響き渡る。


 もちろん音を鳴らしているのはアリシアとカミュで、昨日と同じようにアリシアが怒涛の勢いで打ち込んでいる。


 数日前と全く同じ光景。


 間違い探しをするとすれば、離れたところから見ている俺の手と脇にそれぞれ一冊ずつ本があるということと、剣戟を眺める目にうっすらとクマが出来ていることだろう。


 結局、昨日も一睡もせずに本を読んで一夜を明かしてしまった。


 短いながらも仮眠はとっているが、それでもほぼ徹夜同然だ。


 うっかり出てしまいそうな欠伸を噛み殺しつつ、読書休憩の合間に二人の打ち合いを既視感デジャブを抱きながら眺めている。


 そんなので大丈夫なのかと思うだろうが、俺とカミュに課されている護衛の職は、ほぼついでのようなものなのだ。

 それにちらほらと衛兵の類が城内を見回っているのを目撃しているので、俺が働かなくても大丈夫そうだ。


 特にカミュはこの世界でもそれなりに強い部類に入る剣士だそうで、そこらにいる雑魚ならカミュ一人でも十分に対応できるということをアリシアから聞いた。


 だが睡魔は変わらず俺を襲っている。


 どれくらいかというと立ったままでも眠れるくらいだ。


 そんな睡魔を意識で抑え込み、斬れない剣戟をBGMにして開いた本――魔術教本を読み進める。


 徹夜のかいあって既に基礎編は読み終え、応用と発展も八割がたは読了。

 大まかな事柄は記憶している。


 基礎のほうには魔術の行使についてなどが最初に記されていたが、体内の魔力を消費し、魔術を行使するというアリシアの説明で十分に事足りるので割愛しておこう。


 問題はそこから先――俺の知らない情報や、知っているが細かくは聞いていない部分についてだ。


 まず、魔術には細かい分類がなされている。


 これはいわば、魔術の属性や性質によって樹形図のように細かく分類付けされている。


 だが魔術を簡単で大まかに分類しようとすれば、火・水・風・地・無のたった五つの属性で事足りる。

 アリシアが言っていた五大元素というやつだ。


 あらゆる魔術は絶対にこの五つのどれかに区分することができる。

 それぞれの属性の詳細はこうだ。


 火属性。

 文字通り、火を使った魔術を司る属性。


 水属性。

 水を使った魔術を司る属性。

 氷を使った魔術もこれに該当する。


 風属性。風の魔術を司る属性。


 地属性。土の魔術を司る属性。


 無属性。

 先述の四つの属性に当てはまらない魔術を司る属性。


 最初の四つに分類されるものは火魔術や水魔術など、名称から想像できるような物なので、どういう特徴や性質を持つのかが分かりやすく問題はない。


 だが無属性の魔術は他の四つとは反対にかなり数が多く、そして性質もバラバラだ。


 なんせ性質がある程度想像できる四つ以外のすべてがこれに当てはまるのだ。

 無属性の魔術で有名なところを挙げてしまえば治癒や呪い、使役系の魔術などがこれにあたる。


 この分類は魔法も含めた魔導の術すべてに適応されている。

 要は魔導の大まかな分類として使われているというわけだ。


 考えてみれば魔術は魔法から派生した技術。

 この五大元素の分類は元々、魔法の識別に使われていたのだろう。


 そして驚くべきことに人間もこの五大元素を持ち合わせている。


 教本によるとこの五つの属性は人間の中にも内包されており、それによって人それぞれに得意な魔術と苦手な魔術が生まれるらしい。


 例えば地属性を持つ人間が魔術を学ぶと、地の属性の魔術が得意になるという風にだ。


 その事を踏まえてアリシアに何の属性かを訊いてみると、


「私は火属性よ。だから燃やす系は得意」


 と、返答が返ってきた。


 わがままで傲慢なお嬢様には確かに火が一番似合うと茶化すと、焼き討ちに遭いそうになったので、それ以降属性の話はしていない。


 彼女に冗談の類は通じなのだろうか。

 誰もアリシアのこととは言っていないのに。


 この質問をカミュにもしてみると、


「私は風と、地の属性だ」

「二属性、持っているんですか?」

「あぁ、と言っても最近分かったから特に気にしているわけではない」


 カミュは素っ気なく言ったが、二つの属性を持ち合わせているのは非常に稀有けうだ。


 というのも、生物には生まれた時にそれぞれ均等に五大元素が宿っているそうで、それが成長する過程でひとつの方向へと偏っていくのだ。


 そしてこの方向性は土地――言い換えれば周りの環境によって変動する。


 水が近くにあるところや水によく触れていた者は水属性を持ちやすいといった感じだ。


 その中で二つの属性の特性を同時に持つというのは非常に難しい。


 まぁ、カミュの本職は剣士で、魔術は補助的にしか使っていないそうなので大して変わらないそうだが。


 ついでに言えば、これはあくまで傾向なので一概には言えないらしい。


 人間の中にあるという属性は目に見えないものなので、あくまで指針程度の意味しか持たないようだ。


 話を元に戻そう。

 人間の中の五大属性が魔術の得手不得手を決める(らしい)。


 ならば、無属性が一番得な属性なのではないか。


 残念ながらそれは違う。


 無属性以外の四属性には、特殊な『加護』とも呼べる能力がある。


 早い話が土地が何らかの属性を持ちうる場合は、その属性が優位に立つ場合があるということだ。


 例えば、水の属性を持つ魔術師が水の多いところでは少ない魔力消費で水魔術を行使できたという報告があるという。


 教本ではこれはその土地にから発する魔力源が関係しているとされている。


 確かに魔術は魔法から、魔法は精霊の地脈による神秘から来ている。

 なら地脈が魔導に影響を及ぼすのも理解できなくはない。


 つまりは無属性が特別有利なわけではない。


 なんでもそれなりに出来るというのは、なんでもそれなりにしか出来ないということでもあるのだ。


 で、俺の属性はそんな普通とも呼べる無属性だそうだ。


 そして五つの属性に分かたれた魔術は、さらにその術の持つ性質や特性によって細分化される。


 ここまで来ると、もはや犬をイヌ科イヌ目と分類していくのとさして変わらない。


 何度か読み返したが、魔術の知識の少ない俺では手に余るので読み飛ばした。

 この部分については今日、アリシアから話を聞こう。


 もしかしたら習うより慣れた方が早いかもしれないが、どっちにしろアリシアの助力は必要だ。


 そうしていると数日前と同じような音が響き、見るとアリシアが盛大にずっこけていた。


「…………はぁ」


 なんとなく溜息をついていた。


 この数日、同じような光景を何度か見ている。

 ここまで一緒だと、もはやそうなるように仕向けられているとしか思えない。


 見ると、剣を受け流したカミュも同じように溜息をついていた。

 アリシアは顔を土で汚しつつもめげずに立ち上がるが、カミュはそれを手で制し、一言二言交わすとアリシアを連れてこちら戻ってきた。


「どうかしたんですか?」

「姫様の剣が鈍っているのでな。

 予定変更だ。今日の剣術はここまでにして魔術の訓練をする」

「……いいんですか?」


 訓練を始めてからそんな時間は経っていない。まだ二時間ほどだ。

 まだ魔術の授業までには空きがある。


 それなのに魔術の訓練に移行するということは、今日の剣術の授業分を潰すということだ。


「構わん。お前が目覚めてからというもの姫様が集中できていないのがまるわかりなのでな」

「ちょ、ちょっと何言ってるのよ! 私はちゃんとやってる!」


 後ろからアリシアが小声で抗議をする。

 と言っても、本人は小声で言っているつもりなのだろうが、こっちまで筒抜けだ。


「私を侮ってもらっては困ります。剣には心が出るんです。実際、姫様の剣は焦っている」

「それは……、調子が悪いだけよ……」


 図星だったのか、アリシアが目を逸らすとカミュは落ち着いた口調で諭すように言葉を続ける。


「姫様、もっと落ち着いて剣を振るってください。

 いまは私が相手だから構いませんが、これが本当に命のやりとりならただでは済みませんよ」

「…………」


 まったくの正論にアリシアは黙りこむ。


 考えてみれば、アリシアは王家の人間なのだ。

 命を狙われるようなことがあってもおかしくない。


 俺たちのような教師と護衛を兼任できるような人間を傍に置く時点でそれは明らかだろう。


「分かりました。

 カミュがそれでいいというのなら、使わせてもらいます」


 俺は黙ってしまった二人の間を塞ぐようにそう切り出して、うつむいたままのアリシアの肩を叩く。


「お嬢様。そういうことなので今からは魔術の勉強です。俺に魔術を教えてくれませんか?」

「……わかったわ」


 そう答え、顔を上げてくれたアリシアに俺は付け加える。


「ですが、先に水浴びをしてきてください。顔が汚れたままですよ」

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