第13話

 いつの間にか夜になった。


 俺はベッドに半身を起こして座っている。

 部屋はロウソクの明かりでぼんやりと照らし出されていた。

 電灯のそれに比べると心もとないものだが、仕方ないことだ。


 隣にはアリシアが課題として提示した五冊の本があり、その中の一冊を手に取ってみる。


 表紙に記された文字らしき記号は日本語には見えない。

 むしろ英語に似た文字で、タイトルと思しき羅列が乗っている。


 すっかり忘れていたがここは異世界だ。

 この世界の言語を知らない俺にはなにかの暗号か、アートの一種にしか見えない。


 つまりはまったく読むことができない。

 ――はずだった。


「魔術教本・基礎、第三版…………」


 何故か読めた。


 偶然かと思って本を開いたが、中学、高校の英語の点数はからっきしだったのに、記述されている異世界の文章は問題なく読めた。


 英語に似たこの世界の言語をスラスラと読める。

 まるで元から知っているように。


 俺はもちろんこの世界の言語は知らない。

 だというのに読めるというのは実に奇妙で薄気味悪かった。


「まぁ、読めるのなら問題ないけど……」


 呟いてからふと、ある考えが浮かぶ。

 もしかしたら俺は、体の持ち主であるジークという人物の知識や経験を少しばかり引き継いでいるのではないか。


 俺は物語などで見られるような完全な転生者ではない。

 どっちかというと幽霊のように魂が他人の体に憑依したというニュアンスのほうが明らかに合致している。


 つまり俺は、完全にはジークの体を完璧に乗っ取ることはできず、人格の上書きが完全には出来なかった。

 だから、ジーク・ラングランドの取得していた一部のスペック――例えば語学などがそのまま残った状態なのではないだろうか。


 そういえば、ここは異世界のはずなのに俺は普通に日本語を話している。

 それなのにカミュやアリシアとの会話は成立していた。


 アリシアたちが話している言語が日本語なのか、それとも俺の頭のなかで自動翻訳でもされているのだろうか。


「って、いま考えるのは、そっちじゃない」


 頭を振って気持ちをリセットさせる。

 いかんとも思考が逸れてしまう。


 気をとり直して、目の前の本に意識を集中させる。


 渡された本は五冊。


 一冊目は、手元の『魔術教本・基礎 第三版』。


 これは名前の通り、魔術に関しての教科書だろう。

 パラパラとめくっていると、火や水などを使った魔術の説明がされている。図説なども少しだが入っているので、これを最初に読むべきだろう。


 二冊目は『魔術教本・応用と発展』


 基礎のほうに記述されていない治癒魔術などについて書かれているらしい。

 今の俺の立ち位置からしてこの二冊の知識は必須だろうが、こっちのほうは基礎を読んでからのほうがいいだろう。


 三冊目は『ノーデンスの手記』


 手記と書かれているが簡単に言えば、ノーデンスという人物が世界を巡って書いた旅日記のようなものだ。

 これはいまのところは必要ないだろう。


 四冊目は『世界の伝説と神話と歴史』


 世界の伝説や歴史について記述された本。

 これは中学や高校の歴史の教科書に神話や伝説の話が付加されたものだと考えればいい。

 これは魔術の生まれた経緯を考えるのには使えそうだ。


 五冊目は『戦乙女(いくさおとめ)の伝説』

 これは他の教科書とした本とは違い、影絵の入った絵本で、アリスと呼ばれる一人の少女が出会いと別れを繰り返し、やがて戦争で活躍し、勝利するまでを描いた英雄譚。


 魔王を打倒する勇者の伝説の女性版といったところだろう。

 この本だけはよく読みこまれた形跡があるので、単純にアリシアの趣味のような気がする。


 この本についても四冊目の分でカバーできそうなので後回しにする。


「……多いな」


 『戦乙女の伝説』と『ノーデンスの手記』を後回しにするにしても三冊。


 しかも、三日後までにすべてを頭に叩きこまなければならない。

 考えるだけでもため息が出る。


 最初に魔術教本を読み込むとして、一日に一冊半分を読まなければならない。

 しかも魔術教本二冊は辞典並みの厚さだ。

 これは徹夜コース確定だろう。


 ちなみに俺は徹夜は苦手だ。

 フリーターをやっていたくせに規則正しい生活を怠らなかったせいで、徹夜をする必要性がまったくなかったのだ。


 なので、俺の徹夜スキルの練度はそんなに高くない。

 げんなりしつつも、なけなしの徹夜スキルを使って俺は広げた魔術教本のページをめくり始めた。

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