第12話

「あー! 疲れたー」


 脱力するようにアリシアは俺のベッドに座るとそのまま手足を投げ出す。


 気が抜けたのか、子供のようにベッドをごろごろと転がり回った。

 そんな彼女に俺は投げかける。


「魔術の師を教えてみてどうでしたか?」

「なんというか、不思議な感覚ね」

「まぁ、そうでしょうね」


 俺は同意の意志を示す。

 奇妙だということは俺も同じだ。


「にしても慣れないことは疲れるわ」

「疲れるのなら、無理に役を演じなくてもいいじゃないですか」

「それじゃあ、面白くないじゃない」


 そう呟くと、彼女は子供っぽく口を尖らせる。


「たまにはいつもと違うことをしてみたい。違う自分になってみたい。そんな気持ちになる時があるじゃない? そんなことあなたにはない?」

「そう思うのなら、お嬢様は将来いい役者になれますよ」

「そんなお世辞じゃなくて、私はそう思わないかどうかを聞いているの」


 俺の茶化すような言葉に意を返すことなく、アリシアは強引に答えを求めてくる。

 俺は肩をすくめつつ答える。


「思うときはありますよ。正直、さっきのほうのお嬢様のほうが王様の娘っぽいですよ」

「だからそういうのは――」


 アリシアが苦情の言葉を遮るように俺は何かを思いついたように人差し指を立てて、言葉をかぶせた。


「なら言い方を変えましょう。さっきのほうが俺は好きでしたよ」

「なっ……」


 アリシアがガバッと身を起こし、驚いたように目を見開いて口をパクパクさせている。


 おぉ、慌ててる。慌ててる。


 俺は反応の良さに腹を抱えて笑い出したくなるのを堪え、代わりに口元をニヤニヤさせるだけにとどめておく。


 こういう素の表情のほうが年相応の可愛さが出ていいと思うのだが。


 そう思っていると、顔を伏せたままアリシアが立ち上がり、傍らにあった厚さの違う五冊の本を手に取る。

 そして俺の目の前にドンッと置いた。


「あなたに課題よ。これの本に書いてあることをすべて覚えてきて。期限は三日後」

「……み、三日後!?」


 提示された期日に椅子から転げ落ちそうになる。


 本の厚さは様々だが、特に分厚いやつは百科事典程の厚みがある。


 三日ですべて読破しろというのか。


 ありえないといった表情をする俺に対し、アリシアは何処か意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「自分で勉強するんでしょ、なら早く勉強して復帰してもらわないとね!」

「いやだからって、期日が三日後っていうのは……」


 これはいくらなんでもハードすぎるだろ。鬼か、あんたは。


 できるだけ下手したてに申し上げる俺をビシッと指さし、アリシアがぴしゃりと言い捨てる。


「口答えなしよ。あなたは私に仕えてるんだから。これは絶対。もし間に合わなかったら――」


 そこで言葉を切ると、アリシアはズイッと顔を寄せてきて、


「――火魔術で焼いたあとに城の前に放り出して、クビにするから」


 主としての物騒な強権を発動してアリシアはそのまま足早に部屋を出ていく。


 対して俺は口答えもできずにその背中を見送る。


 なんでだろう、特になんの確証もないのにあのお嬢様ならやりかねない気がして仕方がなかった。


 俺はそのまま彼女が部屋から出ていくのをただ黙って見ていた。

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