第11話
「――待ってください。魔術師を、倒した?」
「私の護衛を決めるときにお父様は城で仕えさせている魔術師を打ち負かせるか同じくらいの実力を持つ人としたの。それで護衛役に志願した魔術師や魔法使いが戦うことになったんだけど……」
彼女の話によると、俺もその面接試験に参加していて見事魔術師を打ち負かして護衛役としての席を得たらしい。
「ちなみに俺がどこの出身とかも聞いてます?」
「えぇ、この王国の辺境にあるロトという町の出身で仕事を探しに首都までやってきたって言ってたわ。その時に王国の魔術師募集の話を聞いて、ここに来たって」
「それで見事に認められたと……」
「何度か魔術師同士の戦いを見たことがあるカミュも称賛していたし、お父様もたいそう気に入ってたわよ」
アリシアはまるで自分のことのように胸を張る。
その胸はカミュと違って、発展途上ながらしっかりと膨らみがあるのが分かり、将来は豊かに育つであろうことを暗示している。
……いやいやいや、今の本題はそこではない。
本題はこの体の元の持ち主、ジーク・ラングランドのことだ。
中学生くらいの年齢でありながら魔術が人並み以上に出来て、王様にもお姫様にも気に入られている優等生。
この体になって時々思っていたが、こいつどんだけ高スペックなんだよ。
逆にこの非の打ちどころのなさがすごい。
実は前世は半神半人のどっかの英雄だったりしたんではないだろうか。
ふと打ち破ったとされる魔術師のことが頭をよぎる。
アリシアの父親――つまりは国王のお抱えの魔術師ということは相当な実力者のはずだ。
そんな人物が、辺境の村から出てきたばかりの若造にしてやられたりしたらどう思うだろう。
決して、内心穏やかではないはずだ。
少なくとも俺なら絶対に嫉妬心を抱くだろう。
変に逆鱗に触れたり、恨みを買ったりしてなければいいが。
そうしているとアリシアがこちらをじっとこちらを見ていることに気づく。
「そろそろ魔術の話に戻ってもいい?」
「あぁ、すいません。関係ないことまで聞いてしまって」
本当に話が大きく脱線してしまった。
今は魔術の授業だ。
それ以外のことは後から考えよう。
俺が心を切り替えたことを感じ取ったのか、アリシアはそのまま魔術の話を再開する。
「魔術は大まかにいえば、火・水・風・地・無の五つの属性に分類されています。
これらは五大属性と呼ばれていて、これは魔法に関しても同じです」
「すべての魔術はその五つに分類できるということですね」
「元々、魔術というのは魔法をもっと簡単に発動できるようにするために作られたものなんです。だから魔法は魔術の原型でもあるんです」
「原型、ねぇ……」
この世界には魔法は存在しなかった。
だが、魔法の力の原型を操る者たちはいた。
それは精霊だ。
人間は精霊たちの力を借りて、彼らの使う土地に流れる魔力――地脈を使った奇跡を模倣し、それを魔法として完成させた。
その後、各地で成長しつつあった国家間での戦争が激化。
当時の魔法使いたちは、もっと戦場で臨機応変に使える魔法を作ることを要求された。
そうして生まれたのが魔術というわけだそうだ。
「じゃあ、いまの魔術はあくまで精霊の使っていた術を真似て作られたということですよね」
「そういうこと。
魔術は人間が精霊の術を進化させた結果として出来上がったものなの」
「何というか、実に皮肉ですね」
精霊たちは元々、自分たちのテリトリーを守るために魔法の原型を使っていたそうだ。
それを人間たちに伝えたことで、その後は名を変えて戦争に使われることになろうとは。
やはりどこの世界でも技術の進歩は常に戦争と共にあるということだろうか。
精霊たちは草葉の陰で泣いているだろう。
心の中でまとめつつ、さらに言葉を続けようとするアリシアに手を上げてストップをかける。
「あの、残りは自分で勉強させてもらっていいですか?」
「え?」
唐突な申し出にアリシアは俺を見て固まったが、やがて口を開く。
「私の教え方では不満?」
そう問うてくる彼女の表情は、怒っているようにも泣きそうになっているようにも見える。
いかん。
こういう些細なことで機嫌を損ねるのはあまりよろしくない。
そう判断した俺の脳はすぐさま否定の行動を取らせる。
「いいえ、違います。
むしろ逆です。
教え方が上手いから自分で勉強してみたいんです」
「……どういうことですか?」
「お嬢様の教え方はとても分かりやすい。その歳でここまで理解しやすく教えられるのはたいしたもんです」
いままでの人生の中で、一番わかりやすい授業だったというのは嘘も偽りなく、真実の言葉だ。
今までの教師のなかで一番わかりやすいのが年下の少女の授業であることもついでに置いておいてだ。
彼女自身、前世の小学六年生に比べると圧倒的に出来ているタイプの人間であることと、俺が二十五歳の人間の理解力で聞いているのもあるのかもしれないが、分かりやすかったことは変わりない。
「別に、そんなことありません……」
真正面から褒められたことに照れくさそうに顔を背ける。
俺は機嫌を損ねていないことを確認しつつ言葉を続ける。
「でも、このまま教わっているだけではあなたに頼りっぱなしになる。それは嫌なんです」
教え方がうまいということはある程度のことは気を抜いていても頭では理解できてしまうということだ。
だが、それは俺にとっては死を招く問題になるかもしれない。
なにせ俺は、別世界の人間だ。
なにがこの世界ではダメで、なにがいいのか。
どんな行動が相手の気に障り、どんな行動が気に入られるのか。
動作一つで何が起こるのか、まるで分かっていない。
それにここは王城だ。
一つでも無礼な行為を働けば、即座に首を撥ねるような暴君がいないと誰が言いきれるだろう。
確かに彼女に頼るのはいい手段かもしれないが、そういう関係は際限なく広がって人間をダメにする。
あの子が困っているなら親しいし、これぐらいしてやろうとこんな風に関係が広がり、いずれは引き返せない所にまで来るかもしれない。
依存というのは安易ではあるが、同時に危険でもある。
人間、自分のことを誰かにおんぶに抱っこされるほど甘やかされれば終わりだ。
「もちろん自分で調べても分からない時は力を借ります。その時は思う存分、あなたの力を貸してください」
そう畳みかけて、出来るだけにこやかな笑みを意識する。
もちろん彼女の善意は受け取るが必要最低限。
多くても少なくてもダメ。
そうしないと他人の力を借りたくなるし、相手も必要以上に力を貸したくなくなる。
「……分かりました。じゃあ、今日はここまでにします」
アリシアは難しい顔で悩んでいたが、しばらくすると渋々といった様子で承諾してくれた。
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