第10話

 昼食を食べ終えた後は俺の時間――つまりは魔術のお勉強だ。


 場所は俺の部屋。

 本を片手に魔術の説明を説いているのは俺……ではなくアリシアだ。


「昨日説明した通り、魔術というのは自分の中にある魔力を使って行う術のことなの」


 まるで殺人現場を見回る探偵の如く部屋を歩き回りつつ、アリシアは説明する。


 服装は剣術用のラフな物から昨日のドレスに戻っており、午前の時とは違って女性らしさより少女らしさが前面に出ていた。


「体の中の魔力は人それぞれに限りがあって、魔術を使うたびにその魔力は減っていくの。

 そして魔力が枯渇した状態になるとどんな人でも魔術は使えなくなって、魔力が完全に回復するまでには数日かかるわ」


 少ないながらもこれまでのアリシアとの会話で分かったことがある。


 ひとつは彼女とジーク・ラングランドはそれなりに親密であるということ。


 彼女はカミュには基本敬語なのに対して、俺には砕けた口調に変わっている。


 やはりカミュとは違い、護衛や教師というよりも年上の兄貴くらいの気安く接することが出来る存在なのだろう。


 俺自身は年下から敬語じゃなくても全然平気な方なのでまったく気にならないのだが、つい小説家としての癖で観察してしまう。


 自動的な人間観察は小説家の悪癖かもしれないな、と思考は講義とは全く別の方向に逸れつつもアリシアの語る言葉はしっかり記憶し、わからない所があれば手を上げて質問していく。


 と言っても、俺は本当に何も知らないのでほぼ一問一答状態だのだが。


「アリシア先生」

「はい、何ですか、ジーク君」


 からかい半分でアリシアの名を呼ぶと彼女は足を止め、キリッと顔を引き締めてこちらを見てくる。


 役に入り込む感じとか変なところで子供っぽいというか意外にノリノリだな。こいつ。


「要は魔術というのは、魔法と一緒ってことですか?」


 すでに講義が始まって、一時間半程度が経過している。


 部屋には俺とアリシアしかいない。


 カミュは昼食を食べ終えると、ふらっとどこかに行ってしまった。

 アリシアに聞いてみると、今日は何か用事があるらしい。


 なので、講義は一対一の個人授業となっている。


「いいえ、魔術と魔法は違います。

 魔術は自分の体内の魔力を消費して行うもので、魔法は魔法陣などで大気の魔力を消費するんです。

 普通の人は魔術と魔法を一緒にしてただ魔導と呼ぶんですけど」

「なるほど、なるほど」


 俺はおおげさに頷いて頭の中で整理する。


 この世界では先刻の通り、魔術と魔法は別物とされている。

 だが、魔術や魔法の行使には源となる魔力が必要であるという点は同じだ。


 そして自分の体内か体外に関わらず、魔力を消費し通常なら起こりえない現象を発生させるわけだ。


 発生までのメカニズムを簡単にいうなら、水力発電や火力発電などをイメージしてみれば分かりやすいだろうか。


 例えば、ダムなどに設置された水力発電は流れ落ちる水の力――水流を使って電気を発電する。

 水の運動エネルギーを電気エネルギーに変換しているのだ。


 魔術も似たようなもので、つまり魔力を火や水へと変換させているのだ。


 それが自身の体内から消費されるのが魔術。

 体外や空気中に存在する魔力を消費するのが魔法というわけだ。


 そして、それらの奇跡を起こす魔術や魔法などの術の総称――大まかな一括りとして魔導という言葉が使われているだけということらしい。


「それは錬金術のようなものですか?」

「レ、レンキンジュツって?」

「いえ、何でもないです。忘れてください」


 アリシアが首を傾げたので俺は質問をなかったことにする。


 反応を見るに、どうやらこの世界には錬金術は存在しないらしい。

 あったら、魔術と組み合わせた実験でもしてみたかったんだけどな。


「お嬢様は魔法は使えるんですか?」

「いいえ、私はあなたから魔術しか教わってないわ。いまは魔法よりも魔術のほうが栄えているし」

「それはまたどうして?」

「魔術のほうが簡単だから。魔法は魔術よりも専門的な知識が必要なの」

「例えば、魔法陣を描くとかそういうことですか?」

「それも含まれます」


 そう言われて俺は納得する。


 確かに魔法陣をいちいち描くよりは詠唱するだけでポンッと魔術が使えるほうがお得だし、理に叶っている。


 まぁ、魔術に関しても知識を先に身に付けたほうがよさそうだというのは理解できた。

 魔法に関しては、そのあとでも遅くはないだろう。


「前に私も同じことをあなたに聞いてみたけど、それしか知らないと言われたので……。

 でも、あなたは魔術師としてはいい人……、というか、優秀よ。

 だって、お父様のお抱えの魔術師を打ち負かしたんですから」


 アリシアが顎に手を当てて呟く。


 逆に俺はまるでなんでもないことのようにサラッと告げられた言葉に凍りついた。

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