第9話
カミュの話をもっと深く聞きたくなったが自制した俺は別の質問をした。
「ところで、俺の剣術の練習はいつから再開しますか?」
「いつでも構わないさ。明日からやりたいというのなら明日からでも構わないし、別に今からでも構わない」
「いえ、さすがに今日は遠慮しておきますよ。まだ病み上がりですしね」
「その通りよ。体、まだ完全には回復していないでしょ」
いつの間にかアリシアが木剣片手に歩み寄ってきていた。
「護衛なのに、また倒れられたら私が困るもの。魔術も完全には教わってないし。だから今日はダメ。治ったと分かるまではダメ」
そう口をとがらせて、アリシアは命令するように言いつける。
彼女の柔肌には稽古で流した汗が伝い、露出も多いせいか彼女の女性として成長しつつある魅力が垣間見えている。
教師が魔術の事を忘れているので、教えるのは不可能だと突っ込みたくなったが、その姿につい見とれてしまう。
視線に気付いたのか、アリシアが俺に送っていた視線を訝しげなものへと変える。
「な、なによ」
「……いえ、なんでもありません。確かにしばらくは激しく体を動かすのは止めておいた方がよさそうです」
「そう。わかっればいいのよ」
返答に満足したアリシアは微笑む。
それを見た隣のカミュが、妙な視線を送ってきたような気がしたが、確信が持てずスルーする。
すると正午を告げる鐘の音が響いてきた。
この世界にも時間や日付の概念は大雑把だがあるらしい。
ちなみにこの城は朝の六時と正午、それに夜の六時の三回、鐘が鳴るそうだ。
「もうお昼なのね」
「姫様、昼食をとられる前に水浴びをされたほうが」
立ち上がったカミュの提案に俺も同意する。
昨日の俺ならまだしも、王女という身分を知っている今では稽古用の泥だらけの服装で食事をするのは王家の行いではないことはわかる。
その服で食事をするつもりかと言外に言われているのに気付き、アリシアは頬を膨らませる。
「わかってるわ。この服では食事に行こうなんて考えてない。ジーク」
「…………」
「……ジーク?」
「え? は、はい」
自分の名前が呼ばれていることに気づいて慌ててアリシアの顔を見る。
やはり、まだ今の自分がジーク・ラングランドという名であることが頭に十分に定着していないらしい。
自分の名前を呼ばれているに気付かないなんてとんだ失敗だ。
案の定というべきか、アリシアは不安げな表情で俺を覗きこむ。
「大丈夫? やっぱりまだ具合悪いんじゃない?」
「大丈夫ですよ。ただジークという名前に馴染みが薄いだけで気付けなかっただけです」
反応できなかった理由を素直に述べて笑うと、アリシアもすぐに引き下がってくれた。
「姫様、行きましょう」
「えぇ、それじゃあ私とカミュは水浴びをしてくるけど、あなたは少し待っていてもらえる?」
「構いませんよ」
アリシアはカミュを連れ立って廊下を歩いていく。
俺は二人の姿が見えなくなってからふとあることを思う。
そういえば女の水浴びを男が覗きに行くのは定番だなと。
俺はそんな思考からつい、水浴びをしているアリシアの姿を想像してしまう。
水滴の伝う肌に濡れた髪。
均整の取れた肢体。
思い浮かべてしまったその光景を頭を振ってなかったことにする。
物好きな連中ならば水浴びと聞いただけで格好の覗きイベントだと思うのかもしれないが、残念ながら今の俺は十二歳の乙女に仕える魔術師。
言い換えればただの犬に過ぎない。
そんなのが主人の水浴びを覗いて逆鱗に触れれば、一瞬の俺の首が飛ぶだろう。
職業的な意味でも肉体的な意味でも。
ならば、ここはご主人の命には大人しく従おう。
こちらの世界の情報も満足には得られていないのだ。
そんな状態で放り出されるのは俺も困る。
それに大なり小なりそういうイベントには覗いた後に痛い目を見るというお約束付きなのだから、結局は差し引きゼロだ。
「いい天気だなぁー」
俺は思い浮かべた雑念を払うために、そんな心にもないことを呟いて気を紛らわせた。
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