第17話
その夜。
ベッドの上で本を読んでいるとカミュが単身で部屋を訪ねてきた。
「二人で話をしたいのだが、構わないか?」
承諾し、俺は開いていた本を閉じてベッドの縁に腰掛ける。
カミュも部屋の椅子に腰かけて向かい合った。
「お嬢様は?」
「いまは説教されているよ。木を折った件でな」
「水槍の的になった木ですか」
「あぁ、姫様はあとに治癒魔術で治そうと思っていたようだったが、お前が倒れたのでな。直す前に見つかったらしい」
「なんかすいません……」
何となく申し訳なくて謝ってしまう。
いや、木を折ったのは俺のせいではないのだが。
そう思いつつ、蝋燭の灯った薄暗い部屋で半べそのアリシアが、こってりと五十代くらいのメイド長に絞られている姿を想像する。
……いや、俺のせいだな。
明日アリシアを見かけたら謝罪の言葉を言っておかないとな、と心にメモしておく。
「それで話というのは?」
「そんなに身構えないでくれ、こっちまで緊張してくる。私が話したいのは姫様のことだ」
「お嬢様の?」
俺は首を傾げる。
彼女になにかあったのだろうか。
「お前は姫様をどう思う?」
「どう思うって……」
「率直な、お前の感情を述べてほしいんだ」
真面目な表情でそう言われ、俺は困惑する。
抽象的なことを聞かれても困る。
彼女との関係はまだ浅いのなのだから。
イマイチ真意を計りきれないながらも頭の中で言葉を選びながら自分の意見を述べる。
「いい子……、だと思いますよ。
受け答えもちゃんとできてしっかりしてます。普通よりも大人びているところがありますけど、文句をつけるところは特にないと思います」
率直な感想だった。
対してカミュは苦笑して「そうか」と一言呟いた。
質問の意味がわからない俺は、カミュに踏み込んで聞いてみる。
「あの……、どうしてそんなことを?」
「いや、お前が目覚めてから姫様がお前との関係を心配するものだからな。なにか問題を起きてはいないかと思ったんだ」
「いえ、なんにもありませんよ」
少なくとも俺のほうは、と内心で付け足す。
俺は超能力者ではないので、アリシアの心情までは理解できない。
それは本人に聞いてもらわねばならない。
今度はこちらから質問してみる。
「その訊きにくいんですけど……、カミュから見て、俺はどんな奴でした?」
「一言でいうなら、真面目な奴だったな」
と、カミュは即答してくれた。
「無口で、今のお前みたいに冗談も言わなかった。あと、無意識がどうかはわからないが、人と距離を置きたがる癖があったな」
カミュは微笑みながら、まるで昔の旧友でも思い出すかのように俺の様々なエピソードを語ってくれた。
そこから俺が感じたのは、どうやらジーク・ラングランドが寡黙な奴だったということだ。
魔術の才能なんかを加味すると、こういう奴が世界に祝福されていた才能ある人間というのだろう。
最初はそんな気持ちで聞いていたが、なんで他人が話す俺自身の話をナイーブな気持ちで聴かなければならないのだろうと自分で聞いておきながら少々げんなりした。
同時に淡々とカミュが語る中で俺はなんとなく悟る。
俺は彼らの日常の中にはいない存在なのだと。
一緒に稽古をし、魔術を教えてもらうといういままで彼らが営んできた日常。
そしてその日常を営んでいたのはジーク・ラングランドという少年であって俺ではない。
彼らの構築した関係は、ジーク・ラングランドがいなくなったことで過去のものとなってしまったのだ。
なんとなく悲しくなった俺は、カミュの話に短く相槌を打つことしか出来なかった。
そうして、とくとくとカミュが語るうちに話は俺の過去から現在の愚痴へと変わっていった。
「今のお前は、前よりも姫様と良好な関係を築けていると私は思っている」
ただ椅子に座って会話を交わしているだけなのだがカミュはやけに饒舌だ。
もしかしたら同僚とこうして喋れるのが嬉しいのかもしれない。
「だがあまり、姫様をからかわないでやってくれ。あれはあれでお前のことを尊敬しているのだ」
「そんなにからかっているつもりはないんですけんどねぇ……」
肩をすくめつつ俺は心当たりを探ってみる。
からかっているとすれば、せいぜい会話のあいだに冗談や軽口を言ったりする程度だ。
「とにかく姫様はお前のことを尊敬している。それは真実だ」
「兄のようにですか?」
思ったことを口にしてみる。
驚いたのか、カミュはキョトンとした顔をした後、軽く苦笑した。
「それもあるが魔術師としてもだ。お前は優秀な魔術師だ」
「さぁ、それはどうでしょうね」
俺はつい自嘲的でひねた返答をしてしまう。
だが、事実だ。
魔術を使うたびに気絶する魔術師なんて使い物になるわけがない。
俺が雇い主の立場ならとっくに解雇しているだろう。
「いや、お前は優秀だ。そして姫様の信頼できる数少ない人間の一人なんだ」
「…………」
魔術師としても信頼しているが一人の人間として信頼している。
真顔でそう言われてしまっては何も返すことはできなかった。
「だからこそ、姫様はお前が傷を負ったことに負い目を感じているのだろう」
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