第16話
アリシアと入れ替わるように木の前に立つ。
実はこの世界の魔術にはある法則がある。
それは詠唱の文法化だ。
日本語を習っていれば、誰もが知っているような主語や述語、修飾語などの関係性がこの世界の魔術にもみられるのだ。
そのことを思い出しつつ、右手を前に出して詠唱を始める。
「流れしもの――」
唱えると、まるで全身の血流が手に集まるかのような感覚が伝わる。
詠唱で一番最初に必要となるのは主語。
つまり使う魔術を一言で表した一節だ。
先ほどアリシアの唱えた『流れしもの』などがその役割を果たしている。
これを唱え、使う魔術を決定づけするのが第一段階だ。
そして既に、その部分を唱え終えている俺の手にはアリシアと同じようにサッカーボール程度の水球が出来上がっている。
無事、第一段階はクリアだ。
次に必要なのはその主語に当たる魔術に何をさせるかの行為を決定づける述語の一節だ。
ここには『貫け』や『焼き尽くせ』などの簡単な言葉を当てはまることが多い。
ちなみにアリシアの水槍の詠唱では『駆けろ』と言っている。
つまるところ、魔術は最低限の主語と述語の役割を果たす二節があれば使用可能なのだ。
だが、それでは起こる術も最底辺――つまりいちばん弱いものになってしまう。
それを防ぐために、主語と述語のあいだに魔術のイメージを固定化させるような一節を挿みこむ。
「降りかかりし厄災を払い、敵を貫く刃となりて――」
水槍ならちょうどこの部分だ。
この部分は使う魔術によって決まっている。
つまりは修飾語で魔術を補強し、強化しているのだ。
そして手のひらの水球はもはや姿を変えて槍の形を成している。
あとは述語である『駆けろ』と告げるだけで、完成した水槍はまっすぐに飛翔するだろう。
しかし、事はそうはうまくいかなかった。
「っ…………!」
一瞬、手がビリッと痺れるような感覚があった。
ほんの些細な静電気程度のものだ。
最初に魔術を使うときには必ずある感覚なのだろうと右手に感じる痺れを無視し、魔術を行使しようとする。
だが、それが間違いだった。
「あぐっ……!」
突如、手だけだったその痺れが一気に全身へと広がり、体の中を電流が走ったかのような衝撃が駆け巡る。
俺の手の上で槍の形を作っていた水が音もなく崩れ、地面に落ちる。
そして俺の体も糸の切れた人形のように芝生の上に倒れ込んだ。
「ジーク!?」
慌てた声が聞こえ、地面に倒れた俺の視界にアリシアが割り込んでくる。
だが、その表情を視界に収めるよりも先に俺の意識が断絶した。
――――――
「っあ……!」
死者が息を吹き返すかのように俺は再び目覚めた。
「目が醒めた?」
視界には青い空を
どうやら外で仰向けに寝かされているらしい。
「何が、起こったんです?」
俺がそう聞くと、アリシアは首を横に振る。
「わからない。魔術を使ったら突然倒れたのよ」
「どれくらい寝てました?」
「少しのあいだよ。それよりも倒れた時のことは覚えてる?」
「えぇ、それは覚えているんですが……」
そう言いつつ、俺は自分の右手のほうに目を落とす。
右手がまるで固定されたように動かない。
いや、動くのは動くが手を握ろうとしても指は痙攣でもするかのように小刻みに震えるだけだった。
「右手、どうかしたの?」
「いえ、少し痺れが残っているだけです。ちょっとすれば治ると思います」
俺の視線に気づいたアリシアに聞かれ、そう答える。
あまり無用な心配をかけるべきではないというのに。
情けないなこれは。
心の中で反省しつつ、痺れて動きにくい手を持ち上げる。
「お嬢様みたいに魔術は使ったつもりだったんですけどね……、なにかミスでもしたのかな」
なにか重要な手段を飛ばしたとか、詠唱を間違ったのだろうか。
そう考えたが、すぐにその考えはアリシアによって否定される。
「多分、違うと思うわ……。
詠唱を間違っただけなら魔術が発動しないだけで気絶するようなことはないもの。
それに私の見ているかぎりちゃんと詠唱は出来ていたわ」
「お嬢様が言うなら多分そうなんでしょうね。安心しました」
軽口を述べつつ、俺は上体を起こす。
「あ……」
「? どうかしました?」
声にならない言葉をアリシアが発したので、振り返る。
そこで俺は気づく。
さっきまで自分の頭があった場所にスカートに覆われた膝があることに。
そこから導き出されるのは、どうやら俺は膝枕をされていたらしい。
「……あ、いや、なんでもないわ」
俺が無言で彼女の顔と膝を交互に見ているとアリシアが顔を背ける。
一瞬彼女が口惜しそうな顔をした気がするが勘違いだろうと、結論付けて立ち上がる。
そのまま屈伸をしたり大きく伸びをしたりして、自らの体を一通り動かしてみる。
ひと通りの動作確認の結果、右手まだ痺れている以外は正常なようだった。
アリシアも立ち上がって俺の横に並ぶ。
「とりあえず、しばらく魔術は止めておいたほうがいいかもしれない」
「ですね。その点は同感です」
俺の提案にアリシアは頷く。
さっきの魔術を使った時に感じた電撃のような痺れは危険で、嫌な感じしかしなかった。
まだ痺れている右手に目を落とす。
なんというかあれは――。
魔術そのものを体が拒絶しているような感じだった。
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