第7話

 カン、カン、とリズミカルに木を打ち合う音が聞こえる。


 聞こえるのはちょっとした公園を思わせるほどの広さの庭。


 天気は晴れで、日の光が地面を埋め尽くす芝生しばふを青々と照らしている。


 過ごしやすいポカポカとした陽光と顔に当たる風からして、いまは春の時期らしい。


 そこには三人の人間がおり、二人が木の棒を持って激しく打ち合いをしている。


 正確には子供が振り回すような木の枝ではなく、しっかりと剣の形をしたいわゆる木剣だ。


 さらに付け加えるなら先程は打ち合いしていると言ったが二人は対等な立場ではなく、教え子の訓練に付き合っているという風景。


 その激しく打ち込みを入れているのは昨日のドレス姿から一転して動きやすそうなラフな格好をしたアリシアで、涼しげな顔でなんなく弾き返しているのはカミュだ。


 庭にいる三人目の人間である俺はというと、昨日の質素な部屋着ではなく部屋の隅のクローゼットにあった執務用のきっちりとした服に着替えて稽古をぼんやりと眺めている。


 この世界で目覚めて二日目の朝だ。



――――――



 朝。

 バイトに行かなければと思い、いつものように目が覚めた。


 しかしベッドからむくりと起き上がってから気付く。

 ここが自分の住んでいたアパートではないことに。


 全く違う部屋の光景を数秒ほど見渡して苦笑する。

 前世での習慣づけが抜けていないのが滑稽だった。


 そうして目は醒めたものの、同時に俺は今日は何をすればいいか分からないことに気づく。


 前世ならバイトなり小説なりのやることがあったがここではそれがない。


 でも仕事はある。

 ここでの仕事は確かアリシアの護衛だったか。


 しかし昨日は何も言われなかったので、特になにかをする訳ではなく俺はベッドに座ったままでいた。

 しばらくそうしていると扉がノックされてカミュが扉の間から顔を出した。


「起きていたか。なら着替えて準備しろ」


 そう言うと、訊ねる間もなくカミュは扉を閉めてしまう。


 俺は素直に従ってベッドの隣に置かれたクローゼットに歩み寄っていちばんマトモそうな服を着て部屋を出る。


 その直前に、カミュが「着替えにも同席してやろうか?」と冗談かマジなのかわからない顔で聞いてきたので、そちらのほうは丁重にお断りした。


 部屋を出ると彼女に先導してもらって長い廊下を歩く。

 昨日も見たが、相変わらず広くて長い廊下だった。


 そこで俺はここがどういうところなのか聞いていないことにも気付く。


「そういえば、ここはどこなんですか?」

「ここはアルトリア王国の首都にある王家の城だ」

「ということは、アリシアは王女様ですか?」

「あぁ、第一王女――三人兄妹の一番下だ」


 それに付け加えるように本当に記憶がないのだなという声が聞こえた気がしたが、あえて気付かないふりをして無視した。


 アルトリア王国王女。

 アリシア・H・アルトリア。


 つまり彼女の家系は、国を治める王の家系――世にいう王族だ。


 お姫様みたいだとは思ったが、あの十二歳の女の子が実際にそうだとは頭の隅にもなかった。


 それだけでも驚愕の事実なのに、そんな所に十四歳で家庭教師と護衛を兼任している体の持ち主にはつくづく感服する。


 その後もいくつか質問して我々は普段の公務の時などは彼女の護衛として一緒に行動することや、教師としてアリシアに剣術や魔術を教えること。

 午前はカミュの剣術の受け持ちで、昼食のあとの午後からは俺の魔術の受け持ちだったらしいことなどを聞き出した。


「俺が寝込んでいる間はどうしていたんですか?」

「姫様は自主的に魔術の練習をしていたよ。お前から毎日訓練を怠るな、と教わっていたそうだ」


 そうして話している間に、一つの扉の前にたどり着き、カミュが扉をノックする。

 すると中から返事があり、カミュが失礼しますと言ってから扉を開ける。


 中は俺があてがわれていた部屋よりも二回りほど大きかった。

 そしてとても女の子らしくもあった。


 白を基調としたコーディネートで、さりげなくフリルのあしらわれたカーテンやちょっとした場所に置かれた可愛らしい小物などが部屋の主の趣味を如実にあらわしていた。


 俺とカミュの姿を見て、丸テーブルの前に座っていた部屋の主――アリシアの目が輝く。

 その表情は年相応の十二歳の少女だ。


「待ってました、さぁ、早く朝食にしましょう」


 楽しそうに手を合わせた彼女の前にはソーセージやパンなどの料理が並べられている。

 それらの料理の傍らにはメイド服の女性が数人おり、彼女らが食事の用意をしたことはすぐに分かった。


 カミュと俺はそのままアリシアの座る丸テーブルに残された残りの椅子に座る。


「それでは食べましょうか」


 アリシアの弾んだ声でその日は始まった。

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