第4話
扉の先は当然ながら廊下だった。
人が三人程並んで歩いても余裕のある広さ。
床は大理石のような石で出来ており、裸足には少しひんやりと感じられる。
天井は普通の民家ならありえないほどの距離にあり、緩やかなアーチを描いている。
それだけなら荘厳な教会を思わせるのだが、そこかしこに部屋の天井と同じように装飾が施されていたので教会というよりも中世の王宮のようだ。
観光で訪れたのなら驚きの声のひとつでも上げるような開放感と気品を漂わせる廊下が広がっていたが俺の思考はさらに混迷を極める。
まったく訳が分からない。
本当に自分は一体、どこにいるというのだろう。
思考も体も迷宮に囚われたまま、俺は反対側の大きな窓から外を覗いてみようとする。
物の前に立ってみるとよくわかるが周りの物が変に大きく見える。
やはり視点がおかしい。
もしくは病み上がりなせいでそう見えるだけか。
外を覗いてみるとまず見えたのは中世の城を思わせる堅牢そうな石の城壁だった。
その下には芝生があり、所によっては木も植えられている。
城壁の上には雲一つない青空が広がっているので、青、灰色、緑の三色が窓の外を彩っている状態だ。
「…………」
俺はあえて何も言わずに顔を窓から離し、左右の廊下を交互に見てふらつく体で周囲を再開する。
さっきの景色も加味すると、ここはまさに豪邸か王宮と言える類のものだろう。
埃一つないところからもみて現役で使われているのだろうが、長くて広い廊下に自分一人だけがいるというのは奇妙で不気味だった。
不安な気持ちが増大したせいか、景色を見て体を重みは抜けるどころかドッと増す。
やはり病み上がりで動くのは愚策だったかもしれない。
そうは思っても今更動き出した体を止めるわけにはいかない。
それに自分の知らない場所というのは心を不安にさせる。
ましてや、眠っている間に連れてこられたやもしれぬ場所となれば。
そんな焦りが出たのか、俺は踏み出した足をもつれさせて態勢を崩してしまう。
幸い、倒れる寸前に手をついて四つん這いの姿勢になる。
息が荒い。
頭痛と玉の汗が肌を伝う感覚がある。
倒れたらそこから動けなくなるような気がした。
ガタガタの体に内心苦笑しつつ、深く呼吸する。
そうしてフラフラする頭を抱えつつ、顔を上げた時、通路の先の
「あのっ……!」
咄嗟に声を絞り出して声を掛ける。
少女は肩をピクッと震わせると、こちらに視線を向ける。
そして俺はその顔を見て言葉に詰まった。
歳は中学生くらいだろう。
陽光に照り返る銀の艶やかな髪に暗い海を思わせる深くありながら宝石を思わせるほど輝くダークブルーの瞳。
落ち着いた色のドレスを着ており、お姫様やお嬢様、という言葉が具現化したような姿をしていたからだ。
「あ…………」
少女のほうも、こちらの姿を見た途端に硬直していた。
まるで異星人との
なんかヤバい状況なのだろうか、これ。
もしかして見つかったら捕らえられるとかじゃないよな。
あまりにも長い沈黙に俺は何も言えずにそんなことを思ったが、なにか言葉をかけるべきかと考えに至って声を発しようとした時だった。
「良かった……」
微かに聞こえるくらいの声量でそう呟いた少女の頬に一筋の涙が流れる。
そして少女はボロボロと涙をこぼしてその場に座り込んで泣き出してしまった。
泣き出した少女に俺は酷く
初対面で泣かれる理由が思いつかなかったからだ。
とりあえず会話をしようとフラフラの体で駈け寄り、おそるおそる少女の肩に手を乗せようとする。
「あのー…………」
すると、泣いていた少女が素早い動作で両手を伸ばしてきた。
身を引こうとしたが、それよりも早く少女の手は俺の首に回り体が密着する。
自分よりも高い体温が感じられ、少女の心臓の音が聴こえそうなほどの密着――いや、抱きつかれている。
「え、ちょ、ちょっと?」
多分、今の俺の顔は真っ赤だろう。
抱きしめられたことと、苦しいくらいの力の強さの二つの意味で息が詰まる。
少女は俺に抱きついたまま、嗚咽を混じった声で、良かった、良かったよ、と小さく耳元で連呼している。
なんだか感動の再会っぽい空気がになっているが俺のほうは全く状況の把握が出来ておらず、困惑と混乱と恥ずかしさしかない。
当然だ。
俺は彼女の姿も名前も知らない。
いうなれば、通りですれ違った見ず知らずの人間に唐突に泣きっ面で抱擁をされるようなものだ。
だが俺はしばらくされるがままになった。
なんとなくそうさせてあげるべきな気がした。
そうして嗚咽が治まってきたころで俺は彼女の肩に手を掛けて引き離す。
少女は僅かに抵抗したが、すぐに顔を見せてくれた。
そして再認識させられる。
離れて見たときも綺麗だったが、間近で見ると本当に芸術品のようで美しいことを。
幼さもありながら大人としての静けさを持ちつつあるその顔は、綺麗としか言いようがなかった。
本当にドキリとするような顔だ。
「えっと…………」
少女の顔から視線を逸らし、二の次を引き出そうとしたが、うまく言葉が出なかった。
そんな俺を少女は、泣きはらした目と少し赤い鼻で首を傾げる。
その仕草は愛嬌があって可愛らしいが、今の俺は自分のことで手一杯だった。
「ゴメン、君は……、誰?」
瞬間、周りの空気が凍ったかのように冷たくなった気がした。
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