第3話
最初に感じたのは、自分の体温だった。
どうやら俺は布団かなにかを被っているようで、全身の感覚とは別に外側から自分の体温をひしひしと感じる。
……俺って、何をしていたんだったっけ。
ぼんやりと自身の記憶を辿る。
確か俺は、贈呈式に出席しようとして最寄りの駅で電車を待っていた。
それで――。
「――俺、死んだんだ」
そう、俺は死んだ。死んだはずだ。
あの場所で線路に落ちた少女を助け、そして代わりにあっけなく電車に轢かれて。
じゃあこれは夢か。
そう思ったが体の感覚は電車に轢かれるまでとまったく変わりない。
聴覚も、触覚も、嗅覚も。
五感は正常に稼働している……ように思う。
なら、ここは死後の世界だろうか。
目の前は阿鼻叫喚の地獄で赤い顔した鬼みたいな奴がこっちを見ているんじゃないだろうか。
そんな妄想が勝手に頭の中で膨らむ中、おそるおそる目を開ける。
最初に見えたのは天井だった。
だが、病院などの無機質なものでも地獄の釜のような毒々しいものではなく、簡素だが品のある装飾が施された四角い天井だった。
病院かと思ったが、それにしてはこんな場所に装飾がほどこされているのはおかしい。
違和感を憶えつつ、天井から部屋の角を辿って視線を下げていく。
すると額に入れられた一枚の風景画が見えたが、壁を見た瞬間に違和感はさらに増す。
壁が、赤い。
まるで血をぶちまけたかのように壁が赤黒く染まっている。
普通の家ならコーディネートの範疇として見れる色だが病院でこれはない。
あり得ない。
さらに視線を下げると、数冊の本が平積みされた机があり、その周りに陶器のコップや羽ペンなどがあるのが確認できた。
どうやらここは誰かの自室らしい。
もちろん俺のではない。
俺の住まいは都心から少し外れたところにあるただの安アパートの一室であり、こんなに広くも高級な感じもない。
同時に少なくともここは病院ではないとつけ加える。
人の生死を司る場所をこんなきらびやかな調度品などで着飾っている悪趣味な病院を俺は知らない。
だとすればここはなんなのか。
電車に轢かれたのなら行き着く先は死か、病院くらいしか思い当たらない。
人によってはどこかの研究所に連れていかれて謎の改造手術を受けたのではとか、妄想
しかし自分のいる場所が分からないのは困りものだ。
俺は自分の状況を把握するという方便の元、知的好奇心にも動かされて体を起こしてみる。
体は鉛のように重かった。
動作が緩慢で
こんなに体が重いのは人生で初めての経験だ。
体をなんとかベッドの端に腰掛ける。
少し動いただけで頭がクラクラとする。
こんなに弱っていた覚えはないのだがと思ったが、事故に遭ったのだから当然かと勝手に納得する。
それにしても弱りすぎじゃないかと内心頭を傾げつつ、貧血が治まるのを待って再度部屋を見渡す。
部屋の壁と調和のとれたカーテンやそこから差し込む陽光。
数は少ないが質の良いのが分かる家具や調度品。
色の主張が激しい割に随分と飾りっ気のない部屋。
それがこの部屋に抱いた印象だった。
俺にはまったく縁もゆかりもなさそうな場所だ。
そんなことを思いつつ、視覚から得られる情報からここが何なのか把握しようとする。
しかし、まったくもって検討はつきそうにもなかった。
今度は自分の服に目を落としてみる。
簡素な無地の半袖シャツと半ズボンは、これと言った特徴もなく居場所の手掛かりになりそうもない。
それよりも視点の違和感がある。
妙な違和感。
だがその理由が明確に掴めない。
もどかしさを感じつつ、床に裸足の足をつけてベッドから離れる。
床は木で出来ており、素足を下ろしても軋むようなことはなかった。
そのまま斜め前にある大きな扉に向かって歩く。
気を抜けば倒れてしまいそうな体を保って扉に手をかけ、部屋の外へと出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます