第2話

「え……?」


 その一部始終を見ていた俺は、間の抜けた声しか出すことが出来なかった。


 些細な事故。

 普段ならゴメンと謝れば済まされる話。


 だがここではそれは命取りだった。


 重たい音がして我に返った俺はすぐにホームから線路を覗いた。


 見ると、二本一対の線路の間に突き飛ばされた少女が倒れていた。


 少女はしばらく動かなかったが、やがて倒れていた体をゆっくりと起こす。


 頭を打ったのか、右手で頭部を押さえて顔を地面から離した。

 しかし、身を起こした少女を今度は甲高いブレーキ音が迎える。


 通過電車が入ってきて甲高いブレーキ音にホームの大人たちの視線が集まり、線路に突き飛ばされた側と突き飛ばした側の少女の顔が青ざめる。


 それは周りにいた人間も伝染し、その場の全員の頭を瞬間的に冷やした。


「だ、誰か、電車を止めろっ!」


 自分かもしれない誰かがそう怒鳴った。


 それを基点にホームの大人たちは目の前の出来事がどれだけマズい状況か気付いたようで、ちょっとしたパニックに陥る。


 だが、そんなことを言っただけで既にホームに入ってきている電車が止まるはずがない。


 俺は瞬時に想像力で描いてしまう。


 少女が車体に押し倒され、車輪で粉砕機のように肉をズタズタに切り裂かれ、苦痛と共に死ぬ光景を。


 誰も止められない。

 誰にも避けられない。


 なら――。


「助けないと……」


 そう悟った瞬間。

 慌ただしさの中で俺は線路に飛び込んでいた。


 周りにいた何名かがこちらを見ていたような気がしたが自他ともに認めるノロい自分が呼吸するように頭に浮かんだ事柄を実行したことに驚くので精一杯だった。


 その驚きもすぐに消え、飛び出した体は重力に逆らうことなく線路へと落ちていき、地面に敷き詰められた赤銅しゃくどうに薄汚れた石に足を取られそうになりつつもなんとか着地する。


 だが俺の思考回路はその先を何も考えておらず、頭が真っ白になりかける。


しかし、再び聞こえた電車の警笛が皮肉にも少しばかり残った理性を取り戻させ、俺は少女へ駆け寄り声を掛ける暇もなく抱きかかえる。


 正面からは甲高いブレーキ音を響かせつつ迫る電車。


 距離は既に十メートルを切っている。


 反対には線路が続いているが、電車の速度からして少女を抱えて逃げる選択肢はない。


 ホームに戻るには高すぎて無理だ。


 そうして考えている間にも電車は五メートルを切り、今にも俺と少女をひき殺そうとしている。


 どうすればいい、どうすればいい、どうすればいいっ!


 俺はパニックで機能停止に陥りつつある脳を最大限働かせ、そしてある一つの結論に至る。


 もう電車回避不可能な距離にまで迫り、鼓膜を破かんばかりのブレーキ音に誰かの悲鳴が重なる。


 だが結論に至っていた俺の頭はさっきまでのパニックとはうって変わって冷静になっていた。


 全身に力を込めて一気に解放するように、俺は抱えた少女の体をホームへと放り投げた。


 手を離れた体は面白いほど重力に逆らって上がっていき、ホームにいた若い男性に受け止められる。


 一連の流れをはっきりとこの目で確認した直後、側面からとてつもない衝撃が襲い、俺の意識はそこでぷつりと途絶えた。

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