転生凡人小説家は美少女王族の家庭教師として異世界ライフを満喫します

森川 蓮二

第1話

 目の前を通過電車が凄まじい風と音を伴って過ぎ去ってゆく。


 周囲には会社勤めのサラリーマンや私服姿の学生がおり、少しでも空いている場所をとるためにせわしなくホームを動いている。


 その中で秋から冬への変化を感じつつ俺は顔を上げた。


 空はどんよりとした曇天に覆われ、パラパラとした小振りの雨が地面を濡らし始めている。


 だが、今の俺の心は機嫌の悪い空とは裏腹に舞い上がっていた。


 なぜなら今日、自身が夢にまで見ていた小説家という職業を初めて手にできる日からだ。


 いつからフィクションという物語が好きだったのか、それはもう覚えていない。


 思えば、昔から物語を作るのが好きだった。


 小学校の頃は親に買ってもらったフィギュア やプラモデルなどでお粗末なお話を作り、中学時代には小説などの創作物にのめり込んだ。


 高校に入学してからは、課題と大学に行くための資金調達として始めたバイトの合間なんかを縫って本を読み、一日に何ページ書くのか目標を掲げ、それを欠かさず体に習慣づけてコツコツと小説を書き溜め続けた。


 そのまま大学に進学し、高校の時と変わらない習慣をこなしつづけた。


 そして大学四年生となり、大学生活も終わりが近づいていた頃。

 俺はそれらの書き溜めていた小説を一斉にいくつかの賞に送った。


 もちろん中には、賞の規定に沿わない物や、どうやっても使えそうにもない物も入っていたが、手直しの出来る部分はしたし、過去の自分の作品で賞が取れるのなら励みになると思っての行動だった。


 もしかしたら普通に面接を受けて内定をもらい大学を卒業する、というただの一般人になっていくのが嫌で起こしたちっぽけな反乱だったのかもしれない。


 しかし結果は惨敗。

 どの作品も受賞に至ることはなかった。


 自信があっただけにショックだった。


 就職活動をする気もなれず、いつの間にか同級生達は内定をもらい、俺は無職のフリーターとして大学を卒業。


 以降は親との約束通り、実家を離れて一人暮らしを始め、生活費を稼ぐためにアルバイトで働いた。


 だけど、その中でも俺は小説家としての夢を諦められなかった。


 そしてこれで最後にしよう。

 これが本当の最後の足掻きだ。


 そう心に決めて書き上げていた何作かを再び賞に送った。


 量は大学時代とは比べ物にならないほど少ないものだったが、その中の一作品が無事に賞を獲得し、賞金と共に本として出版してもらえることになったことをめったに鳴ることのない家の固定電話の受話器から伝えられた。


 ようは、念願かなって小説家としてデビューというものを果たしたわけだ。


 今日は、その受賞式の会場に行くためにホームで次にくる電車を待っている。


 場所はここから一時間ほどで到着する都内のビル。


 贈呈式とも呼ばれるそれは、すでにデビューしている先輩作家や同じく賞を受賞した同期の作家などが集まる。


 だから今の俺は大学入学時に買って数回着ただけで眠らせていた着慣れないスーツに袖を通している。


 大学の同級生は今頃、同じようなスーツで働いているのかと思うと少し出遅れた気分だ。


 そんな気分もあってか、久しぶりに着た上着が少し重く感じる。


 大学を卒業してから三年。


 いままではアルバイトで生活を賄ってきたが、これからは違うのだ。


 ついに悲願ともいえる夢がかなった。

 これを笑わずして何を笑っていられよう。


 頑張って無表情を装おうとするが、どうしても口元がニヤけてしまう。


 ちゃんとした肩書がつくのがこんなにうれしいとは思わなかった。


 でも、あまりここで浮かれてはいけない。


 まだ俺はスタート位置に立ったばかりなのだ。


 言うなれば、二流のスポーツ選手が欠員の穴埋めとして一流の選手の間に入るようなものだ。


 一流の最前線で戦っていくために本当に気を引き締めなければならないのはこれからだ。


 そんな事を考えていると、通過電車が来たことを知らせる軽やかな電子音がホームに鳴り響き、それにともなって周囲の人の流れが変化する。


 その中で明るく楽しげな声の談笑が聞こえて、俺はそちらに目をやる。


 人込みの間に紺色の服に身を包んだ小学生くらいの一団がこちらに歩いてくるのが目に入った。


 紺色の帽子に喪服のようなドレス調の制服。

 統一された学習カバン。


 よく言えば上品。

 悪く言えば不釣り合いに上品な服装に身を包んでいる。


 何処かで見覚えがあるなと思ってじっと少女たちの姿を観察していたが、制服が都内にある有名私立小学校の制服であると思い当たる。


 時々散歩で遠出している時にすれ違うことがあったので、印象に残っていたのだ。


 彼女らはこちらに向かってきていたが、その先では人の列がちょっとした渋滞を起こして立ち往生していた。


 いち早く気づいた先頭の少女が、他の四人をホームと線路の間――黄色い点字ブロックの外側へと友達を誘導し、渋滞を避けていく。


 一連の行動を見ていた俺は、賢い子だなと思いながらぼんやりとその行動を見つめた。


 集団を導く彼女はあとは進むだけだと判断したのか、すぐに年相応の他の四人の会話に混ざる。


 仲がいいのだろう。

 笑顔を浮かべつつ、仲良くじゃれ合っている。


 それは微笑ましいものではあるが、場所が場所なために心の奥底でちょっとした不安を覚えた。


 しかしその不安は、黄色い線の内側にお下がりくださいという聞き慣れたアナウンスによってかき消される。


 アナウンスが聞こえたのならすぐに内側に引っ込むだろうと。


 その時、後ろのほうにいた少女がグループの話題を切り替える。

 先頭の少女がそれに敏感に反応し、勢いよく振り向く。


 そして振り向いた少女の手が真後ろにいた隣の少女に接触し、その体をホームの外に押し出していた。

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