東京入管異世界特捜隊

北鴨梨

第1話 異世界特捜隊へ配置換え

 東京出入国在留管理局、俗に言う東京入管である。

 法務省にある出入国在留管理庁の出先機関の一つで、関東甲信越の1都9県を管轄する国の役所だ。


 名前の通り、本来は外国人の出入国管理や不法滞在の取締りをやっている。

 世間では税関と混同されることが多く、僕の祖母も、亡くなるまで僕が税関職員だと思っていたらしい。

 一応言っておくが、税関は財務省の役所で、輸入品の関税を取り立てたり違法な輸入品を取締るのが仕事なので、人間の出入りは対象外である。


 さて、10年ほど前のことである。

 神奈川県の足柄山地の奥で、とある洞窟が発見された。

 その洞窟は、あろうことか異世界に通じていて、当初、政府はこのことをひた隠しにして知らん振りを決め込んだが、政治家や芸能人のスキャンダルをすっぱ抜くので有名な某週刊誌が、文字通り存在をすっぱ抜いて世間と世界をアッと言わせてしまった。


 この異世界たるや、実に様々な資源が眠っていそうだと分ると、今度は、政府はこれをコントロール下に置こうとして様々な特別法を作って例外扱いし、上がりでぼろ儲けを企んだが、世論の批判を浴びて選挙に負けが込んだものだから、何か策はないかと考えた末


「我が国の領土だが、実行的な支配が及んでいない。」


という北方領土の先例を踏襲し、日本領土であってそうでない


「当面の間は外国と見做す。」


 ものとして、人的物的交流を行うことにしたのである。


 で、この異世界は、メディアじゃ


 アクア・アシガラ


と呼ばれるようになっているが、無論、異世界人は自分たちの国をそんな風には呼ばない。


「足柄の水の地」


を日本人が適当に格好良く呼ぶようになっただけのことである。


 政府部内の正式名称は


「特地」


というにべもないもので、公文書は全てこの呼び方である。


 ところで、出入国管理及び難民認定法、俗に言う入管法の規定上、外国人の定義は


「日本国籍を有しないもの」


とされている。


 異世界人は、当然、日本国籍、つまり戸籍を持っているはずがないので、入管法上は外国人ということになる。

 そこで、特地と日本との人の出入りは、入管法によるルールが適用される、と相成った訳だ。


 加えて、出入口が神奈川県にあるため、管轄は東京出入国在留管理局、つまり東京入管となるが、通常、神奈川県は横浜支局管轄になるところ、「手に余るだろう。」という有難い気配りのおかげで、特地のみ東京入管本局管轄とされた。


 役所って面倒臭えな。


 ところで、世界を見渡しても分かる通り、正規、つまり合法な人の流れがあれば、不正規、非合法な人の流れもある。

 密入国とかオーバーステイとかいうやつだね。


 この異世界との非合法な人流の取締りを専門に扱っているのが、この度、僕、廣田大作が配置となった

  東京出入国在留管理局異世界特別捜査隊

  略して

  東京入管異世界特捜隊

なのである。


 入管には、いくつかの官職があって

  法務事務官 総務や会計を扱う役

  入国審査官 出入国や在留管理の審査をする役

  入国警備官 入管法違反の取締り、収容施設の警備、強制送還をする役

  法務技官  医師、看護師、薬剤師など

に分かれている。

 

 僕は、法違反者の取締りが役割だから、入国警備官である。

 事務官や審査官は、一般行政職として採用された人たちだけれども、入国警備官は


 国家公務員法の適用においては警察職員とする


などという規定があって、最初から「入国警備官採用試験」を受験することになる。


 警察職員扱いで部隊行動もとることから階級制度があって、お巡りさんと似ているんだけれど、下から


 警守 警守長 警備士補 警備士 警備士長 警備長 警備監理官


というように並んでいる。

 まあ、


 警守=巡査、警守長=巡査部長、警備士補=警部補、警備士=警部


というように考えてくれれば分かり易い。


 実際、警察とは、人事交流というのをやっていて、階級は、今言ったように交換される。


 で、僕は警備士補だから、警部補待遇ってことになるんだけれど、別に有難くもなんともなくて


「石を投げれば警備士補に当たる。」


なんて揶揄されるほど、インフレ状態の警備士補なのである。


 ま、それはともかく、警備士補(士補って略されるね。)の僕は


 上席入国警備専門官 警備士補 廣田大作 

 東京出入国在留管理局異世界特別捜査隊に配置換えする。


ていう辞令をもらい、異世界特捜隊へ着任(といっても部屋を変わっただけなんだけどね。)したわけ。


 段ボール箱に詰めた、制服や貸与品を台車で運んで、制服類はロッカーに、装備品その他は机の引き出しに入れてカギを掛けた。

 あ、カギを掛けるのは重要でね、たまーにだけど物がなくなったりするんだよね。

 夜中に小人さんが来て失敬するのかどうかは知らないけど、亡くなれば


「管理が悪い。」


ってどやされた挙句に処分が来るから、堪んないよね。


 それに、僕は特捜隊員だから、仕事は、内定調査だの摘発だの、ほとんど外回りで、制服なんか射撃訓練の時にしか着ない。

 こういう立場だと、制服が亡くなったりしてもなかなか気付かないので、普段から要注意だ。


 あ、「射撃」ですか?

 これは、入管法第61条の4第1項で

 入国審査官及び入国警備官は、その職務を行うに当り、武器を携帯することができる。

というふうになっていて

 その第2項で

 ~武器を使用することができる。

というように携帯と使用ができるように決められているんです。

 なので、大きい入管局には、いざという時のために、お巡りさんが使うものと同じ、38口径のリボルバー式拳銃が備えられていて、入国警備官は、射撃訓練もやっているという訳なんです。


 さあ、荷物整理も済んで、缶コーヒーを啜りながら、前任者からの引継ぎなどを眺め、初日の仕事開始となります。

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東京入管異世界特捜隊 北鴨梨 @hyuruhyuru

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