創世神話
フロンティア惑星から何万光年も離れた銀河の片隅に、オリヴィエの所属する組織「大図書館」の主星イネース。
その中心部に存在するメインコンピューターの一つで、数十万人の科学者や技術者たちが今まで経験したことがない危機への対応に忙殺されていた。
「周辺5星系を確実に巻き込む規模の火球ですって!? 冗談じゃない!」
「Arc.オリヴィエのデータが原因不明の攻勢プログラムに消去されかけている! 直ちに修復プログラムを!」
「し、しかし……今ファイアウォールを解除したら、メインサーバへ延焼します……」
おそらく銀河の中でもトップクラスの頭脳集団である「大図書館」の英知を結集しても、ブレイズノアがもたらした「焼却プログラム」の勢いを止めることができず、回線をシャットアウトするほかなかった。
貴重な人材であるオリヴィエを失うのも痛いが、彼女が相対しているのはまさしく銀河の危機であり、それに対抗することができないのも悔やまれた。
だが、彼らが困惑している最中、妙なことが起こった。
「っ!? だ、だれ!? 勝手にファイアウォールを開けたの!?」
「マジで!? ちょ、ホントじゃん!? メインサーバが何者かにハッキングされた!?」
「冗談じゃない! 銀河最強のセキュリティを誇るメインネットワークがハッキングされたですって!? 責任問題!!」
『ごめんね。ちょっと知り合いに手を貸したいの。少しだけ道を借りるわ』
スピーカーから聞き覚えのない少女の声が聞こえた。
それと同時に、閉じられていたファイアウォールがハッキングされ、残り僅かになっていたオリヴィエのバックアップを焼き尽くそうとしていた焼却プログラムを食い止め始めた。
「いったい何が!?」
「メインサーバがあっさりハッキングされたのは屈辱だけど、助かったわ」
「でも責任問題……」
技術者たちが呆然と見守る中、謎のプログラムはじわりじわりとオリヴィエのバックアップを修復していった。
×××
(もうそろそろ限界が近い…………まるで、1秒が1時間……1日くらい長く感じられる)
持てる全てを出し尽くしてブレイズノアの温度上昇を押さえつけているオリヴィエだが、彼女の力をもってしてもあと何秒持ちこたえられるかわからなかった。
おそらく作戦が成功したとしても、彼女の身体は精神とともに宇宙のチリと化してしまうだろう。それでも、オリヴィエには守らなければならないものがある、という思いがあと一歩の土俵際で消滅を食い止めている。
ブレイズノア本体の温度はすでに「億」を超えている。
この時点で封じ込めが解除されてしまっても、惑星全体が爆ぜて無くなるくらいの威力になってしまうだろう。
だが、暗黒竜王はこの程度の温度であれば十分耐えられる。
つまりはエッツェルの一人勝ち――というわけだ。
(させる……ものか。私の故郷を食い尽くした、すべての諸悪の根源…………暗黒竜、あなたの好きにはさせない)
そんなオリヴィエの執念は、数秒後にようやく実る時が来た。
『オリヴィエさん、ご助力感謝いたします。あなたの献身は、きっとリア様も喜ばれることでしょう。そして、リア様に仇なす神敵は、私が永遠の闇に葬り去ります』
『待たせたなオリヴィエ。もう大丈夫だ、それを放せ』
『そう……思ったより、早いじゃない。これで私は…………』
クラリッサとシャザラックが、ブレイズノアへの最後の一撃を加える準備が整ったことを知らせると、オリヴィエはようやくすべてが終わったと判断し、ブレイズノアとの情報接続を断ち切った。
そして―――――
『神敵よ……この世にあってはならない異物よ……! リア様からの裁きを与える! 貴様は――――『無世界送り』だ!!!!』
クラリッサの身体から白いオーラが勢いよく沸き上がり、1秒もしないうちに全長十数キロメートルにも及ぶ巨大な「女神リア」の姿が表れた。
膨大なオーラでできた巨大な女神リアは、その手に巨大なハンマーのようなものを持っている。
そのハンマーは、よく見ると、槌の部分がなんと巨大衛星ダモクレスでできており、柄の部分はブレイズノアの攻撃で破壊された攻撃衛星の残骸を、シャザラックが短時間で棒状にしたものだった。
『ダモクレスハンマー始動。出力は1200%です』
『規格外使用は中止してください。繰り返します、規格外使用は即刻中止せよ』
機関部に接続したサイブレックスが、自らのバッテリーを暴走とも呼べる出力まで上昇させ、巨大衛星ダモクレス改め「ダモクレスハンマー」のAIが無茶苦茶な使い方をする人間どもにめいいっぱい抗議の声を上げる。
だが、そんな抗議の声もむなしく、巨大な女神は勢いよくダモクレスハンマーを振るった。
『そぉいっっ!!』
すさまじい速さで振るわれた巨大ハンマーは、オリヴィエからの圧力から解放されたことで全力で温度を上昇させようとしていた
宇宙のかなたまで吹き飛ばされる――――とはならず、ハンマーが激突した瞬間、宇宙空間に突如として白い裂け目のようなものが発生し、ブレイズノアだったものは一瞬でその裂け目の向こうに飛ばされたのだった。
『……終わったか』
『はい。リア様の異世界転移の力で「無の空間」へと飛ばしました』
クラリッサの言う通り、ブレイズノアは女神リアの「異世界転生」の力によって、ビッグバンが始まる前の「何もない世界」に飛ばした。
それこそ空間や時間すらもない無の世界に飛ばされたブレイズノアは、存在できる余地なく消滅するか、もしくは…………真空崩壊を起こすことで、ブレイズノア自身がビックバンになり、新たな宇宙を創造することになるだろう。
こうして、銀河をも巻き込む寸前だった未曾有の危機は終息した。
あとは、地上の勇者たちが暗黒竜王エッツェルを討ち果たすこと祈るだけだ。
『いつ見ても…………きれいな
まるで赤熱した鉄塊を素手でつかんでいるかのような、この世の物とは思えない熱さと苦痛から解放されたオリヴィエは…………意識を手放す前に、身体を地球のほうへと向けた。
真っ黒な宇宙に浮かぶ青く輝く星、彼女の
存在そのものが燃え尽きようとしているオリヴィエは、せめて最期に自分の生まれたゆりかごを少しでも長く目に焼き付けようとした。
『たとえちっぽけでも…………あなたを守れたら、わたしは、それで――――』
(本当に終わりでいいの?)
『……?』
(これで貸し一。いつか返してもらうから)
すでに音が聞こえないはずなのに、どこからか少女の声が聞こえた気がした。
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