大災厄

(まだだ……まだ、これでは終わらん。もっと、さらなる力を、吾の手に…………)


 衛星に叩きつけられるまでの1秒にも満たない時間の中で、ブレイズノアは無意識にさらなる力を求めた。


 力と力のぶつかり合いで負けるのであればなにも文句はない……そう思うはずだったが、ここにきて彼の心の中に、とてつもなく強い渇望が生まれた。

 力は初めから持っている。それが祖竜という存在。

 欲するまでもなく持っている彼がここまで渇望したのは、二度目の死の淵に遭って思い返した、とても短い、しかしとても興味深い記憶がそれを呼び起こしたからだ。


(『原初の火種』――あれさえあったのなら、吾は、竜王エッツェルすら飲み込んでいたものを)


 そのわずかな未練に


『ならばくれてやろう』


 内に潜んでいた竜王の呪いが


『喜べ、この世のすべてを、ソラを焼き尽くす火種となることを』


 火をつけた――――!!





『グ……グオオォォォォァァアアアッッ!!』


 この世のものとは思えない唸り声とともに、ブレイズノアのまなこが赤く染まり、皮膚から露出した鱗の隙間から、血のような色の炎が吹きあがる。


 痛みが消えてゆく……いや、意識そのものが蒸発していくかのように消えてゆくのを感じたブレイズノアは――――


(……やってくれたのう、エッツェルよ! これが、貴様のやりたかったことか!)


 暗黒竜王エッツェルの呼びかけに応じ、黄泉路を還ったことを激しく後悔した。

 確かに、厄竜として復活した手前、エッツェルに忠誠を誓ってはいたが、自らの存在や矜持までもが勝手に使われることは、耐えがたい屈辱であった。


 だが、今更気が付いてももう遅い。

 意識が消える間際に抱いた感情が「後悔」だと気が付く猶予もなく、青年の姿をした火竜は全身を白熱させ、その輪郭を溶かしていった。



『な、なによあれ…………核熱?』


 衛星のマントル放射を何とか防いだオリヴィエたちだったが、それと同時に信じられないものを見た…………が、見た瞬間に激しい光で一時的に網膜が焼けてしまい、自己再生するまでは空間から得られた情報から解析するほかなかった。


『マスター、危険です。衛星「ムン」の表面温度が激しく上昇中。現在温度は約2万、なおも上昇中』

『サイブレックス! 直ってよかったわ』

『この程度の損傷、高性能な私にとっては大したことではありません。それより、もっと重大なことが』


 ここで、一時的に戦線を離脱していたサイブレックスが、自らを修理して戻ってきた。

 熱暴走状態にあったバッテリーも何とか持ち直し、その上さらなる耐熱対策を施して戻ってきたわけだが、今目の前にあるのはそれをはるかに隔絶した危機の前兆であった。


『アレ、のことよね』

『はいマスター。私の高性能な計算によれば、約5分後に熱圧縮が1テラケルビンに到達し、その時点で放たれればこの星系および、隣接5星系が消滅します』

『1テラケルビン…………つまり、1兆度。まさか、あの竜は自らを犠牲にしてでもこの星を滅ぼそうと?』

『それはまだ「マシ」な方の計算結果です。このままさらに1時間経過後、測定不能なほど高まった熱塊は、最悪の場合、真空崩壊を引き起こす可能性があります』

『ウソでしょ……たった1時間で、故郷の星どころか、この銀河そのもの……いえ、それこそ宇宙すらも崩壊するわ!』


 不気味に脈打つ超高温の塊は、時折苦しむように身じろぎすると、高温の熱波とともに高エネルギーのガンマ線を放ちながらも温度を急上昇させていた。

 一体どう対策をすればいいか、もはや考えもつかないオリヴィエだったが……


『まだです、まだ終わってはいません!』

『クラリッサ……あなた!』

『神の御業に不可能はありません。ですが、時間がありません。ですからオリヴィエさん、ほんの少しでもかまいません。時間を稼いでくれますでしょうか』


 絶望が支配する中、クラリッサは「天啓」を得たようで、古の火竜の最後の悪足掻きに対抗する方法を思いついたようだ。

 だが、猶予時間が1時間あれば別だが、実質5分以上の猶予はない。

 ゆえにクラリッサは、心苦しく思いながらも、オリヴィエに「時間稼ぎ」を依頼した。


『いいわ、やってあげる。きっとそれが、私が故郷から与えられた使命なのだから』

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