ファイアウォール
右手に短剣を握り、【幾何学文様の彼方】によるワープで瞬く間にブレイズノアの懐に飛び込んだオリヴィエ。
ブレイズノアの体表は超高温で、触れるだけで鉄が溶ける。彼女の肉体も例外ではなく、飛び込んだ瞬間に彼女の全身が真っ赤に膨張し、勢いよく発火した。
痛覚をはじめとした感覚はあらかじめ遮断してある。
オリヴィエの意識はほぼプログラムのように淡々と体を再構成し、一度サイブレックスが抉ったブレイズノアの左脇腹に短剣を突き刺した。
『梟の目――起動』
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>転送データ:■■■■■■■
>攻勢プロトコルを実行
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『ぐっ!?』
ここで初めて、ブレイズノアが苦悶の声を上げた。
痛みとも不快感とも形容できない、純粋な「苦痛」が厄竜の体躯を駆け巡る。
(今まで……あの子たちとの戦いを見て、わかったことがあった。私の故郷に甚大な被害をもたらした三つ首竜をはじめ、一度死んだ後に蘇ったドラゴンゾンビの数々は、そのどれもがあの暗黒竜王エッツェルの力に紐づいていた。それこそが、厄竜どもの根源であれば、それを消し去ることで動きを止めることができるはず)
暗黒竜王エッツェルが持つ、死者への命令権。
それは特に竜に対して非常に効果的で、かの竜王の呪詛「暗黒竜呪」は一種のプログラムとして、厄竜たちを動かしている。
であれば、何とかしてそれを上書きすることができれば、いくら強力な祖竜といえども、消滅させることが可能だとオリヴィエは仮定したのだった。
正直、仮説の域を出なかったためほとんど博打のようなものだったが、彼女の目論見は見事に的中。ブレイズノアの存在自体に「竜特効」の情報をまるでコンピューターウイルスのように打ち込んで苦痛を与え、それと同時に竜王の呪いをプログラム的な観点で削除しようと試みた。
そうしている間にも、オリヴィエの肉体は燃え続けている。
燃え続けているが、オリヴィエは思い切って保存してある自らのバックアップを経由して、本国の超巨大サーバ「ホロアーカイブス」に接続し、常時肉体を再構成しつつ、情報量の暴力でブレイズノアに攻勢プログラムによるハッキングを仕掛けるという、色々な意味で常識外れなごり押しを展開したのだった。
このままいけば、いずれはブレイズノアを動かす竜王の呪いを駆逐することができる――――そう考えていた直後だった。
『は、ははは、成程、やはり人間は、愉快だ』
『この期に及んで負け惜しみ?』
『先ほど人間の科学はその程度と言ったな。撤回してやろう、まさか人間の科学科から「気づき」を得られるとは』
ブレイズノアの核心、エッツェルの暗黒竜呪の解析がもう少しで見えてきたところで、異常肢体が発生した。
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>攻勢プロトコル:エラー 原因不明
>攻勢プロトコルを実行
>繝悶Ξ繧、繧コ繝サ繝弱?繧「
>予期しないエラー
>予期しないエラー
>予期しないエラー
>辟シ蜊エ鬆伜沺
>ノードに損傷が発生しています
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(攻勢プログラムが……燃える、うっ……私の存在が、燃える)
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>量子ファイアウォール 損傷
>排除不可
>警告:深刻な通信攻撃を検出
>警告:該当セクタを遮断します
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『あっ、ああアアッ……!』
オリヴィエがもだえ苦しみながら、ブレイズノアに刺さるナイフを手放した。
『…………認めてやろう。貴様は吾の敵だと。ゆえに、完膚なきまでに滅ぼす』
ブレイズノアの言葉からは怒気が感じられた。
かれは、ようやくオリヴィエを「滅ぼすべき敵」と認識したのだ。
ただ、それを差し引いたとしても、先ほどから何度倒してもバックアップ経由で無限に復活するオリヴィエの肉体が若干面倒になってきていた。
自分の肉体が、エッツェルの存在がある限り滅ぶことがないのと同様に、オリヴィエの肉体も根本を絶たなければ破壊しえないのだが、その方法を見つけることができずにいたのである。
しかし、オリヴィエが乾坤一擲で仕掛けた、データを直接体内にぶち込むという荒業は非常に効果的であった半面、オリヴィエすらも想定していないリスクを抱えていた。
なんとブレイズノアは、オリヴィエが仕掛けてきたプログラム攻撃を逆手に取り、そのネットワークを「燃やす」ことで、彼女の肉体組成のみならず、背後にあるバックアップ、そしてなにより彼女が所属する大図書館が誇るメインデータサーバを攻撃するという前代未聞の反撃に出たのだった。
まさか竜に逆ハッキングを食らうとは想定していなかったオリヴィエは、自分のバックアップとの通信を切り離す前にバックアップに延焼してしまった。
さらに悪いことに、ブレイズノアの情報燃焼は本体サーバにまでその魔の手を伸ばし始めたため、本体サーバは慌ててファイアウォールを起動して、オリヴィエのバックアップ情報を隔離してしまったのだ。
それが何を意味するのかは一目瞭然だ。
彼女の組成情報とバックアップは損傷し続け――いずれオリヴィエという存在が死を迎えるだろう。
(そんな………いやよ、故郷を滅ぼした報復をするまでは、死ぬわけにはいかない)
オリヴィエは自らの命蝋が急激に燃え尽きようとしていることを察知し、自分の身体とバックアップの再構成に専念するほかなかった。
そして、この状態で何度も致命な一撃を食らえば、いずれ再生成が追い付かなくなってしまいかねない。
現状をどうにかするには、ブレイズノアを倒さねばならず、その手段も失われた。
もはや希望は絶望の炎により焼き尽くされるしかない――――と、思われていたその時だった。
『天誅っっっ!!!!!!』
『なんっ!?』
ブレスを放とうとしていたブレイズノアが、何者かに頭蓋を強打され、炎の渦が明後日の方向に逸れた。
『は? 一体何が!?』
『見知らぬ方よ、女神リア様の加護あれ! 神敵たる竜の相手、感謝します! この教務委員クラリッサが、女神様に代わって悪しき厄竜に鉄槌を下します!』
白く神々しいオーラに包まれた金髪の聖女クラリッサが、ガンギマったように眼光を開き、参戦してきたのだった。
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