論外の戦
膨大な時空魔力の激流に飲み込まれたブレイズノア。
とはいえ、これで倒せたという保証はどこにもない。
オリヴィエは確かに強力な魔術士ではあるが、今まさに地上で黒竜王たちと戦っている生粋の戦士(戦闘狂ともいう)ほど戦いに慣れているわけではない。オリヴィエの本業はあくまで研究員なのだ。
ゆえに、強力な一撃を放って、それが直撃したのを確認した時、ほんの一瞬だけ気を抜いてしまった。
「っ!!」
巨大魔法陣を真っ二つに割く熱の塊が、コンマ数秒もしないうちにオリヴィエを直撃し、その体を蒸発させた。
『ふむ、このような魔術は初めて見るし、初めてこの体で受けた。悪くはない威力だった……吾の『枷』が一つ外れる程度には、な』
真っ向から大魔術を受けたブレイズノアは、さすがに無傷とはいかず、肌の下から赤く熱を放つ鱗がのぞき、わずかに血が滲んでいた。とはいえ、この程度の傷であればすぐに元に戻る。
だが、それ以上に……ブレイズノアの『存在感』が、先ほどの数十倍に膨らんでいた。それはまるで、今までは手加減どころか、仮死状態でしかなかったと思わせるほど。
『そこの絡繰人形、お前の主は滅した。敵を討つよう命令はされているのか?』
オリヴィエを消し飛ばしたブレイズノアは、次の獲物として、無表情に宇宙空間に佇んでいるサイブレックスに目を向けた。
「否定。マスターは死んでなどいません」
『ん?』
「正確には、マスターの存在を滅することは不可能かと」
『死んだと思った? 残念、肉体の死は私の存在を滅したことにはならないのよ』
肉体が蒸発したはずのオリヴィエの声が響くと同時に、陽電子ビームが四方八方からブレイズノアに直撃する。
ダメージ自体は大したことのないものだったが、確実に存在もろとも消し飛ばしたはずの人間の気配が再び現れたことに、彼は若干驚きの感情を持った。
『……なるほど、吾は人間という生物の可能性を若干過小評価していたか』
『若干、で済むかしらね。まあ、少なくとも竜とかいう古臭い、カビの生えた生き物に、常に進歩し続ける私たちは理解できるとは思えないけど』
サイブレックスの言う通り、オリヴィエの「存在」自体を滅することはほぼ不可能に等しい。なぜなら……
(私にとって、肉体はあくまで「出力装置」に過ぎない。肉体なんて、すぐに再生成すれば済む)
オリヴィエという「存在」は、本国である大図書館が誇る「ホロアーカイブス」という超巨大データ集積装置にバックアップとして記録されており、それが亜空間通信を経由してオリヴィエの肉体に投射されている。
このバックアップがある限りオリヴィエは文字通り何度でもよみがえる。存在そのものを滅するには、星間規模の文明を丸ごと滅ぼさなければならない。
物質志向を極めた文明にとって、もはや肉体はタダ同然に作れる器でしかないのだ。
『さて、そうは言ってもいよいよ私だけの手では負えなくなってきたのも確かね。シャザラック、あなたも加わって頂戴』
『おう、ついにこの時が来たか』
ここでオリヴィエは、さすがに地震だけでは厳しいと判断し、予備として待機させておいたもう一体のアンドロイドを呼び寄せた。
サイブレックスに瓜二つのこのアンドロイドは、サイブレックスを建造を任され、自らもこの星で生まれ育った、機械工学の権威、シャザラックだ。
地上で活動していた際は、まるで女性のような性格でふるまっていたが、今や本来の性格である老成した男性へと切り替えている。
美少女アンドロイドがおっさんの声でしゃべるというのは、なかなかシュールではあるが…………
『いい? ドラゴンゾンビ相手といえども、ダメージが入らないわけではないわ。私たちのありとあらゆる最悪なものを、この傲慢極まる物体にたたきつけてやりましょう』
『承知した。万智の集積たる科学の力を見よ』
新たに肉体を再構成したオリヴィエが、
それに加え、サイブレックスがブレイズノアの懐に飛び込み、あえて相手が得意とする接近戦に持ち込んだ。
『科学の力、か』
目にもとまらぬ速度でフォトンセイバーを振るうサイブレックス相手に、灰燼剣で打ち合うブレイズノアは、
『敵性生物、ダメージレポート。レールガンによる砲撃、損害0.001%、イオンガンマ線レーザー、損害0.3%。フォトンセイバー、損害2%』
『んー、やっぱりなんだかおかしいわね。鱗が固いっていうのはわかるけれど、イオン砲のダメージがそこまで落ちるだなんて、設計ミスかしら』
『否。私の設計したイオン砲は完璧で高性能だ。ガンマ線バーストに耐性があるとしか思えん』
もちろんそのようなことはない。
ブレイズノアだけでなく『祖竜』と呼ばれる存在は、永い年月を生きたうえ、あらゆる生物から畏怖の象徴となったことで、その存在自体が一種の「神性」を帯びた。その性質は、時代が進んだ武器であればあるほど、攻撃が通らなくなる「久遠の神秘」というもので…………いくら科学が発達しても、解析できるものではなかった。
自然現象を操作できるオリヴィエにとって、本来であれば「火の力」だけを自在に操る火竜は一方的な相性のように思えたが、実際は非常に相性が悪い敵だった。
何度計算しても、予想とは全く異なる数値が出ることにひたすら首をかしげるオリヴィエ達。それでも彼らは自分たちは間違っていないとひたすら信じた。
科学はすべてを解決する。いずれ神の御業は人の手の内に。
病的なまでの科学の信徒たちはあきらめなかった。
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