理外の戦
視点は再びオリヴィエに戻る――――
本来の予定からはいろいろ逸脱したが、かなりの大物が釣れた。
焱竜ブレイズノア――【業焔の祖竜】と呼ばれる、竜王陣営の秘密兵器である。
「まあ、軌道衛星砲程度で仕留められる生物だとは思っていなかったわ。かくなる上は、この私自ら……」
月の裏側にある秘密の観測拠点からワープし、表側にやってきたオリヴィエ。
対するブレイズノアはオリヴィエの肉眼では点ですら見えないくらい彼我の距離が離れている。にもかかわらず、お互いはお互いの存在をすでに認識している。
ここは地上からはるか遠く離れた宇宙空間……とうに視覚や聴覚、嗅覚といった一般的な生物が持つ感覚は使い物にならない。
『
まるでテレパシーのように、オリヴィエの精神に直接声が響いてくる。
落ち着いた青年の声だった。
『お生憎様。あなたは私を焼き尽くすことはできない。私は万物の理をこの手に掌握しているのだから』
オリヴィエも同じように挑発的に語り掛ける。
その言葉に一切の虚勢はない。あくまで常識を言って聞かせるような口ぶりだった。
『ふぅん、随分な自信だ。では、試させてもらおうか』
いうや否や、ブレイズノアの前方に本体の何百倍もの大きさの質量の火の玉……まるでとても小さな太陽のような火球が生成されると、そこから猛烈な勢いで高温のフレアが迸った。
摂氏1万度を優に超える凄まじい炎は、宇宙空間という酸素のない空間でも勢いが衰えることなく、数キロメートル離れたオリヴィエを月の表面ごと焼き尽くさんと襲い掛かった。
普通の火竜ではこのような芸当はできない。
かの火竜レダの仲間たちが自らの住処となった星を焼き尽くして絶滅したように、火竜には燃える物質が必要だ。
だがブレイズノアは…………彼自身が「燃焼」という現象そのものであり、化学反応のそれとは理屈が違う。始祖の竜が片手間で発生した焱は、矮小な人間にとってはオーバーキルもいいところなのだが……
「【元素変換】――燃焼の強制終了」
オリヴィエには周囲の自然現象を自在に操ることができる能力【元素変換】がある。
これにより、彼女を焼き尽くそうとした極悪な炎は、強制的に鎮火させられることとなった。
『ほほう……わが炎を打ち消すとは、大したものだ。成し遂げた人間はお前が初めてだ』
『おほめに預かり光栄ね。というわけで、あなたには勝ち目はない。不運だと思ってあきらめることね』
『口先だけではないようだな、人間。しかし、吾の武器はもう一つあることを忘れてはおるまいな』
自らの炎が完封されたはずだというのに、ブレイズノアはそこまで深刻にとらえていないようにみえた。
彼は肩に担いだ身の丈を超える大剣――もはや赤熱した鉄塊と呼ぶにふさわしい
抵抗のない空間で、足から爆風によるパルスを発生させてエンジンのように用いることで一気に加速するブレイズノアは、数キロの距離を僅か数秒で詰め、超質量による薙ぎ払いを放った。
「甘い、甘いわ。始祖竜といえども、知能は大したことないのね」
この速度と質量による斬撃を、ただの人間が宇宙空間で避けられるはずがない。
【幾何学模様の彼方】――空間力学を転用した連続テレポートともいうべき回避技。
閉鎖空間ならまだしも、何も遮る物がない無限の空間では、オリヴィエに接近戦を挑むことは不可能だ。
そして――――
『宇宙空間は初めて? それだけ加速したら、すぐには止まれないし、曲がれない。つまり、到達先の計算が容易ということ。……サイブレックス』
『はい、マスター。座標計算済みです』
ここでオリヴィエは、補助戦力にして切り札の一つ、最強アンドロイドのサイブレックスを戦場に投入した。
『遊んでいられる相手ではないの。初めから本気で行かせてもらうわ。魔力チャージ全開、エーテル収束門開放、『戦略時空砲』射出!!!!』
オリヴィエは、ブレイズノアと開戦した時から巨大な魔法陣を空間に仕込んでいた。白い光で描かれた緻密な魔法陣の直径はなんと150メートルにもおよび、数分のチャージが完了した今、ため込んでいたエーテル魔力をビームのように解き放った。
サイブレックスが今まで戦場に姿を現さなかったのも、このチャージに時間がかかるのが最大の難点である超威力のビームをブレイズノアに当てるために膨大な計算をしていたからだった。
『お、おおお!!』
オリヴィエの言う通り、宇宙空間で一度加速した物体が急に減速したり進路を変更するのは困難だ。
ブレイズノアの身体があっという間に凄まじい光の奔流に飲み込まれる。
オリヴィエが放った大魔法は暗黒の空間に一直線に戦を描き、その光の軌跡は真昼の地上からも薄っすらと見えるほどだったという。
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