デウス・ウルト
首都セントラルを襲う最後の大攻勢により、セントラルの行政を担う代表委員たちはその誰もが前線で身を削っており、すでに戦闘不能になっている者も何人か出る始末。
そのような激戦の中、ただ一人、誰もいない建物の中、綺麗な身のまま佇む人物がいた。
「教務委員」のクラリッサだ。
『…………貴女の覚悟はしかと受け取ったわ。本当はこんなことをしたくはないのだけれど』
「みなまでおっしゃらないでください、リア様、天にまします主たる女神様。リア様が自由を愛し束縛を嫌うことはよく存じております。ゆえに、あの唾棄すべき
『…………』
普段は人々の声にこたえることが稀な女神リアは、この世界の全住民の危機とあっては、さすがに黙っていられないようだった。
ただでさえ普段から枯渇気味の信仰パワーが、次々に差し迫った危機を受けてか最近はよく溜まってきており、ようやくリアとしても自らの力を十分に行使できるようになったわけである。
しかし、リアはスィーリエと違い、人々に加護を施すことを苦手としている。
クラリッサが言う通り、この女神は基本的に放任主義なので、いちいち加護を与えるということに慣れていないというのがある。そのせいで、加護を発動するにはそれなりの信仰心を消費してしまうようである。
その一方で、実はリアが本気で加護を施せば、かの悪名高い「神性介入」など比べ物にならないくらい強力な力を授けることができる。
そこで器として選ばれた――――いや、自ら立候補したのがクラリッサだ。
(この話を聞いたら、きっとあの子は嫉妬するでしょうね。ですがここは、先輩の私に譲っていただきますよ。リア様の愛も、神の敵を討ち果たす名誉も、そしてうち果てた末の結末も…………すべて私が独り占めします)
クラリッサが思い浮かべるのは、リアの教えを昼夜問わず熱心に広めようとしている可愛い後輩の姿。
今は暴走しがちだが、いずれは自分のように落ち着いた雰囲気で信仰の道を語ることができると信じている。まあ、暴走したらやばいのはどちらかといえばクラリッサなのはあえて棚に上げているが。
そして、可愛い後輩であるがゆえに…………自分が逝こうとしている危険な道を歩ませたくないと考えている。
後になって色々恨み節を言われるだろうが、その時自分はすでにこの世にいない可能性が高いので、気にすることはあるまい。
『時間がない、始めましょう。その場に頭を垂れなさい』
「喜んで」
頭の中に揺らぐ言葉に従い、クラリッサは悠々と膝を折った。
その心が無心になり、息を少し弱く吐くと、彼女の身体は急速に白い光に包まれた。
『あなたに、女神リアの最たる加護を授けます。人々を滅ぼさんとする悪しき竜に、私に代わって裁きを下すよう』
「慎みて拝命いたします」
『そして…………万難を排し、必ずや生きて帰ってくること』
「……っ! それは!」
『私はあの女神と違い、信徒の一人とて失うことは大きな痛み。人の器を大幅に超える加護は、人の身体を容赦なく蝕むでしょう。それでも、あなたは必ず帰ってくるのです。デウス・ウルト――――私のわがまま、聞いてくれるかしら』
「
クラリッサがそう呟いた後、女神の声は聞こえなくなった。
見た目では何の変化もないが、クラリッサの身には、とてつもない加護の力が宿っている。
「行きましょう、神敵を滅すために」
クラリッサの伏目がカッと開かれると、彼女の身体が一筋の光となって天井を突き破っていった。
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