祖星へ捧げる鎮魂歌 ワールドワイド・フロンティア外伝
南木
プロローグ:灼かれた楔
「どのような場所を訪れたとしても、一番素晴らしい場所はやはり母国なのだ。愛国者が持つ誇りとはそういうものなのである。」
――オリバー・ゴールドスミス
フロンティア北方――「ウインターホームカントリー」と呼ばれる極寒の町に、よく当たると評判の女性占い師がいた。
占い師の名はスミト。
その正体は、数々の異世界事件に首を突っ込んでは、コソコソと裏工作を行っていると悪名高い「異世界産業スパイ」ともいうべき存在だった。
そんな彼女は、今回は珍しくそういった類の事件を起こしていない。
なぜなら……この星こそが、彼女の故郷だったからだ。
『亜空間ポータル開放を確認。ポイント「オスカー」』
「…………」
衛星『ムン』の裏側に密かに建設されたドーム状の研究施設。
その中央に位置する指令室のモニターには、肉眼でも確認できるほど巨大な青白い「孔」がじわじわと広がっていくのが映っている。
中央の安楽椅子に腰かける黒髪の美女。周囲には数体の女性型アンドロイドが控え、モニターの状況を逐一報告していた。
(必要な対価があればこの身に代えても支払う。もはや我々には切り札がないのだ)
体中に薬品の管を突き刺した色白の少女が、自身が歩けないにもかかわらず介助人に支えられながらも、立場的に一介の市民でしかない自分に頭を下げてきたことを思い浮かべる。
スミト………いや、大図書館アーキビストたるオリヴィエ・ソミェットは「わかった」と一言で承知し、対価として現地人たちの覚悟、つまりある程度のところまでの自力対応だけを要求した。
その結果が、画面に映し出された空間と空間をつなぐポータルだった。
『ポータル容量115% 「テラストギアラ」浮上』
『目標の収容まで残り45秒』
宿敵たる竜王エッツェルを惑星外に排出し、そこですべての決着をつける。
そのための下準備は存外うまくいっていた。それだけ「今の住人」たちは必死に力を絞っているのだろう。何人かは力を使い果たし、命を落とすかもしれないが、自分たちの故郷を乗っ取ったのだから、それくらいはしてほしいところだ。
もっとも、すべてがうまくいくとは思っていないが。
『――――! 警告、亜空間ポータル接続情報に損傷発生』
『相転移術式崩壊。容量急速低下、消滅まで5秒』
「ふぅ、結局こうなるわけね。ま、覚悟だけは見せてもらったから、後は最悪地上ごと破壊しても…………」
巨竜を吸い出さんと広がったポータルが、何者かの強烈な攻撃により、空間の接続が乱れ、みるみる縮小していった。
地上の住人達にはとっておきの切り札だとしても、オリヴィエにとっては手段の一つにすぎないわけで、彼女は無情にも次の手に切り替えようとしていた。
ところが、ここで予想外のことが発生する。
『ポータルより敵正反応出現。パターン赤、火竜です』
「えっ」
もはやポータルによる惑星からの排除は不可能と断じていた時、1体の人影が何かに蹴りだされるように飛び出てきた。
神の奇跡か、何かの間違いか、いずれにせよ原住民たちは自力で成し遂げたのだ。
であれば、先輩として応えてやらないわけにはいかない。
「イオン砲斉射」
オリヴィエの合図で、無重力空間に放り出された赤い人型に対し、9つの衛星のうち、小型の8つから青白い光線が迸る。
1つでも直撃すれば高層ビルも一撃で粉砕する威力のビームを8つ同時、少なくとも並みの生物では生きてはいられない、はずだ。
が、粉々になったのは人影の方ではなく――――ビームを発射した衛星の方だった。
『衛星ダモクレス損傷! 小型周回イオン砲、高熱により全損。主砲中破、損害35%』
「……やるじゃない。どうやら、一番の貧乏くじを引いたのは私たちのようね」
白い髪をローテールで括った青年の目の前には、空気が一切ない無限の闇が広がっていた。
「ここは……宙向こうか」
地上の人間による悪足掻きで、ただ一人この空間に放り出された火竜は、すぐにここが大気圏外であることを察知した。
いくら頑健な竜族とはいえ、さすがに大気のない場所での生存は不可能なはずだが、この火竜は何事もなかったかのように平然と浮かんでいた。
その直後、彼の左手方向から高威力のビームが直撃する。
(これはこれは、なかなか手荒い歓迎だ。エッツェルの
レーザーが飛んできた方向に、寸分たがわずそれ以上の熱線が撃ち込まれ、肉眼では見えない距離の衛星イオン砲を数瞬で焼き尽くした。
「では、まあ。蹂躙するとしようか」
その竜の名は「焱竜ブレイズノア」
始まりの竜の一つであった。
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