呪縛(6)
その晩、いつものように二人は同じベッドに入ったが、横になったのはクローディアだけだった。上半身を起こしたまま、何か思い詰めたような顔をしているリアンを見て、クローディアも体を起こす。
「リアン、どうかしたの?」
リアンはゆっくりとクローディアを見ると、小さく頷いた。
「聞きたいことがあるんだけど、いい?」
なあに、と首を傾げるクローディアを見つめるリアンの瞳は、蝋燭の火で艶やかに揺らめいていた。
「……答えるのが嫌だったら、無視して寝て欲しい」
自分の性格上それは無理だとクローディアは笑ったが、リアンがにこりともしないどころか、いつになく真剣な顔をしているのを見て、クローディアは口を閉ざした。
リアンは酷くゆっくりとした動きでクローディアの指先を握ると、ぐっと顔を近づけて唇を開いた。
「アルメリアは、人の名前だったりする?」
「──っ!」
なぜ、そんなことを訊いてくるのだろう。そう問いかけたかったが、唇が震えて声が出なかった。
そんなクローディアを見て、リアンは顔を歪める。
「その反応からして、間違ってなさそうだね」
クローディアは必死に首を横に振ったが、それを止めるように、リアンの手のひらが頬に添えられる。そうして向けられた微笑みは、枯れる花のように儚げで、とても悲しそうで。
「──もう逢えない人、なんだね」
そう告げたリアンの声は掠れていて、泣き出しそうだった。
はたり、と。シーツの上に水滴が落ちる。クローディアの瞳からこぼれ落ちたそれは、次々と下へと降っていった。
それが涙で、自分は泣いているのだと気づいた時にはもう遅く、啖呵を切ったようにあふれていた。
「ディア……」
リアンが名前を呼んだのと、細い腕の中に閉じ込めてきたのは同時だった。クローディアをぎゅっと抱きしめる力は強く、温かい。ひとりの男の人だと改めて思い知る。
──そうだ、もう逢えない。
リアンの言う通り、アルメリアはもう二度と逢えない人の名前だ。クローディアは自分のために、フェルナンドではなくリアンを選び、別の道を歩み始めた。
だからもうアルメリアには出逢えない。この道の先に、一度も抱きしめることが叶わなかったあの子はいないのだ。
啜り泣くクローディアの背を、リアンは優しい手つきで撫で始めた。
「……嫌なこと、聞いてごめん。ディアのことが、知りたくて」
「知りたいからって、酷いわ。聞かないでと言ったのに」
「ごめん、ディア」
リアンは何度も謝り続けた。そんなリアンの腕の中で、クローディアは涙を流し続けた。
やがて夜が明けると、泣き疲れたクローディアは吸い込まれるように眠りに落ちた。
リアンはさいごに流れた涙を指先で拭うと、こんな姿でさえ美しいクローディアの頬を撫で、額にそっと口付けを落とした。
形だけの夫であるリアンに、クローディアに口づけをする権利はない。だが、アルメリアという人物がもう逢えない存在であると知った今、そうせずにはいられなかった。
リアンはクローディアのそばにいると誓ったのだ。いつか自分の存在が要らなくなる日まで。
──── *
「──やはり殿下の言葉は真実だったようです。晩餐会にてアルメリアの名を出したところ、クローディアの様子が変わりました」
時は少し遡ること、昼過ぎ。リアンが邸を出て行ったのを見届けたエレノスは、別室で控えてもらっていたフェルナンドの下に行った。
信じ難いことが真実であることを知ったエレノスは、早々に人を送ってフェルナンドを私邸に招いたのだが、いざ話をしようとしたタイミングでリアンが訪ねてきたのだ。
「嗚呼、やはりクローディアも私と同じく、二度目の生をっ…。なのに、私のことを誤解したまま、悍ましい罪を犯した男を選ぶとはっ……」
「フェルナンド殿下…」
うう、と泣くフェルナンドはハンカチで目元を押さえながら、縋るような目でエレノスを見る。リアンとはまた違った魅力を持つ青色の瞳からは、大粒の涙が惜しげもなく転がり落ちていた。
「アルメリアは、クローディアと貴方様と同じ銀色の髪と菫色の瞳を持つ、玉のように美しい御子でしたっ…」
エレノスは大きく目を見開いた。子の名前であることは聞いていたが、オルシェの血筋を色濃く引いた容姿だったとは。
「貴方様にも、抱いて頂きたかったっ……」
さぞかし可愛い子だったのだろうな、と思う。
泣き崩れるフェルナンドの背を摩りながら、エレノスは瞼を下ろした。
やはり今からでも、クローディアとヴァレリアンの婚姻を無効にするべきだろうか。だがそれをする大義名分がない。
まずはクローディアのフェルナンドへの誤解を解くのが先だろう。愛しい妹は美しい王子に騙されているのだろうから。
(──ディアを失うわけには、いかない)
殺される前に、手を打たなければ。
あの美しい王子を、妹から引き離さなければ。
そう心に決めたエレノスは長い髪を束ねると、フェルナンドへ手を差し伸べた。
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